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二月十四日

 二月十四日。

 今日はバレンタインという特別な日であると同時に、俺の十六歳の誕生日でもある。


 朝準備をしていると、母さんから『誕生日おめでとー』というメッセージと共にたくさんのハートのスタンプが送られてきて、思わず表情を引き攣らせるも『ありがとう』と返信する。


 バレンタインと誕生日が重なっているといっても、斗真と瀬尾さんに祝ってもらい二人から友チョコを貰って、家に帰って母さんと夕食と誕生日ケーキを食べるという普段の日常に少し色を添えた程度のものだった。


 俺はそれで満足していたしこれ以上のものは何も望もうとも思わなかった。

 そう、去年までは。


 だが今は、妙に心が躍っていて落ち着かない様子の自分がいた。

 なぜなら――


「おはようございます。それとお誕生日おめでとうございます」


 待ち合わせ場所には優奈が先に待っていて、ふにゃっと柔らかに笑った。そのふやけた笑顔に俺は思わずにやけてしまう。巻いていたマフラーで口元を隠していたのは運が良かったと思う。


「おはよう。そしてありがとう」


 今年のバレンタインと誕生日は優奈と過ごすことができるからだ。とはいえバイトがあるので、一緒に過ごせる時間はいつも通りだが、誕生日に好きな女の子と一緒に過ごせることだけで、俺は十分嬉しかった。


「それじゃあ学校行きましょうか」


「え?チョコは?」


 そう言って足を前に踏み出す優奈に、俺は尋ねた。てっきり朝の誰もいないうちに渡すのだろうと勝手に思っていたのだが、優奈からチョコを渡す雰囲気が全く感じなくて、思わず俺は眉を下げた。


「チョコは冷蔵庫にあります。良くんがバイトから返ってきたときに渡そうと思っているので」


「良かったー。てっきり貰えないかと思ったぜ」


「ちゃんとチョコはあるので安心してください。それに良くん好みのチョコに仕上げていますから」


 安堵の表情で深く息を吐いた俺に、優奈は優しく笑いかける。お預けをくらったが、バイトから帰ってきたときの楽しみとしてとっておくことにする。


「ほら、早く行きましょう」


「おう」


 優奈が差し出した手を握りしめて、俺たちは歩き始めた。


☆ ★ ☆


 学校に着くと複数の男子生徒が上履きが入っている扉式の下駄箱を開けるのを躊躇っている様子があって「ベタだなー」と苦笑いを見せる。

 下駄箱にチョコが入っているという漫画みたいな展開を期待してしまう気持ちは分からなくもないし、多少の憧れは抱いているのだろう。


 玄関前に限らず階段や廊下を歩いているときも、学校の雰囲気はいつもよりも落ち着かない様子だった。その空気を作っているのはほとんど男子生徒であるが。

 中には気になっている女子がいるのか、チラチラと視線を送っている者もいた。


 教室に入ればその空気がより一層充満していて甘ったるく感じた。


 (あれ、なんか今日人多いな)


 教室にいるクラスメイトの人数を見て俺はふとそう思った。この時間帯は普段なら四分の一程度の生徒しか登校していないはずなのに、今日は既に半分近くの生徒がいて、純也や平野さんや東雲さんの姿もあった。


 バレンタインだから何かと期待したり誰かにチョコを渡そうと早めに登校しようと思って来たのだろうと、俺は自分の机に向かう。


「おいっすー。誕生日おめー」


 いつも通りの声音で斗真が言った。


「おっす。サンキューな」


 祝いの言葉を俺は笑顔を浮かべながら受け取って椅子を引く。いつも通り教科書を取り出して机にしまおうとしたときだった。


 クシャッと袋特有の音が机の引き出しから聞こえたのだ。不思議に思って俺は覗き込む。


「……斗真」


「ん?どうした?」


 親友の名を呼んで視線を向けると、他人事のように尋ねてきた斗真だが、肩は震えていてその表情は笑顔になるのを必死に堪えようとしている。


 俺は入っていた一つの袋を取り出して斗真に見せる。その中には大量のチョコレートが入っていた。


「俺たちからの誕生日プレゼントだ」


「たち?」


 俺は首を傾げると斗真はニヤッと笑う。

 すると純也と、いつからいたのか真司と秀隆が俺の机の前にまでやってきた。


「カッキー。誕生日おめでとう」


「今日の朝コンビニ寄ってチョコあるだけ買い漁ってきたんだ」


「俺たちからの愛のプレゼントだ。受け取れーい」


「いや重いよ。男が誕生日に男に渡すプレゼントに愛って言葉を出すのは重いよ」


「それだけ俺たちの絆は固いってわけだよな」


「そうそう。だから細かいことは気にしなーい」


 三人は顔を見合わせて微笑みを見せる。

 真司と秀隆は純也とはあまり接点がない。むしろ初対面だろう。にも関わらず普段と変わることなく互いに接していた。


 三人の人間性もあるだろうが、斗真が上手く繋ぎ役を担ってくれたのだ。


「ささ。早速何か一つお口に運びなさいな」


 斗真にそう言われて、俺は袋に入っている大量のチョコからランダムに一つ選ぶ。取り出したのは一口サイズのミルクチョコだ。「あ、俺が選んだやつだ」と秀隆が言った。


 袋からチョコを取り出して一口放り込む。口の中にチョコの濃厚な甘さが広がってあっという間になくなった。


「あ!石坂くんたち抜け駆けしたね!みんなで渡そうって言ったじゃん!」


 平野さんが声を張ってこちらに歩み寄ってくる。彼女だけじゃない東雲さんや家庭部のみんなもいた。


「カッキーお誕生日おめでと。はい、バレンタイン兼誕生日プレゼント。これからもよろしくね」


 平野さんはそう言うと優奈の方を見て「もちろん義理だから安心してね」とウインクする。言葉からして変な心配をしなくても大丈夫だという意味だろう。


 他の女子生徒たちもお祝いの言葉と共にチョコを渡してくる。

 さっきまでは机の中がチョコで埋め尽くされていたのに、今は机の上がチョコによって侵食されていた。


「みんな……ありがとう。めっちゃ嬉しい」


 俺は心から素直な言葉を吐いた。そして袋からチョコを取って口に放り込む。最初に食べたチョコよりは少しビターな味わいで、お互いが中和し合っている。


 熱で溶かされたチョコとは別に、身体と心に熱が宿る。

 

 まさか自分の誕生日がこんなにも祝福される日がくるとは思わなかった。

 この場にいるほとんどは文化祭を通じて仲良くなった生徒ばかりだ。力を貸し、時には力を借りてトラブルも一緒に乗り越えた仲だ。

 ただ誕生日を祝ってもらっただけなのに、自分のこれまでの頑張りが報われたような気がして、込み上げてくるものがある。


「お前ら……俺を泣かせる気かよ……」


「あれー?良ちゃん泣いてんのー?」


 少し潤み声になっている俺に、斗真はニヤついた表情を見せて覗き込んでくる。俺は手を横に振って見られるのを阻止する。


「泣いてねぇよ。ただ泣かせる気かって言っただけだっての……」


「全く可愛いやつだな本当によー」


 斗真が肩を組んできてはカラカラと笑う。それに釣られてその場にいた生徒も釣られて笑みをこぼす。近くにいた優奈も俺を優しい目で見つめていた。


 今日、自分の誕生日が少しだけ好きになった。

お読みいただきありがとうございます。

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