姫の水着姿(想像)
午前中いっぱい科学館を見て回った俺たちは飲食店で昼食を済ませたあと、近くの商業施設を訪れていた。
優奈は何か買いたいというわけではないようで、ただウインドウショッピングを楽しみたいとのことだった。この時期にピッタリであろう可愛らしい服から大人びたカッコいい洋服までずらりと並んでいて、優奈は目を奪われていた。
楽しそうだなーとぼんやり思いながら優奈を眺めていると、視線に気付いたのか俺の方を向く。
「ごめんなさい。つい夢中になってしまって。良くんも見たいものがあったらそちらに行ってもいいんですよ?」
「別に気にすることはないさ。今日は優奈の誕生日なんだから好きなだけ楽しめばいいよ。俺も優奈の楽しそうな顔を見ることができて嬉しいし」
申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする優奈に、俺は小さく微笑む。洋服を見てこの服可愛いなーと年頃の女の子の反応を一歩後ろから眺めているのも悪くない。なんなら飽きることなくずっと見ていることができる。
気をつけている点があるとすれば、常にニヤニヤ笑いながら見ないようにしているくらいだ。距離感と雰囲気から俺たちが付き合っているというのは誰がどう見ても分かるだろうが、洋服を眺めている彼女をにやけ笑いを浮かべながら見るのは、気持ち悪いのほかならない。
そうならないように、俺は口元の筋肉にほんの少し力を加えた。
一通り見終わって、俺と優奈は施設内を移動する。
「さっきのお店もそうだったけど、大体のお店はもう夏服出し始めてるんだな」
周辺の洋服屋をぐるりと見渡して、俺はそう言った。
「今年は特に暑くなるのが早いって言われていますからね」
「これからさらに暑くなっていく中斗真たちは走り回ってんだもんな。本当によくやるよ」
俺は斗真、真司、秀隆に対して尊敬の意を込めて言葉を漏らした。
小さい頃から焼き尽くさんと照りつける真夏の太陽の下で好きなスポーツに打ち込んできた斗真たちなら暑さにも多少の耐性は付いているだろう。
だが、その日差しを避けるように早朝ランニングやエアコンが効いた部屋で筋トレをしている俺からしたら地獄という言葉以外出てこない。
体育の授業は頑張ってこなしてはいるが、二時間以上走り続けるとなると、間違いなく熱中症になって体調を崩してしまう。
三人とも今頃は汗を流している頃だろう。
斗真の所属するサッカー部はあと一歩のところまで来ているのだし、野球部とバスケ部だって近年は目立った成績はないものの、頑張っている姿は見かけたことがある。暑さにも負けず頑張ってもらいたいものだ。
しばらく歩いていると、とあるお店の前に立っているマネキンに目がいって、俺はすぐに顔ごと視線を逸らした。
「良くん?」
優奈は首を傾げて不思議そうに俺の名を呼び、俺が見た方向に目を向ける。
そのマネキンは女性物の水着を身につけていた。ネイビー色のセパレートの水着は中々攻めたデザインだと思わせる。
どうやら水着を取り扱っているお店なようで、店内には数多くの水着がお店に並んでいた。
すぐに視線を外したが、どうしても意識はしてしまう。俺だってそこら辺にいる普通の男の子だ。こう反応してしまうのは仕方のないことである。斗真たちといたのなら何かと盛り上がっていたのだろうが、優奈の前だとどう反応すればいいのか困る。
とりあえず、視線を優奈に向けて彼女の反応を伺うと、優奈はそのマネキンの方をジッと見つめていた。
そして、俺の方を向いて、
「良くんは……あのような水着が好きなんですか?」
顔を赤らめて少し恥ずかしそうに言った。
「えっと……嫌いではないです……」
普段見ることができない水着姿は、世の男性にとっては目の保養なものだ。それも大人の雰囲気を感じさせる水着であればなおさら、男性の心は意図も容易く撃ち抜かれるだろう。
密かに優奈があの水着を身につけている姿を想像してしまう。普段の美しさに水着の色っぽさが合わさって色々と破壊力が兼ね備えていそうだ。
もし実際に優奈があの水着を着てきたら、直視できる自信がまるでなかった。
「そうですか……」
そう呟いて、優奈は再びマネキンの方に視線を送る。そして今度は自分の腹部やら腕やら特に胸部あたりに目を向ける。それを何度か繰り返すと、優奈の口から小さなため息が漏れた。そんな気がした。
「……もっと頑張らないと……」
「……確かにあの水着もいいとは思ったけど、優奈にはもっと似合うやつもあると思う」
「き、聞こえていましたか……」
「そりゃそうだろ」
優奈が俺に聴こえぬように言ったつもりなのだろうが、今はこうして手を繋いでいるので、優奈の発した小言は一言一句、俺に聴こえている。
「でも良くん。あんな水着が好きなんでしょ?」
「俺が好きなのは……優奈が着た水着だから……優奈の水着姿が一番好きなんだよ……見たことないけど」
きっと優奈ならどんな水着も着こなして見せるに違いない。
俺は消え入りそうな声で呟くと、
「やっぱり良くんはえっちです」
「言わせようとしたのは優奈だよね?」
優奈は紅色に染めていた顔をさらに染め上げながら俺に言う。だが俺も完全にまでは否定できない。優奈の水着姿はいつか見たいと思っていたから。
「夏休みになったら……プール行きましょうね?」
「あ、あぁ。もちろん」
だとしたら俺も水着も買わなければいけない。それにもう少し身体を鍛え直さなければと考えていた俺に、優奈は一言。
「良くんをわたしでもっと夢中にさせてあげますから……覚悟していてくださいね……」
そう言って少し照れを交えた笑みを見せる優奈を見て鼓動がうるさく鳴り響く。俺はただ「……おう」と返事をすることしかできず、俺たちは止めていた足を再び動かした。
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