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進路と描いていた夢

 長いゴールデンウィークは終わりを告げて、今日からまた学校の日々が始まりを迎えていた。


 朝のホームルーム。みんな気怠げそうにしながら担任の中村先生の話に耳を傾けていた。


「連絡事項は以上だ。もう少しで中間テストもあるからな。みんなしっかりと勉強するんだぞ。二年生の成績は内申に大きく響くし、今後の進路にも関わってくるからなー」


 そう言うと、中村先生は出席簿と必要な書類を抱えて職員室へと向かっていく。生徒たちは既に疲弊しきった様子で机に突っ伏したりため息を漏らしたりしていた。


「りょーすけー」


 斗真が気の抜けた声で名前を呼ぶ。斗真もまた生徒たちと同様に疲れが溜まっているような表情だった。


「寝不足か?」


「あぁ。昨日も普通に試合だったからな。全身筋肉痛だしねみーし……マジでしんどローム……」


「うん。身体だけじゃなくて脳みそも疲れ切ってるな」


 斗真のポジションはセンターフォワード。二年生ながらレギュラーとして出場しており、エースとしてチームを引っ張る斗真は、県内では注目選手として取り上げられている。

 最近はチームの調子もかなり良いらしい。

 

「今年は本気で全国を目指しているからな。狙うは全国高校サッカー選手権出場!目指せ花園!」


「サッカーは国立だろ。花園はラグビーな」


 普段と変わらずボケているのだろうと思いながらも、斗真の様子を見るに本当に疲れているようで、本当に頭が回っていないのか。なのでいつもより優しめな口調でツッコミの言葉を送る。


 新チームになってからはレギュラー。そしてエースとして日々頑張っている斗真だ。俺や瀬尾さんや友達の前ではおちゃらけた様子の彼だが、部内ではエースという立場もあってあまり気を抜くことはできないのだろう。


 斗真は大きな欠伸をして、両手を大きく伸ばす。「いてて……」と顔を顰めながら腰辺りをさすっていた。


「頑張りすぎない程度に頑張れよ。それでどうかしたのか?」


「一限目の授業ってなんだっけ?」


「確か物理だったような……」


「物理の教科書置いてきたわ……詰んだ……」


「確か真司たちのクラスも今日は物理の授業があったはずだぞ」


「マジか!よし、借りてこよう」


 椅子を引いて立ち上がろうとする斗真の表情が再び歪む。腰を手を当てて「んー……」と少し沿って腰を伸ばしたあと、


「ちょっと行ってくる」


「おう」


 そう言って斗真は重そうな身体を動かして教室を後にした。


「進路……か……」


 斗真の背中を見送ったあと、俺は誰にも聞こえないような小声でポツリと呟く。

 

 幼い頃はただ夢を追いかけて、将来は野球選手になるとかパティシエになるとか、難しいことは一切考えることなく、希望に満ち溢れていた理想を誰しもが口にしていただろう。


 だが大人に近づいていけば、夢や理想だけでは生きていけない。現実も直視した上で将来のことを考えていかなければならない。大人になっていくというのはそういうことだ。


 進路とか将来の話とか、優奈や斗真たちとは話をしたことがないが、斗真は大学でもサッカーを続けるだろうし、彼の実力なら将来的にはプロにだってなることができる。仮になれなくてもサッカーに携われる仕事に就きたいと考えているだろう。

 真司や秀隆にも自分が今までの経験を活かした職種に就きたいと思っているはずだ。


 純也や瀬尾さん、平野さんも東雲さんにもきっとそれぞれ目標はあって、それを叶えるために日々の勉強に取り組んでいる。もちろん優奈にだって……


 だが、俺にそんな目標も夢もない。

 いや違うな。中学生の頃、たった一度だけ抱いていた自分の夢があった。


 でも、俺はそれを捨てた。

 柿谷良介という存在にその夢を語る資格がないと思っていたからだ。

 それは今でも胸を張ってこれになりたいと強く言えるものではない。


 それはきっと小学生時代。

 古畑ともう一人。俺が決して思い出したくもない人間の存在が引っかかっていて――


「チッ……」


 脳裏で浮かび上がった古畑とは違う別の男の顔がよぎり、俺は思わず舌打ちを鳴らして頭を抱える。

 まだ本当の意味で小学生時代の呪縛から解き放たれた訳ではないとここで自覚する。


 ただあの頃の自分を変えることに必死に勉強してきた。そのおかげで今の俺がいる。だが、その先の未来は考えたことはない。俺が将来どうしたいのか、俺自身が分からない。

 このまま俺の学力に合った大学に進んで、普通に就職して、普通の生活を過ごしていくのだろう。


「改めてこう考えてみれば……進路のことなんて何も考えたなかったんだな……俺……」


 頭を僅かに上げて空の景色を眺める。

 空の景色は、俺が抱えたモヤモヤとは正反対であまりにも眩しくて、すぐに顔を机に埋めて授業の始まりを迎えるチャイムが鳴るのを待っていた。

お読みいただきありがとうございます。


良介がなりたかったものとは一体なんなのでしょうか?そしてまだ彼を呪縛している人物とは誰なのか?


二年生とは難しい年頃なのです。

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