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これからも、ずっと

「すごい人集りですね」


 広場に着くと、花見目的で訪れている人の多さに圧倒されたのか、優奈が驚いたように言葉を漏らす。

 

 この広場に咲く桜はこの地域に限らずそこそこ有名なスポットで、春休み中は近隣の県からも車を走らせてやってくる家族連れが多い。

 駐車場に停まっている車のナンバーも三分の一ほどが県外ナンバーで、それだけこの広場の桜が有名であることを証明していた。


 そんな大勢の人が訪れている広場でも、やはり優奈の存在感は頭一つ抜けている。

 行き交う人々は必ず優奈の方にチラッと視線を向けていて、同年代の男子からは「あの子可愛いな」と友達と話している声が聞こえる。


 (案外慣れたもんだな)


 優奈の隣を歩くということは当然俺にも視線は集まるということで、最初は緊張やら苛立ちは覚えたが、今となっては全く気にならなくなった。

 むしろ優奈の隣を歩けていることが俺の中で誇らしいとすら思えるようになっている。


 俺たちは極力人混みが少ないところを歩いていて、なおかつ手を繋いでいるのではぐれることはないのだが、


「すみません……きゃっ……!」


 人が密集してしまっている以上、どうしても肩と肩がぶつかってしまう。悲鳴と共に優奈の身体がよろめきそうになったので、俺は手を少し強く引っ張り俺の方に近づけた。


 繋いでいた手を優奈の腰あたりに回して、近くに抱き寄せる。


「こうすればさっきみたいにぶつかったりすることはないよな」


 突然抱き寄せられたことに優奈は少し驚いた反応を見せてこちらを見つめたが「……はい」と短く言葉を発して、俺に寄り添うように歩みを進めた。


☆ ★ ☆


「おーい!ここだー!」


 しばらく歩いていると馴染みの声がして、その方向には既にその場に到着して先にレジャーシートを広げて待っていた斗真と瀬尾さんの姿があった。


 つい五分ほど前に『着いた』とラインとともに現在地の写真を送ってきたので、俺たちはその元に向かっていたのだ。


「おはよう。二人とも」


「おはよ」


「おはようございます」


 挨拶を交わして、俺たちもレジャーシートを広げる。


「結構いい場所確保できたんだな」


 袋からコップ付きの水筒を取り出してちょうど良いくらいに冷えている麦茶を喉に流し込んだあと、俺はそう言って顔を上げる。

 真上には大きな桜の木がどっしりとその場に座っている。


「昨日部活帰りにわざわざ下見してきた甲斐があったぜ」


「花見ガチ勢かよ」


「最高の食事にはまず最高の景色からって言うだろ?それよりも早くお昼にしようぜ」


「早くね?」


「斗真くん。朝ご飯何も食べていないんだって」


「朝飯抜いたらその分ここで飯食えるじゃん」


 空腹アピールをするようにお腹をさすりながら斗真はこちらを見つめてきて、瀬尾さんは肩をすくめながらその理由を答えた。


「いいんじゃないですか?お弁当もたくさんありますし、ゆっくり食べながらお話するというのも」


「さっすが天野さん!話が分かる!」


 優奈が斗真側についたことに斗真は喜びを見せて、瀬尾さんも「天ちゃんが言うなら食べよう」納得した。

  

 俺も腹が減っていないわけではないので「食うか」と言って弁当箱を広げる。


「おー!みんなの弁当美味そー!」


「斗真の弁当は?」


 広がる弁当箱をぐるりと見渡して斗真の唾の飲み込むが、弁当箱は三つしかなく斗真のものがなかった。


「俺は梨花の弁当作り手伝ったからー」


「野菜を洗っただけだけどね」


「共同作業だよ」


「それはあまりにも瀬尾さんに負担がかかりすぎてる共同作業だな」


 どうやら斗真と瀬尾さんの弁当は共同のようだ。そもそも斗真の料理が壊滅的なのは知っていたし、俺たちが花見するのに美樹さんに弁当を作らせるのも気が引ける。それも考慮した上で、そこそこの量を作ってきたつもりだ。


