愛妻弁当?
二年生に進級してから早三週間が経過した。
新入生も授業や部活に少しだが慣れてきた頃だろう。年は一つしか離れていないのにも関わらずすれ違う一年生の姿を見ればまだ初々しく幼く見えてしまい温かな目で見守ってしまう。
そうなってしまうのはそれだけここで過ごした一年がとても濃密なものだったからだろう。
そんなことを思いながら俺は食堂で一人頬杖をついていた。
昼休み。
いつもなら優奈と屋上か空き教室でご飯を食べているのだが、今日は俺は斗真たちと、優奈は瀬尾さんたちと食堂に足を運んでいた。とは言え俺は優奈の作った弁当をいただくので、斗真たちが学食を取りに向かっている間、一人で待っている。
「おー。これが愛妻弁当ってやつか」
学食を取りに向かっていた純也と真司が一足先に戻ってきて、優奈が作った弁当を見た真司がにやけ笑いを浮かべて言った。
「妻じゃないんだが。彼女なんだが」
「似たようなもんだろ。空気が彼氏彼女じゃないんよ。もうそれ以上の関係なんよ」
「褒めてる?それとも茶化してる?」
「褒めてる褒めてるー」
「じゃあそのにやけ笑いは何なんだよ。完全に茶化してるじゃねぇか」
「でも真司がそう言いたくなるのも分かるよ」
「純也まで言うか……」
純也も微笑ましいといった目を向けてそう言えば、俺は半ば諦めたかのようなため息を漏らす。
ほどなくして斗真と秀隆もお目当ての昼食をお盆に乗せて戻ってきたので、それぞれ昼食を食べ始める。
「天野さんの弁当美味そうだなー」
温かい蕎麦を食べている秀隆が弁当箱を眺めた。
バランスよく考えられた献立であり俺の好きなものも詰め込まれていて、男子高校生が満足できる食事量。味は言わずもがな。
彼女にそんな弁当を毎日作ってもらっているのだから、男子たちが羨望の眼差しを向けてくるのは当然のことだろう。
「なぁなぁ。一口頂戴って言ったらくれる?」
焼肉定食を頼んでいた真司は焼き肉を飲み込んで尋ねてきた。返す言葉は一つしかない。
「あげない」
「焼肉一枚あげるから」
「嫌だよ」
「ケチ。ドケチ。ケチんぼ」
「言っとけ言っとけ」
これは優奈が俺のために作った弁当なのだからどれだけ頼まれようともあげるつもりなんて毛頭ない。
真司は口を尖らせるが、俺は短く言葉を返してタコさんウインナーを口に放り込んだ。
優奈と一緒にご飯を食べているということ、それも優奈の手作り弁当であることは一年生も含めこの学校のほとんどの生徒が知っている。
が、優奈がどんな料理を作っているのかまでは斗真や純也は一度ご飯を食べにきたので知っているが、真司と秀隆や、他の生徒は知らない。
俺たちが座っているテーブルを通り過ぎる生徒たちは、チラッと弁当箱に視線を向けて「いいなー」と羨ましげな表情を浮かべている。
もう学校公認カップルのような空気感なので一緒にいることに対してはもう何も言われなくなったのだが、それと優奈の弁当を食べているのというのは話が違うようで、時折背中をチクチク刺すような視線を感じる。
そんな視線を気に留めることもなく、俺は箸を伸ばして春巻きを一口。口の中に広がるキャベツの甘みとパリッとした皮の食感を楽しみつつ咀嚼して飲み込むと「美味しい」と頬を緩ませた。
「彼女に弁当を作ってもらえるっていいよね」
「自分のために作ってくれるんだもん。嬉しいに決まってるよ。ね?良介」
純也の言った言葉に、秀隆は同意するように続いて俺に話を振る。
「普通に嬉しいよ。秀隆だって彼女さんにお願いしたら作ってくれるんじゃないか?」
「あー。今度試しに言ってみようかなー」
秀隆も彼女の話題になるときはいつもよりも穏やかな表情で話している。同じ部活動のためお互いのこと頑張っていることを知っているし自然と心が安らぐのだろう。
純也にも奏さんという付き合いの長い幼馴染はいるが、友達関係で接するというのも一つの形なのだろう。少なくともバイト先で見せる二人の接し方はまさに構ってほしい彼女と面倒くさい彼氏という絵が出来上がっているのだが、それは言わないでおく。
「ケッ。みんな惚気やがって」
真司が言葉を吐くと、残っていたご飯を掻き込む。器官に入ってしまったのか、盛大に咳き込む真司に隣に座っていた純也が水を渡して、その水は一気に飲み干した。
「どうせ俺は独り身だよーだ」
「まぁまぁ。今度五人で遊びに行ってその鬱憤晴らそうぜ。もう少しでゴールデンウィークに入るしさ」
真司が拗ねたようにそっぽを向くと、斗真がそう提案する。
「いいんじゃないか」
俺は斗真の意見に賛成する。
そういえばこの五人で遊びに行ったことなんてない。斗真や真司がいればその場は盛り上がるだろうし、男友達と騒ぐのもいいだろう。
「身体動かせるところ行きたいよなー」
「バスで一時間のところに最近そういう施設出来ただろ?もし行くんだったらそこ行かね?」
「いいねいいね!ボーリングにダーツにビリヤードー」
「この鬱憤全部その日にぶつけてやんよ!」
「おー真司が元気になった」
昼食を楽しみながら、迷惑にならない程度に騒ぐ。俺も会話を楽しみ笑いながら、優奈が作ってくれた味噌汁が入った容器を口にした。
お読みいただきありがとうございます。
今はカノ弁ですがいずれは愛妻弁当になるんでしょうねー




