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シャワー後の姿

 朝日が顔を覗かせて、小鳥の鳴き声が朝の訪れを知らせる。朝の澄んだ空気と優しい日差しの太陽はとても気持ちよい。

  

 長袖長ズボンの黒ジャージを着用している俺は、公園のベンチに腰を下ろしていてランニングシューズの靴紐を結び直していた。


 なぜこんな早朝に起きてジャージを着ているのか。

 理由はただ一つ。ランニングをするためだ。


 斗真に体力と筋力が落ちたことを指摘されてぐうの音も出せなかった俺は、これまでの分を取り戻すべくこうしてランニングの準備をしている。


 早起き自体はいつもやっていることなのでそこまで苦ではない。まだ早朝なのでそこまで暑くもなく、道路は人通りがないのでランニングをするのには丁度いいだろう。


 昨日は一日中身体を動かし続けていたため軽く筋肉痛になってはいるが、サボっていては痩せるどころか現状維持もできない。


 アキレス腱や腿裏を伸ばしたり、手足首をほぐしてあと、朝の爽やかな空気をめいっぱち吸い込んで二秒ほど呼吸を止めたあと、ゆっくりと吐き出す。


「うし。行くか」


 俺は気合いを入れるようにそう言って、地面を強く蹴り出した。


☆ ★ ☆


「百九十……八……百……九十九……」


 俺は胸元が床に付くぐらいに下げたあと、ゆっくりと持ち上げる。流れる汗が鬱陶しくて、俺はTシャツで軽く拭う。


「ニ……百……!」


 目標回数をやり遂げた俺は、床にその身を預けて倒れ込んだ。腕全体は熱が篭っていて感覚があまりない。


 一時間ほど軽いランニングのあと帰宅した俺は、軽く休憩を挟んで腕立てと腹筋を二百回行っていた。

 中学の頃は当たり前のように毎日やっていたことなのだが、今となってはこうして倒れ込んでしまうほどにきつい。よくこんなものを毎日やっていたものだと、中学時代の俺に敬意を表したいくらいだ。


 息を整えるようにゆっくりと息を吸って吐くを数回繰り返す。俺は身体を起こして汗を軽く拭ったあとに時間を確認した。


 時計の針は七時五十分を指している。

 優奈は今日は八時半ぐらいに家に来ると言っていた。こんな汗だくな状態で優奈に会えるわけもない。シャワーを浴びる時間は十分にあるので、汗を流したあとに優奈が来ることを待つことにしよう。


 俺は立ち上がってタオルの準備を済ませて、浴室へと向かった。


 頭からシャワーを浴びたまま、俺は鏡に映る自分を眺める。

 別に見惚れているわけではない。ただの確認だ。


 (やっぱ少し肉ついたよな)


 鏡をしばらく見つめたあと、視線を落として縦線の入った腹筋を触る。本気で鍛えていた頃と比べるとやはり筋肉が落ちたと言わざるをえない。


 一度落とした筋肉を元に戻すのはかなり難しいと言うがやるしかない。情けない身体になるのは俺はもちろん嫌だし、優奈だって嫌だろう。


 (とりあえずお菓子はしばらく控えよう……)


 本当ならば食事制限もしなければいけないのだろうが、優奈の作ったご飯に制限はかけたくない。代わりにお菓子やジュースを封印すれば、その分のカロリーは抑えることができる。


 食後に優奈とお菓子やアイスはとても誘惑的でつい手を伸ばしてしまうのだろうが、そこは俺の理性がなんとかすると信じている。優奈にはお腹いっぱいだとか上手いことを言って誤魔化そう。


 シャワーのレバーを捻って、俺は浴室を出た。

 髪と身体を水滴を綺麗に拭き取れば、そのタオルを首にかける。


 俺の今の格好は下の下着一枚だけ身につけており、上半身は裸だ。お風呂上がりというのもあるし日差しと強さと共に気温が上がっていく。

 