「いただきます」


 みんな手を合わせると、箸を伸ばして料理を口に運んでいく。


「良介。おにぎり貰っていい?」


「いいよ」


 斗真がおにぎりを指差すので、俺は手渡す。

 食べる直前に少し疑いの目を浮かべながら俺の方をチラッと見て、


「激辛のものは入ってないだろうな?」


「入ってねぇよ。梅と鮭とツナマヨの三つしかないから安心して食っていいぞ」


 どうやら以前言っていたことを気にしていたらしい。斗真はおにぎりを一つ頬張る。すると口を窄めていたので、おそらく梅のおにぎりを食べたのだろう。


「梨花さん。卵焼きいただきます」


「うん。わたしもサンドイッチ貰うね」


 優奈と瀬尾さんは相手の弁当に手を伸ばして、料理を口にする。お互いに表情を綻ばせて「美味しい」と感想を漏らしていた。

 

「優奈。俺もアスパラの肉巻き貰うぞ」


「はい。どうぞ」


 用意されていた爪楊枝を手に取り、俺は刺して肉巻きを一口で食べた。

 アスパラの彩りが美しく肉とタレによく絡んでいている。そのタレは甘辛に仕上げられていて、ほんのり広がる甘味の中にはピリッと辛さも感じた。


「柿谷くん。わたし唐揚げ食べたい」


「どうぞ」


「わたしもいただきます」


「俺も俺も!」


「そんなに慌てなくてもたくさん作ってきてあるから」


 俺たちは大きな桜の木の下で、少し早めの昼食を楽しんでいた。


☆ ★ ☆


 暖かな日差しが微かに感じる。

 それは暗闇にゆっくりと差し込んでいく。


 それとは別にもう一つ感じる日差しとは違う優しい温もり。安心するような暖かさが俺を優しく包んでいた。


「おはようございます。よく眠れましたか?」


 重い瞼を開けば、柔和に微笑む優奈の姿があって俺を見下ろしていた。頭はもう幾度となく経験してきた優奈の膝枕。右手は俺を髪に触れて優しく撫でている。


 まだ覚めていない目で顔の向きだけ変えると、羨ましげな目で見てくる人々の視線を感じるが、俺は気に留めることもなくゆっくりと優奈の方を見上げた。


「ご飯食べ終わったあと、良くんが急にウトウトし出しちゃって、気がついたらわたしの方に倒れ込んできたんですよ」


「寝不足ってわけじゃなかったんだけどな」


「日差しが暖かいですからね。そうなっちゃうのは仕方がないですよ」


「……二人は?」


 周りを確認したとき、斗真と瀬尾さんの姿が見当たらなくて優奈に尋ねた。


「石坂さんと梨花さんは桜を観に行きました」


「なんか……申し訳ないな……優奈も桜観に行きたかっただろうに俺のせいで……」


「いえ。まだまだ時間はありますしこれから観に行けばいいんですよ。それに……」


 優奈は優しい眼差しを向ける。


「あなたと一緒にいたかった……」


「そう言ってもらえると助かる」


 手を伸ばして、優奈の頬に触れる。優奈は左手で俺の手を掴んで温もりを感じようとしていた。


「もうすぐ一年になるのか……優奈と出会って……」


「なんだか、凄くあっという間に感じましたね」


「出会って間もないことの出来事は今にも鮮明に覚えているぜ。優奈に言われたことは今でも一言一句言える自信しかない」


「それはまぁそうですけど……いつまでその話を引っ張るんですか」


「これをなくして優奈との出会いは語れないだろ。一生言い続けてやるよ」


「じゃあそのときは、わたしが良くんに言われた酷い言葉も言ってあげますよ」


「あー……あんときの俺を今すぐにでもぶん殴ってやりたい……」


 思い出して顔を覆う俺を、優奈は優しく笑って頭を撫で続ける。


 今こうして優奈と過ごせているのは、今までの出来事があったからこそ。嬉しいことや泣きたいこともあったが、この十六年の人生の中でどれか一つでも欠けていれば、今こうして花見をしにきていることはなかっただろう。


