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姫と過ごす誕生日

 誕生日の祝福はバイト先でも受けた。


 同じシフトに入っていたトモさんには「誕生日おめでとう!」と豪快に笑いながら背中をバンバン叩かれ、奏さんからは「良介くんおめでとー」といつも通りフランクでのんびりとした口調で祝われた。


 バイト先の人たちには誕生日を言った覚えはない。どうやら羽田さんがみんなに俺の誕生日が二月十四日であることを伝えたそうで、手荒くも心温まる祝福を受けた俺は「ありがとうございます」と笑顔で言葉を返した。


 その日のバイトは普段よりもずっと早く終わったような気がした。きっといろんな人に祝ってもらえて充実した一日になったからだろう。


 だが、その一日はまだ終わっていない。

 家には優奈が、今か今かと俺の帰りを待ってくれているからだ。


 俺はそこそこ早足で……途中からはほぼ走って家に向かっていた。少しでも長く、優奈と俺の誕生日を過ごしていたいと強く思っていたからだ。


「た、ただいま……」


 そのせいで扉を開けた頃には肩で息をするような状態で膝に手を置いていた。優奈は俺の姿を見て驚いたように玄関まで駆け寄ってきた。


「おかえりなさい。どうしたんですか?そんなに息を切らして」


 心配そうに尋ねてくる優奈に、俺は俯いていた顔を上げる。


「……す、少しでも……一緒にいたかった……優奈と過ごす……初めての誕生日だから……」


 寒い中走っていたせいか肺が凍えるように寒く、額から流れる汗が身体を冷やしていく。それでも俺は優奈の綺麗な瞳を逸らすことなく見つめる。


「それはわたしもですよ」


 優奈は愛おしそうな目で俺を見た。  


「とりあえずまずお風呂に入ってきてください。その間にご飯の準備は済ませておきますから」


「うん、分かった」


 首に巻いていたマフラーとジャケットを優奈に預けて俺は浴室に向かい、汗と寒さで冷え切った身体の汚れを落として温めた。


 入浴を済ませて食卓に向かうと、優奈が既にご飯を装ってくれていた。広がる食事のラインナップに俺は「おぉ……」と声を漏らす。


 炊き立てと思わせる粒の立った白米。食卓に彩りを添えるサラダ。レンコン、にんじん、しいたけに鳥もも肉を一口サイズにカットされた筑前煮。そして俺の大好物のハンバーグ。そして、俺が初めて優奈にお裾分けにした肉団子のスープが並んでいた。


「俺の大好物なものばっかり……」


「誕生日なんですから、好きなものがでるのは当然ですよ」


「それに、筑前煮に肉団子のスープって……」


「はい。わたしたちが初めてお互いにお裾分けし合った料理です。今となってはわたしたちを繋いでくれた料理だと思ってますから」


 あのとき、お互いにお裾分けし合ったときはまさかこうなるとは思ってもいなかったはずだ。それが俺の誕生日祝いという形でこの二つの料理と顔を合わせるになるとは。


「いただきます」


「召し上がれ」


 俺は最初に筑前煮を口にする。野菜の風味が優お裾分けしてもらったとき以上に強く感じる。


「優奈の筑前煮最高……」


 優奈の教えもあって筑前煮も失敗せずに作れるようになったが、やはり優奈の筑前煮が俺の口に一番合う。


 続いて肉団子のスープ。野菜と肉の旨味がスープに溶け合っていて、身体の内側から温まっていく。たっぷり使用された野菜と肉団子が絶妙なバランスをとられていた。


「俺が作ったやつよりあっさりした味付けだな」


「今回はこの料理がメインじゃありませんからね」


俺は真ん中に置かれているハンバーグに視線を送った。大きい二つのハンバーグは俺が主役だと言わんばかりの迫力で、この食卓で何よりも存在感を放っていた。


 俺はハンバーグを箸で切って一口食べ、咀嚼する。


「優奈。これって……俺の家の味……?」


 口の中に入れたときの食感から風味と口の中に広がる旨味まで何もかも俺の家の味だった。

 ハンバーグを飲み込んだあと、俺は優奈に尋ねる。


「はい。上手くいったようで良かったです」


 優奈は嬉しそうに頷いた。


「一体どうやって……」


 確かに優奈は一度、母さんのハンバーグを食べている。だが料理上手な優奈といえど一度食べたからといって人の家の料理の味を真似るなんてできやしない。


「お義母様からレシピを教えていただいて、そこからはただひたすら試行錯誤です」


「いや、そんなレシピ教えてもらったくらいで……」


「できちゃうんですよ。良くんが美味しいって喜んでくれることを想像したら頑張れるんです」


 さらっと言うが、実際優奈の言うように相当の試行錯誤を繰り返したのだろう。俺に喜んでもらう。ただそれだけのために。


 俺は無我夢中で噛み締めるようにハンバーグを頬張った。優奈は「ゆっくり食べてください。おかわりだってありますから」と優しく言って、俺の食べる姿を穏やかな表情で眺めていた。


 あれだけあった夕食はペロリと平らげて、俺はこれ以上ない満腹感と満足感を感じていた。ハンバーグはまた後日食べることにする。


 食器を洗い終えて食休みをしていると、冷蔵庫の方にいた優奈が俺の隣の椅子に座った。


「良くん。これを……」


 俺に出した皿の上には手作りのチョコレートケーキが乗っていた。ケーキーの上部には生地と同じくチョコレートのクリームが飾られていた。


「改めてお誕生日おめでとうございます。そして、ハッピーバレンタイン。良くんのために一生懸命作ったので、ぜひ食べてください」


「ありがとう。では……ありがたくいただきます」


 皿の一緒に置かれていたフォークを手に取った。生地は崩れないように柔らかすぎず、フォークを落とせないような固さでもなく、ちょうど良い柔らかさの生地だった。


 決して落とさぬようにと大事そうに口に運ぶ。

 濃厚なチョコの味が一瞬にして口の中に広がる。


「美味い。でもチョコにしては……あまり甘くない……」


 味わいはビターに仕上がっている。チョコの控えめな甘さの中にカカオの苦味が混じっていて、あと味はすっきりとしている。


「良くんはチョコは甘すぎるものよりは少し甘さ控えめなビターチョコの方が好きですよね」


「まぁそうだけど、そんなこと優奈に言ったっけ?」


「言ってないですよ。ただビターチョコを食べてるときの良くんの方が美味しそうな顔をしていたのでそうなのかなって」


「よく見ていらっしゃる」


 その観察眼に俺は思わず感服する。続いてチョコクリームを少し乗せてもう一口。


 甘さ控えめなチョコ生地に対してチョコクリームは甘く仕上がっていて、ビターなチョコ生地と絶妙にバランスを取り合っていた。


「さいっこう……まじでずっと食べてたい……」


「お口に合って良かったです。材料から作り方までネットで調べたりして頑張った甲斐がありました」


「優奈……」


 曇りのない純粋なその笑顔に俺は見惚れてしまった。


「マフラーにしてもこのケーキにしても、作るの大変だったろう」


「全然ですよ。今日は良くんが主役なんですから」


 ここまで健気に頑張ってくれている優奈が本当に可愛らしく俺の目に映る。元々の美貌と俺のフィルターによって優奈は何よりも輝いて見えた。


「本当に……ありがとう……」


 俺は感謝の言葉を述べてチョコレートケーキを口に運ぶ。優奈は隣で頬杖を突いて微笑みながら、俺の食べる姿を飽きる様子もなくずっと見ていた。

お読みいただきありがとうございます。

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