 優奈がいつ来てもいいように着替えだけは近くに置いておくことにする。運動直後のためまだ食欲はそれほどない。優奈が来てからゆっくり準備することにして、今はソファーにでも寝っ転がりながらのんびりしておくことにしよう。


 軽く予定を立てた俺はとりあえず乾いた喉を潤すために冷蔵庫のあるキッチンに向かうため、閉じていた扉を開いた。


「あ、おはようございま……す……」


 扉の開いた音に反応したのか、予定時刻より早く家に訪れていた優奈がこちらを向いて挨拶をしたところ、俺の姿を見て固まった。


「お、おはよう優奈……い、いやー今日はいい天気だね。お散歩するのにもってこいーなんて……言ってみたり……」


 固まっていた優奈の顔は煙を噴き上げそうなほどに見る見る真っ赤に染まっていって、


「そ、そんなことはいいので早く服を着てくださいっ!」


「わ、分かった!分かったら!」


 俺は慌てて扉を閉じて、とりあえず脱衣所にある服を適当に用意してそれを着た。


☆ ★ ☆


 (き、気まずい……)


 あの後はいつものように朝食の準備をして、今こうして食べているわけなのだが、いつものような会話はなく、二人とも黙って食べていた。


 ちょくちょく優奈からは視線を感じるのだが、すぐ目を逸らしてしまう。まだその頬は熱を残しているようにも見えた。


「良くん……一ついいですか?」


 フレンチトーストを飲み込んだ優奈がお真っ直ぐこちらをみて尋ねてくる。


「おう。なんだ?」


 沈黙を破ってくれた優奈に感謝の意を示しつつ、俺は頷く。


「わたしがいないときは……いつもあんな格好なんですか?」


「あんな格好とは?」


 優奈は躊躇うような様子を見せるが意を決したように、


「その……いつも下着姿で……上半身は……何も着ていないんですか……?」


「そんなことない。今回はたまたまだ。シャワー浴びてて暑いし、優奈が来るまで時間あったからパンツ姿であっただけで普段はちゃんと服着てる。断じて露出狂とかそういうのではないからな」


 変な誤解を生む前に、俺はキッパリと言う。実はそういう趣味がありましたとか思われたくない。


「それよりも優奈だって来るの予定早かっただろ」


「わたしは……家にいても特にやることはなかったので、少し早めに行ってご飯の準備でもしてあげようと思ったんです……ラインだって入れたんですけど返信来なかったし……」


 俺がシャワーを浴びている間に連絡を入れていたのだ。俺はお風呂場にスマホを持っていく人ではないので気づくわけもない。


「それで、なんでシャワー浴びてたんですか?良くん朝シャワーはあまりしないですよね?」


「……実は……最近少し太ってしまってな……情けない話だが」


「そうですか?普段とあまり変わらないような気がするんですけど……少なくともわたしは気になりませんよ」


「そう言ってくれるのはありがたいんだが、体力と筋肉も少し落ちてしまっててな。だから朝からランニングと筋トレしてたんだよ。それで汗だくになったから……」


「シャワーを浴びていたと……」


「おっしゃる通りです……」


 優奈に気づかれぬようにこっそりダイエットしようと思っていたのに、初日の朝にまさかの形でバレてしまうことになるなんて思いもしなかった。


「その……言い訳になるんだが優奈の作ってくれるご飯が美味しくてつい食べ過ぎてしまったというか……ランニングと筋トレはちゃんとして前みたいにまで戻すから……嫌ったりしないでほしいなって……」


 斗真はそんなことで嫌ったりしないと言ってくれたが、やはり不安である。優奈が好きになったのはあの頃の俺なのだから。


「良くん。一つ勘違いしてませんか?」


「勘違い?」


「良くんはわたしが見た目だけで良くんを好きになったと思ったんですか?だとしたら良くんでも少し怒りますよ」


 声にほんの少しだけ怒気を込めて、優奈は言葉を発する。


「いや、違う」


 優奈は俺のいいところも情けないところも知った上で、全部を受け入れてくれた女の子だ。そんな薄情じゃない子だってことは俺が一番理解している。


 俺がそう否定すれば、優奈は鋭くされていた目を穏やかなものへと変える。


「もちろん見た目だって好きになる要素の一つですけど、良くんと接するようになって見た目以上に貴方の人柄を好きになったんです。少し太ったからって良くんのことを嫌ったりしませんよ。それとも良くんはわたしが少し太ったらすぐに嫌いになっちゃいますか?」


