先輩としての自覚
進路や将来のことで色々悩んでいる俺だが、時間は俺のことなどお構いなしに流れていく。
ゴールデンウィークが明けて一週間。
休みで浮ついていた気持ちも落ちつき始め、今は皆気を引き締めたような顔つきでそれぞれが机と向き合い、黒板に板書された授業内容をノートに書き写していた。
「今日の授業はここまで。テストも近いからそれぞれ復習しておくように」
チャイムが鳴り響くと同時に、教科担当の先生がそう言葉を言い残して、教室から出ていった。
もうじき俺たちが二年生になって初めて受ける中間テストがやってくる。
一年生の頃と比べると、やはり二年生は授業の進むスピードと授業内容の濃さが違う。普段の授業だけではなくその日の内に復習もしっかりやっておかなければ間違いなく置いていかれるし、授業前の予習もある程度やっておかなければ、そもそもの授業についていけない。
「ねぇ。さっきの問題なんだけどさ。この問題って前に習った数式で計算するんだよね」
「そうそう。それで出た答えにさっき習った数式に当てはめて計算していけば導けるよ」
考えていることは皆同じか。授業で分からないところは席が隣同士の生徒で聞いたり教えあったりしている。
「なぁ。良介。この問題ってこれで合ってるよな」
隣の席に座る斗真に呼ばれると、彼はノートを広げて俺の前に差し出して尋ねている部分の問題を指差す。この問題は先生が数字を弄ってテストでも出題すると言っていた難問の一つだ。
俺は斗真の書いた計算式一つ一つに目を通していき導いた答えを見て、
「あぁ。答えも計算式も合ってる」
「サンキュー」
斗真は安堵した表情を浮かべてホッと一息をついて、脱力したように椅子にもたれかかった。
「斗真。最近頑張ってるよな」
「急にどうしたんだよ」
俺の一言に、斗真は困惑したように眉を顰めてジトっとした目で俺を見る。ただ純粋にそう思って口に出した言葉だ。
二年生になり後輩が入ったことによる先輩としての自覚というやつだろうか。部活だけではなく日頃の学校生活でも後輩のお手本になれるようにしっかりとした態度で望む。
元々みんなの前に立って引っ張っていけるキャプテンシーを斗真は持っていて、誰とでも気兼ねなく話すことのできる性格の持ち主だから、普段からクラスメイトや先生たちからの信頼も厚いだろうが、先輩になったことでより一層その自覚が強くなったような気がする。
「頑張ってるなって思ってるからそう言っただけだっての」
「なんだそれ」
斗真は呆れたような様子を見せながら爽やかな笑みをこぼす。
「なぁなぁ。中間テストも近いからまた良介の家で勉強会しようぜ」
「毎度のことながら唐突だな」
「だって今思いついたんだし」
「お前なぁ……」
「今みたいに文句言ってるけどなんだかんだ言って準備とか色々してくれる良ちゃんが俺は大好きだぞ」
「よし斗真。おでこを出せ。その綺麗な額に真っ赤な跡を残してやる」
「いやん。暴力反対」
「裏声で言うな」
涙目を浮かべて両手で額を隠す斗真に、俺は呆れた深いため息が漏れた。
先ほどまで俺の中で美化されていた斗真が一瞬にして過ぎ去って行く。おそらく陽炎だったのだろう。俺や瀬尾さんの前では今のようにふざけて絡んでくるこの姿こそが、俺のよく知る石坂斗真である。
「まぁ、勉強会の件については考えとく」
「おうおう。それじゃあテスト休み前最後の部活に行ってくるぜ」
「ん。いってらさーい」
斗真は鞄を担ぐと意気揚々と教室から出ていった。
勉強会となると、また一日俺の家に入り浸って勉強をすることになる。とか言いながら、後半はまた集中力が切れて居眠りしたりゲームしたりになるんだろうなと勝手に思いながら、俺も帰り支度を済ませた。




