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姫の寝顔とちょっとした悪戯

新章開幕。

今日から二年生編です。

 春休み最終日。


「んっ……」


 カーテンから差し込む光で目を覚ました俺は思わず目を細める。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。


 (春休み、寝てばっかりだな……)


 春休み中家にいるとき、昼間はほとんど眠ってしまっている。暖かくなってきて眠気によく襲われてしまうのだ。


 休み中はそれでいいかもしれないが、明日からは新学期が始まる。今眠っている時間も明日からは学校にいる時間帯なのだから、しっかり生活リズムを整えなければならない。


 だからといって休み最終日の昼下がりにどこかへ出かける気になるわけもなく、とりあえず時間を確認しようと、寝返りを打って身体の方向を変えた。


「すぅ……すぅ……」


 そこには、頭をクッションに乗せて眠っていたお姫様の姿が俺のすぐ目の前にあった。

 俺は思わず驚いて声を上げようとしたが、出かかったところでその声を飲み込んだ。


 起きる気配はないが、手で何かを探すように動かす。俺の腕を見つけると自身の身体へと回した。おそらく俺の腕を毛布だと勘違いしているのだろう。


 幼い寝顔が微かに綻びを見せて、また深い眠りにつこうと規則正しい寝息をたて始める。


 優奈の寝顔をジッと見つめていると、睫毛は長くて綺麗な鼻筋をしている。顔にかかっていた長いクリーム色の髪を払ってやる。「んっ……」と声を漏らしたので起きたのかと思ったが、目を開けることはない。

 身体をモゾモゾとさせて俺の方にピタッとくっついてくる姿はまるで生後間もない子猫のようだった。


 (ちょっとぐらい……触ってもいいよな……)


 ただ眺めているのもいいのだが俺の目の前で寝顔をこうも無防備に晒しているのだ。ちょっとくらい悪戯したって俺をそうさせた優奈が悪い。

 

 試しに優奈の頬を指で軽くツンツン突いてみる。

 以前触ったときも思ったのだが、きめ細やかな白い肌はまるでマシュマロのように柔らかくて、すべすべとしている。

 お泊まりしたときにお風呂上がりに保湿クリームを使用していたことを思い出す。優奈の美しい肌は綺麗であろうとする日頃の努力の結晶が生み出したものなのだ。


 同じことをやれと言われても絶対にできない。三日続けばいい方だ。そんな綺麗な肌を維持するために毎日あれほどのケアを欠かさず行っているのだから本当に凄いと思う。

 

 しばらく触っていたが、少しくすぐったそうに身体をよじるくらいで優奈は起きなかった。


 次に桜色の唇にほんの少し指で触れた。

 ほっぺたと同様に柔らかくて、艶やかで光沢のある自然な唇。初めて口づけをしたときのあの感触は今も脳裏にしっかりと焼き付いていて離れることはない。誰にも触れられたくないと、沸々と独占欲が湧いてくる。


 (あ、そうだ……)


 俺は唇に触れていた手を伸ばして、近くに置いておいたスマホを掴む。せっかくのいい機会なのだから優奈の寝顔の一枚でも撮影して、しばらく待ち受け画面にでもしておこうと決める。


 カメラを開くと、どうか起きませんようにと願いながら、優奈の寝顔に焦点を合わせる。


 (マジ可愛いなー)


 可愛い寝顔を目の前にして思わず口角が上がる。彼女の寝顔を写真に納めたいという気持ちはきっと彼氏なら誰しもが持っているものに違いない。しばらくは待ち受けにでもさせてもらおうと決めて、シャッターをきった。


 パシャっと予想より大きいシャッター音が鳴って、優奈は「んっ……」と声を漏らしたので思わず慌てふためいて、急いでスマホを元あった位置に戻した。


「……おはようございます……」


「お、おはよう。よく眠れたか?」


「はい。おかげさまで」


 目をとろんとさせて寝起きの表情をこちらに向けつつ小さく欠伸をした。


「ところで……今何かパシャッって音がしませんでした?」


 しっかり聞かれていて、俺は唾を飲み込む。


「さ、さぁ?俺はしなかったけどなー。優奈の勘違いじゃないか?もしかしたら夢の中でそれに似た音が鳴っていたのかもしれないかもな」


 誰が見ても明らかに分かってしまうほどの苦し紛れに言葉を繋ぐ。だが優奈は眠そうに瞼を擦すると「……そうですか……そうかもしれませんね……」とだけ言った。


「少し顔を洗ってきます」


「おう。いってらっしゃい」


 優奈は身体を起こして立ち上がると、洗面台の方へと向かった。なんとかこの場をやり過ごすことができて俺は安堵の吐息をする。

 姿が見えなくなったのを確認してソファーに座ると、早速待ち受けの画面を変える作業を行う。


 ちなみに今の待ち受けはクリスマスイブのときに撮った優奈とのツーショットだ。少し名残惜しさも感じるが、この写真が消えるわけではない。

 

 設定画面に飛んで、さっき撮影した写真を選択。すると無防備な寝顔を浮かべるお姫様が俺のスマホの画面に現れた。


 再び口角が上がってにやけ笑いが止まらなくなる。さっきは優奈がすぐ隣にいたので耐えていたが、今はもう我慢する必要はない。


「あー本当に可愛いがすぎる」


 心の中でずっと言っていた言葉をようやく口にする。バイトで疲れていようとも休憩時にスマホの画面を開いた瞬間、疲れは一瞬にして吹き飛ぶほどの力をこの写真は持っている。


「最早お姫様通り越して天使だよなー。この寝顔」


「へぇ。誰の寝顔が天使なんですか?ぜひ教えてください」


「もちろん優奈だ……よ……」


 座っているソファーの真後ろから声が聞こえて、振り返れば顔を洗って戻ってきた優奈がいつの間にかそこに立っていた。


「やっぱりあの音は良くんのスマホのシャッター音じゃないですか!恥ずかしいので今すぐ消してください!」


「絶対に嫌だ」


 恥ずかしさと怒りが混じった表情で俺からスマホを奪い取ろうと手を伸ばす。取られそうになる間一髪のところで俺は避けた。


「彼女の寝顔の写真を撮って何が悪い。第一寝顔なんてもう何度も見てるんだからいいだろうよ。誰にも見せないからお願い。優奈の寝顔見たら元気出るんだよ」


「絶対にダメです!……見たいなら写真じゃなくて直接見ればいいのに……」


「え?直接なら見てもいいの?」


「まぁ……待ち受けにされるよりは……」


「じゃあまた今度悪戯してもいい?」


「い、悪戯!?一体何したんですか!?」


「ほっぺた突いたり唇触ったり」


 途端に優奈の頬が染まって「可愛いなー」と能天気に呟く。


「とにかくその写真を消してください!」


「やーだよー」


 しばらく家の中で追いかけっこが続いて優奈に捕まったあと、色々と交渉をした結果、待ち受けにしないことを条件に優奈の寝顔が俺の写真の中に納まることが決定した。

お読みいただきありがとうございます。


二年生になっても二人は変わらず仲良しです。

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