いつもと違う姿
「ありがとうございましたー」
来店客がファミレスから出て行く姿を見送ると、その客が使用していたテーブル席を拭いて皿を片付けていく。
「ふぅ……」
一通り片付けを終えたので、俺は小さく息を吐いた。ホールを見渡せば来客は二、三組ほどで談笑しながらソフトドリンクを飲んだりフライドポテトを食べていた。
「おう。良介」
休憩から戻ってきたトモさんが野太い声で俺の名前を呼ぶ。ラグビーで鍛えていた肉体はキャンパスライフを楽しんでいる現在も健在であり、バイトの制服が少し窮屈そうに見える。
「だいぶ接客にも慣れてきたようだな」
「えぇ。トモさんのご指導のおかげです」
「よせやい。俺は軽く動きを教えただけよ」
トモさんはそう言いながら鼻の下を人差し指で擦って照れ隠しする様子を見せる。
俺は今、キッチンではなくホールの方を担当している。なんでもホール担当の大学生の女性が辞めたらしく新しい人を雇うまでの間、俺が代理でホールを担当することになった。
正直な話、俺はホールをやる気など全くなかったのだが、純也が羽田さんに俺を推薦したのだ。
なんでも純也は羽田さんに、「カッキーは接客もこなしますよ。文化祭でもトラブル対応とかやってましたし」と言ったところ、俺に白羽の矢が立ったというわけだ。
その間キッチンの方は、純也と奏さんと凱さんと美羽さんで頑張るとのことだった。
文化祭でそれ相応のことをやっていたおかげか、自分が思っていたよりもできていて驚いた。
とはいえ、まだ覚えることが多くトモさんや他のホールの人と比べるとまだ動きがぎこちない。
少しでも早く戦力になるために頑張らなければと自分自身に気合を入れる。
「良介。やっぱその髪型の方がいいぞ」
「そう……ですかね?」
トモさんが俺の髪型を見ながら言って頷く。
接客を行う上で、やはり好印象を与えなければいけないというので、普段は特にいじっていない髪は接客時は少し上げている。
あまりやり慣れていない髪型というだけあって、鏡で見たときは似合っているかどうかは分からなかったが、純也とトモさんからは「爽やか!」と太鼓判を押されたので、バイト先ではこの髪型で通している。
確かにお客さんからのウケもいいようなので、おそらく俺が思っているよりも似合っているのだろう。
「それにしても……良介シフト増やしたよな?」
「はい。働けるときに働いておけば休みを取りたいときに取りやすくなるのかなって思って。テスト期間中は来れなくなってしまうので」
週四のバイトを、俺は今五日に増やしている。
理由は今言ったようにテスト期間中は休暇を貰うことになっていて迷惑をかけてしまうので、その分働いている。
「あとは……やっぱりお金ですかね」
「お?彼女とのデート資金の調達か?」
「それもありますけど……」
途端にトモさんの表情がニヤニヤしたものに変わり、俺は視線を逸らした。
ここの給与は他のバイト先と比べると優遇されているそうで、週四での月収でもそれなりにいただいている。それでも将来のことを考えると、今のうちからより多く稼いだ方がいいと思い、最近シフトを増やしたのだ。
優奈にはきちんと話は通していて、了承も得ている。その分、今まで以上に優奈と過ごす時間を大切にしている。もちろん斗真や純也たちと過ごす時間も、優奈と過ごす時間と同じくらいに大切にしている。
「まぁあんまり無茶すんなよ」
「ありがとうございます。それじゃあ休憩行ってきますね」
「おう」
トモさんと交代する形で俺は裏へと姿を消す。
更衣室のドアを開けて、俺はゆっくり腰を下ろした。
(そういや……今日は優奈は瀬尾さんたちと遊びに行くって言ってたな)
優奈は瀬尾さんと平野さんと東雲さんの四人でカラオケに行っている。
ラインを開けば、一時間ほど前に平野さんから一本の動画が届いていた。イヤホンを挿しこんでその動画を見てみると優奈がマイクを片手に美声を披露していて、他の三人は「キャー!」「優奈ちゃんー!」などとまるでアイドルを応援するように声援を送っていた。
平野さんと東雲さんはいつの間にか優奈のことを名前呼びするようになっていた。
それだけ仲良くなっているということだろう。
優奈も二人のことはともえさん、結月さんと呼んでいる。
(久々に優奈とカラオケに行こっかなー)
また二人でデュエットしたいし、優奈の歌声を生で聴きたい。前に来たときよりもきっと楽しい時間を過ごすことができるだろう。
そんなことを思いながら、俺はその動画を見て休憩時間を潰していた。
☆ ★ ☆
休憩から戻ってきてホールを見渡すと、窓際の一番奥の席に目がいった。そこには四人組の女子の姿がある。
一人の女子の目が俺と合うと、向かいに座っていたクリーム色の髪を肩まで伸ばしている女子に声をかける。
そして俺を呼ぶように、手で招いてくる。
俺はゆっくりとした足取りでそのテーブル席に向かう。そこには優奈たち四人がこのファミレスに訪れていた。
「カッキーここでバイトしてるんだ!」
俺を手招きした平野さんが笑顔を浮かべたままそう言った。
「まぁね。みんなこそどうしたんだ?カラオケに行ってたんじゃないのか?」
「うん。駅前のね。歌い終わったからどうする?って話してたら優奈ちゃんがここのファミレスに行きたいって言ったの」
「あっ。カッキーの働いている姿を見たいからここに来たいって言ったんだね。納得したかも」
尋ねると、東雲さんが事情を説明して平野さんは納得したように頷く。優奈は少し驚いたような瞳を俺に向けていた。
「良くん。キッチンにいるんじゃなかったんですか?」
「ちょっと事情があってな。今はホールに回ってんの」
「そう……なんですか……」
そう言って優奈はわざとらしく俺から視線を逸らす。今はそこまで暑くもないのに、手で顔の辺りを仰いでいた。
「柿谷くん。制服姿よく似合ってるよ」
「サンキュ」
「うん。髪型も少し弄ってる?」
「おう。接客仕様だよ」
「凄く大人っぽい感じがする。ほら。優奈ちゃんも何か言ってあげなよ。バイト姿の彼氏を見た感想を」
平野さんから感想を求められて、優奈は俯いていた顔を上げて、瞳をこちらに向ける。
「あの……とっても……カッコいい……制服姿も髪型も、いつもの雰囲気と全然違くて、本当にカッコいいです……」
耳まで真っ赤に染めて言うと、優奈は唇をキツくキュッと結んだ。
「そっか。ありがとう」
俺は屈託のない純粋な笑顔を向ける。
優奈は小さく頷いてまた視線を逸らしてしまった。
「ちょっとー。惚気禁止ー。わたしたちもいるんだよー」
「そうだそうだー」
俺たちのやりとりを間近で見ていた東雲さんと平野さんがそう声をかけるが、向けてくる瞳や態度は優しかった。瀬尾さんも微笑ましいといった様子で笑みを作っていた。
「メニューはお決まりですか?」
さっきまでの甘々しい空気は一度捨てて、接客用の自分で彼女たちと接する。
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
軽く会釈をして、俺はそのテーブル席から離れる。
その場を離れる際に優奈が一度俺の方を見つめて蕩けきった顔を向けるのだから、俺は誰にも見ていないことを確認して、小さくにやけ笑いを作ってしまうのだった。
お読みいただきありがとうございます。
優奈の良介に対する大好き度が100上がった。




