お味噌汁
「ふあー……よく寝た……」
翌朝目を覚ました俺は、身体を起こして大きな欠伸をして目を擦る。
日付は二月の十五日。俺の誕生日はもう終わりを告げて、今日からはまたいつも通りの日々である。昨日も普通の平日だったのだが、いろんな人にお祝いをしてもらったおかげで、凄く特別な日のように感じた。
それに優奈にもたくさんのものを貰った。そのおかげか今日になっても心は温かいままで、自然と笑みが溢れる。
それにしても……
(昨日の優奈。めっちゃ可愛かったな。いつも可愛いけど)
俺は微笑を浮かべていた表情に紅色を付け加えて、せっかく起きあがろうとしていた身体をもう一度ベットに転がした。
白い頬に桜色を宿しながらもはにかんで見せる昨日の優奈の表情を思い出して、俺はうつ伏せになった。
優奈の艶やかな髪やもちもちとした柔らかい肌に触れるたび、優奈はまるで猫のように目を細めたり瞑ったり、蕩けたような表情を見せて気持ちよさそうにするのだから、俺の中で愛慕心が生まれてもっと可愛がりたくなってしまう。
それと同時につい出来心が芽生えてしまい、わざと優奈から距離をとろうと華奢な身体を持ち上げようとすれば、「やー」と言って抱きついてくる。
しばらくくっついているうちに、ふやけきった表情を見せる甘えんぼのお姫様が誕生する。甘えたい優奈と甘やかしい俺という互いにwin-winの関係が生まれて、昨日も俺の誕生日が終わるギリギリまで一緒にいた。
そんな甘えてくる優奈を可愛いと思っているが、逆に優奈も甘えてくる俺を見て可愛いと言ってくる。
甘えてくるときはまるで幼い少女のような可愛らしい顔立ちだが、俺を甘やかすときはその幼さを残しつつも、学校で振る舞っているような上品で凛として雰囲気を見せてくる。
だからこそその二つのギャップが激しく、俺の心が踊らされてしまうのだ。
枕に顔を埋めながらそんなことを考えているうちに、いつもよりも十五分ほど起きるのが遅れてしまった。俺は立ち上がりベットを軽く直す。
スマホを確認すると、俺が起きた五分前に優奈からの連絡が来ていた。
『おはようございます。昨日はよく眠れました?』
『おはよう。おかげさまでぐっすり眠れたよ。優奈は?』
メッセージを送って程なくすると、優奈から返信がきた。
『わたしもよく眠ることができました。良くんに頭を撫でられるとよく眠れるんですよ』
『それはそれは朝からありがたいお言葉をいただきまして』
それだけ優奈に安心感を与えられているということであり、彼氏としてこれ以上名誉なことはないだろう。俺も優奈からは安心感だけではなく、人間として自信をくれた大切な人なので、これからも大切にしたいと強く思う。
『良かったら、少し早い時間から良くんの家にお邪魔してもいいですか?』
『構わないけど、なんかあった?』
『一緒にいたいなって』
『誕生日はもう終わったのに朝から幸せだな』
『お味噌汁でも作ってあげましょうか?』
台所から包丁がまな板を叩く音と味噌汁の匂いで目を覚ます。男としてこれ以上の幸せを感じることはない瞬間に違いない。
『今から作ってくれんの?』
『良くんが望むなら味噌汁以外にも何か作ってあげますよ』
『じゃあお願いしてもいいかな?』
『分かりました。すぐに向かいます』
休日でないのにも関わらず優奈が朝食を作りに来てくれる事実に喜びを隠しきれずに、俺は思わずにやけた。
おかずと味噌汁は優奈が作ってくれるので準備の必要はない。米は炊いていないが冷蔵庫に眠らせているものがあるのでそれを代用する。
しばらくすると、制服姿の優奈が家に来た。
「おはよう」
「おはようございます」
その表情はとてもにこやかで清々しいものを感じる。優奈を家に上げて優奈に背を向けると、ふふっと小さな笑い声が聞こえる。振り返ると優奈が口元に手を当てて、薄い微笑を見せていた。
「良くん。寝癖付いてますよ」
「え、本当?優奈が来る前に軽く直したはずなんだけどな」
俺は軽く髪を触れると、確かに後頭部あたりの髪がはねていた。優奈が近づいてくると背伸びをして俺の寝癖の部分を優しく撫でる。
「朝ご飯を作ってる間に寝癖直しておいてくださいね」
「あっす」
「わたしが直してあげてもいいんですよ」
「優奈に任せたらずっと撫でてくるじゃん」
「良くんの髪、柔らかくて気持ちいいんですもん」
そう言って撫で続けてようとしてくる優奈だったが、俺は軽い駆け足で優奈の手から逃げて洗面所へと向かう。こうなると優奈は止まらなくなってしまう。
少し不満そうに拗ねた顔を見せるが、鞄からエプロンを取り出してキッチンへと向かう。
もう一度鏡と向かい合って寝癖を直していると、トントンとまな板を叩く音がして、味噌のいい香りと共に鼻歌が聞こえる。鼻歌を歌っているときは優奈の機嫌がいいときの表れだ。
将来はこんな風に過ごせるといいなと思いながら、寝癖を直して制服へと着替えはじめた。
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