超負けず嫌いな姫
「あっ……」
「どうしたの……?」
「そこは……だめです……」
「なんで……?」
「そこ攻められたら……わたし……」
「じゃあ、そこを攻めさせてもらおうかな」
「だめです……!」
少し泣きそうな顔で、天野さんは訴えてきた。
なんでこうなってしまったのか。少し時間を遡る。
☆ ★ ☆
「お待たせしました。ビーフシチューです。それとこちら、バタートーストです」
数時間煮込んだビーフシチューを大きい皿によそって、ちょっとお高めのウエイトレスになった気分で、天野さんの前に運んでいく。
バタートーストは、たまたま家にあったパンを小さく切ってバターを乗せて焼いただけのものだ。ビーフシチューだけじゃ少し寂しいからな。
「ついでにサラダとかもいる?」
こうして見ると鮮やかさが足りない。
天野さんに尋ねてみる。
「お願いします」
「了解」
冷蔵庫から適当に野菜を取り出して、カットする。ドレッシングをかけて彼女の前に置いた。
「いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
天野さんはスプーンでビーフシチューを掬う。
出来立てなためまだ熱く、湯気が出ていた。フーフーと息を吹きかけて、口に含む。
「美味しいです……」
ほっぺが落ちそうだと言わんばかりの満面な笑みを見せてくれた。
「それは良かった」
俺もビーフシチューを口に運んだ。
未成年のためお酒は使えない。料理酒も使っていないのだが、その分煮込んだことでお肉はほろほろで柔らかくなっている。素材本来の甘味が存分に引き出されている野菜たち。
自分で言うのもあれだが、かなり良い出来だと思う。
やはり休日は、平日ではなかなか作ることができないものを作らないとな。
バタートーストもバターの香りが鼻を刺激する。それを食べることで余計にビーフシチューを食べたくなる。まさに至福のときだ。
「柿谷くん。なんでも作れるんですね」
「別になんでもってわけじゃない。それこそ煮物とかは苦手だ。何回やってもなぜか上手くできん」
分量とかは合っているはずなのに、なぜか美味しくならない。煮物が好きな俺にとってはそれがどれだけ苦痛なことか。
「それこそ、天野さんは煮物得意だよな。筑前煮美味かったし」
「和食系は得意ですよ。焼き物とか揚げ物とか、これといった苦手料理はありません」
「へぇ」
「もしよかったらまたうちで食べますか?」
「いいのか?」
「はい。柿谷くんなら誰かにバラすという心配もありませんから」
「信頼してくれてありがと」
くだらなくも楽しい談笑をしながら、俺たちは夕食を食べていた。
☆ ★ ☆
「ゲーム?」
「おう」
夕食を食べ終わり食器を洗っているときに、俺は彼女に提案した。
「テレビゲームとかいろいろあるぞ」
「すみません。そういうのは疎くて」
今どきの子供なら何かしらのゲームをやっていると勝手に思っていたために、俺は少々驚いた。
「なら、オセロとかどうだ?」
「それなら小さい頃に何度か」
オセロも数える程度しかやっていないのか。
俺もここ数年はやっていないから久々に楽しめるだろう。押入れからは年季の入ったオセロ盤を取り出す。
「先行は譲るよ」
「後悔しても知りませんからね?」
と、勝負師のような顔で言ってくる天野さんだった。
☆ ★ ☆
「負けました……」
オセロ盤に広がる光景に、天野さんは弱々しく呟いた。そこには辺り一面白で染まっており、黒は数える程度しかない。
天野さんが黒、俺が白でゲームが始まった。
最初は互角だったのだが、彼女は俺が誘導していたところに次々と置いていってしまった。
最初は「まだまだこれからです」と意気込んでいたが、中盤あたりから意気消沈していき、終盤に至っては「そこに置いたらだめです」と駄々をこねる事態までに発展した。
「もう一戦。もう一戦やりましょう」
「はいはい」
その後も天野さんは俺に勝負を挑んでは、ことごとく惨敗していった。
☆ ★ ☆
彼女は拗ねていた。
そういえば中間テストのときも、似たようなことがあったことを思い出す。どんなことにでも勝負となれば勝つつもりで全力で取り組む。相当な負けず嫌いさんのようだ。
オセロ以外にもテレビゲームやスマホゲーム(音ゲー)などいろんなゲームを一緒にプレイした。
リズムをとるのは上手いようで、音ゲーはすぐに上達した。近いうちに追い抜かれるかもな。
時刻は十時を過ぎていた。
「送っていくよ」
「大丈夫です。すぐ近くですから」
彼女は微笑む。いつの間にか天野さんが行動するときは俺も一緒に同伴するという癖がいつのまにかついてしまっているらしい。
それが良いことは悪いことかは分からないが。
「今日はご馳走様でした」
「おう。おやすみ」
「おやすみなさい」
彼女は笑顔で言って扉を閉めた。
(今日の天野さん。可愛かったなぁ)
なんてことを思いつつ、俺はリビングへと戻った。
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