「ならないよ。なるわけない」


 優奈はクスッと笑みをこぼす。


「わたしも同じですよ」


「ごめん……」


「わたしの方こそ怒ってごめんなさい。でも太り過ぎは流石に駄目ですからね。もしそうなったら徹底的に食事管理を行って運動メニューもきちんとこなしてもらいます」


 希美さんが言っていた。

 ドイツにいた頃に優奈はストレスで食べ過ぎてしまってスタイルを崩してしまったが、そこから今のようなスタイルになっている。そんな優奈が立てた食事と運動メニューなら効果は絶大だろうが、きっと地獄を見るはずだ。


 朝食を食べ終えて食器を洗い始める。


「さっきも言いましたけど、今の良くんは以前よりも全然変わっていないので無理にそこまでやる必要はないと思いますよ」


「んーでもな……」


「それなら、しばらく毎朝二人でランニングしますか?平日は二、三十分ほどで休日は一時間ほど」


「いいのか?俺は嬉しいけど」


「走るのは好きですし、走りながら朝の景色を良くんと一緒に見ることができますから、わたしにとってもいいことだらけですよ」


 確かに一人で走るよりも誰かと一緒に走った方が楽しい。それが優奈だったら尚更だ。


「うん。じゃあお願いしようかな」


「はい。それともう一つ……」


「ん?」


「良くんの腹筋が……見たいです……」


 優奈の言葉に今度は俺が固まった。

 一度体育の授業終わりに腹筋を見せた(わざとではない)ときは優奈は顔から火を噴き出しそうなほどに赤く染めていたらしいので、優奈の方から言ってくるとは思ってもいなかった。


「別にいいけどさ。前のようなほどではないと思うぞ」


「それでもいいんです」


 面と向かって腹筋を見たいだなんて言われるとかなりの恥ずかしさが襲ってくるが、俺はTシャツを脱いだ。

 優奈は顔を赤くし続けながら、どこか惚けた目で見ていた。


「な、なんとか言えよ……」


「なんていうか……男の子って感じがしますね」


「ありがとう……」


「あと、やっぱり気にすることなんてないですよ。腕の筋肉はしっかりしてますし腹筋だって割れてますし……触ってみてもいいですか?」


「まぁいいけど」


「それじゃあ失礼します……」


 優奈は恐る恐る俺の腕に手を伸ばす。


「硬いですね……逞しいです……」


「どうも」


 しばらくの間腕を触り続けた優奈は、今度は腹筋に触れようとする。


「ちょっ。くすぐったい」


「ご、ごめんなさい」


 指先が触れると思わず身体を震わせてしまい、優奈はその手を引っ込める。


「触り方がちょっといやらしかった」


「い、いやらしいなんてそんな!」


 そう言いながらも、優奈は再び手を伸ばして触れた。


「凄いですね……」


 若干六つに割れている腹筋に触れて、優奈は圧倒されたような声を漏らす。とりあえず肯定的な感想が聞けたことに俺はホッとする。


「わたし、このぐらいでも十分好きですよ」


「まぁそう言ってくれるならありがたいかな」


 優奈は微笑を浮かべると腕を回して優しく抱きついてくる。しっかりと身体を洗ったので汗臭くはないと思うのだが、安心しきったような表情を浮かべる優奈を見て、そんなことはないと安心した俺は抱きしめ返した。

お読みいただきありがとうございます。


この日、二人は家でイチャイチャしてました。

良介はTシャツを着ているのでご心配なく。

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