出迎えた姫は顔を見せない
いつもならバイトから帰ってくると優奈が笑顔で出迎えてくれる。その笑顔で今日一日の癒しと明日の活力を得ているわけなのだが……
「ただいまー」
「お、おかえりなさい……」
玄関のドアを開ければいつも通り出迎えてくれたのだが、両手はクッションを強く抱きしめていて表情が読み取れない。時折チラッと瞳をこちらに向けるのだが、すぐにクッションに顔を埋めてしまう。
「お風呂はもう沸いていますから先に入ってきてください。ご飯の準備はその間に済ませておきますから」
「お、おう」
「ブレザーお預かります」
「頼む」
ブレザーを脱いで優奈に手渡すと、優奈はいつもより早い足取りで玄関から去ってしまった。
「優奈、どうしたんだろ?」
優奈の背中を見送りながら俺は小さく首を傾げるも、早くかいた汗を流したかったので俺は風呂場へと向かった。
☆ ★ ☆
「あー。さっぱりしたー」
入浴を済ませて髪を乾かした俺は脱衣所から出ると、優奈が食卓に料理を運んでいた。キッチンにはまだ料理が盛り付けられた皿が置いてあったので、俺もその皿を持って運ぶ。
「優奈。お風呂気持ちよかったよ」
優奈は振り返ってこちらを見たので優しく微笑む。すると自分を落ち着かせるような、どこか安堵したような小さく息を吐いた仕草を見せて、
「なら良かったです」
そう言っていつもの笑顔を俺に向けてくれた。
食器を運び終えたので、俺たちは席に座る。
「なぁ優奈。さっきはどうしたんだよ?クッションに顔埋めちゃって」
湯船に浸かりながら考えてはいたものの、どうしても理由が思い浮かばなかった。
「……髪型……」
「髪?」
「良くんの働いてる姿。本当にカッコよくて、バイト先と同じ髪型で帰ってきたらって考えたら……良くんの顔も見れなくなってわたしの顔も見られたくなくて……」
それだけ言うと、優奈は俯いて口を閉じた。
あの髪型は接客用としてセットしているだけで、バイトが終わればいつも通りの髪型に戻している。そっちの方が落ち着くし安心するからだ。
「そう何度もカッコいいって言われると、照れる」
好きな女の子にカッコいいと言われるのは男としてこれ以上ない喜びである。だがそこまで褒め倒されては嬉しさと照れが混じり合い、その感情がどうしても表情に出てしまう。俺のように考えていることが顔に出やすいタイプなら尚更だ。それは優奈にも言えることである。
「良くんだって何回もわたしに可愛いって言うじゃないですか。とても嬉しいですけど」
「みんなも言ってたけどそんなに似合ってたか?」
「そんなに似合ってました。髪型もバイトの制服も全部……」
そう強く言われたので、「おう……」と若干気圧されたように返事をすることしかできなかった。
優奈は本気で思ったことは嘘つくことなく真っ直ぐに伝えてくれる女の子だ。ここまでしてそう伝えてくれるということは、本気でそう思ってくれているということだ。
「じゃあさ。今度デート行くときあの髪型にしてもいい?」
優奈と出かけるときも基本は髪型は軽くセットしているが、それはあくまでおしゃれとしてではなく軽く身だしなみを整えるくらい。優奈の隣を歩いていて恥ずかしくない程度である。
俺自身、髪型にあまり興味はなく特に大したこだわりもないのだが、そこまで言ってくれたのだから髪を軽く上げて出かけるのもありなのかもしれない。
「そしたらまた良くんの顔見れなくなります……」
「それなら見れるようになるまで見慣れてもらわないとね」
恥ずかしがる優奈の姿に微笑みを浮かべつつ、優奈の作った夕食に舌鼓を打ったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
髪上げ姿の良介。
どれだけカッコいいのですかね?