「優奈。俺は今、最高に幸せだ」


「はい。わたしも、とても幸せです」


 優奈の顔がこちらに近づいてくる。断る理由もなく俺はそれを受け入れる。周りの視線を感じるが知ったことではない。今この瞬間だけは、俺と優奈の世界だ。

 だが、人生そうは上手くいかない。

 吐息が聞こえるほどの距離まで近づいてきたところで、


「あのー俺たちは何を見せられているんでしょうか」


 声が聞こえた方向に顔を向けると、斗真と瀬尾さんの姿があった。


「い、いつからいたんですか?」


「えっとね。柿谷くんが自分をぶん殴ってやりたいって言ってたときから」


「結構前からいたんかい。声くらいかけてくれよ」


「かけてたわ。それなのに二人とも気づかないし」


「二人とも本当に仲がいいんだね」


 まさか二人にあわやキスシーンを見られそうになるとは。むしろする前に斗真の声が聞こえてよかった。膝枕をされていた件についてはあとで盛大に弄られるであろう。


「そ、それで。二人はどうしたんだ?桜を観にいってたんじゃないのか?」


「そうそう!あっちにめっちゃ綺麗な桜が咲いててさ。良介を叩き起こして四人で観に行こうって話してたんだよ!」


「ん。分かった」


 俺は優奈の膝から頭を離れて起き上がると大きく伸びる。優奈もスカートを直してゆっくり立ち上がる。そして荷物をまとめた。


「よし。それじゃあ行こうぜ!」


「ちょっ!斗真くん急に走らないでよ!」


 斗真は瀬尾さんの手を握りしめて、先に駆ける。


「それじゃあ、俺たちも行きますか」


 優奈に手を差し出すと、優奈も微笑んでその手を握りしめる。


 クラスの≪姫≫と呼ばれている少女との出会いは最悪。クラスメイトで同じアパートの住人。ただそれだけの関係だったのに、今では最愛の彼女となった。


 これからどんなことがあっても優奈となら前を向ける。今ならそう言える。今までがそうだったのだから。


「おーい!」


「二人とも早くー!」


 斗真と瀬尾さんが大声で俺たちを呼んでいた。


「優奈」


 最愛の人の名前を呼ぶ。

 こちらを見ると優奈は優しく穏やかな笑みを見せる。それに応えるように俺も微笑んで、


「これからもよろしくな」


「はい。こちらこそ」


 俺たちは笑い合って、二人の元へと走った。

 暖かな日差しと桜と優しい春風が、そっと俺たちの背中を押してくれるような、そんな気がした。

これにて『同じアパートに住んでいるクラスのお姫様と気がつけば両想いになっていました』の一年生編は終わりです。


最初の頃はランキング上位にも入らせていただいて、ここまでお読みになってくださって読者様には本当に感謝してもしきれません。


良介と優奈、そして読者様に背中を押していただいてここまで執筆することができました。


正直なところ、僕の中でまだ続きを書きたいという気持ちもやりきった感もありまして、新たに二年生編を作るか、数年後の話を複数話執筆してこの作品を終わらせるか、今もまだ悩んでいます。


一応、新作の方もなんとなく頭の中で描いてまして、続編を書くか否かでどうするかを決めようと思っています。


なのでしばらくの間投稿はお休みします。(もしかしたらふと投稿してるかもしれないし活動報告で何か書いてるかもしれません)


読者様も続けてほしい!新作が気になる!など意見がございましたら言っていただきたいです。


長くなりましたが、もう一度感謝の言葉を。

未熟な作者を、良介と優奈を応援していただいて本当にありがとうございました。


これからもよろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 執筆お疲れ様です。最高でした。 甘々な2人をこれからもみたいなと思いました!
[一言] 盛り上がりもオチも無くてもいいので甘々な日常をずっと見守り続けていたいです。…まぁ、そうは言ってられないのは重々承知ですけどね。 作者様の納得のいくエンドが作れればそれが最高の締め方だと思い…
[一言] もう少し、二人のこれからを見てみたいですね。 とても楽しませていただきました。
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