見送ったあと
二人が搭乗した飛行機を見送った俺たちは、アパートに帰宅するため帰り道を歩いていた。
雪は多少残っているが天気は良好。そのため飛行機の便も遅延や欠航になることもなく順調に動いていた。
だが優奈としては、少しでも雪の影響で飛行機の離陸が遅れて二人と少しでも一緒に思っていたのではないのだろうか。
だが優奈の表情はいつも通りで、優しく温かい笑みを見せてくれる。心配をかけまいと無理に作り笑いを作っている様子でもない。考えすぎかと、除雪されている歩道を転ばないようにゆっくり歩いている。
「お父さんとお母さんに随分と気にいられていましたね」
「気にいられているかどうかは分からないけど、良くはしてもらったな。夕飯までご馳走になっちゃったし」
「良くんと話している間、お父さん凄く楽しそうでしたよ」
元日に会ったとき俺には一切笑顔を見せなかった圭吾さんだったが、昨日や今日の空港でのやりとりでも穏やかに笑って声をかけてくれた。
俺を優奈の彼氏と認めてくれたのだろう。そう思ってくれたのは嬉しいのだが、できれば昨日のように酔い潰れるまで酒を飲むのはやめてほしいところではあるが。
帰宅した俺と優奈は手を洗って、ホッと一息をついた。ソファーに座るときは密着するのが当たり前になっていて、時々優奈が頭を肩に乗せてきたり手を繋いでくる。
久しぶりに二人で過ごす時間のせいか、優奈は甘えるようにくっついてきては柔和な笑みをこぼして俺を見る。
俺も微笑みを返して優奈の手を握ると、指を侵入させて絡ませる。優奈もそれを受け入れて痛くない程度に強く握りしめた。
「なぁ、優奈」
「はい?」
「えっと……最近何か悩みとかないか?」
「どうしたんですか急に」
俺の問いかけに優奈は面食らった様子を見せる。いきなりこんな質問を投げかけられたのだからそう反応するのも無理はないか。
「あー……ほら。誰かに相談しにくいことの一つや二つあるだろ?もしそういうのがあったら俺で良ければ言ってもいいんだぞっていう……」
ドイツでは偽りの自分を演じていた。
偽らなければ本当の自分が保てず壊れると分かっていたからだろう。日本に戻ってきてからも最初は人間不信みたいなことはあったらしいが、今ではそんなことはないと思う。
だが希美さんからあの話を聞いて、どうしても確認したかったのだ。親しい友人には飾ることなく素の自分を見せることができているのかどうか。偽りのない本当の自分を曝け出せているのかどうか。
「いえ。特にないですよ」
平然とした様子で優奈は答えた。
「前にも言いましたけど、わたしは今とても幸せです。良くんがわたしの隣にいて信頼できる友達がいるだけで、わたしは十分なんです」
「いやでもさ。幸せの中にも悩みの一つや二つは隠れてたりさ……」
「強いて言うなら良くんをもっとメロメロにさせるためにはどうすればいいのか、これが悩みですかね」
「いや、もう十分メロメロにされていますけどね」
俺の中での優奈の親愛度はもう限界に到達しているというのにこれ以上されては限界突破してしまう。してくれても構わないのだが。
優奈はクスッと小さく笑う。
「それだけわたしの人生はとても充実したものになっているということです。だから良くんがそこまで心配しなくても大丈夫ですよ」
本人がここまで言うのだから、俺もこれ以上食い下がる理由はなく、「そうか。分かった」と答えた。
「心配してくれているのは嬉しいですけど、少し過保護すぎません?もう少しわたしのことを信頼してくれてもいいと思うんですけどね」
心配にならないわけがなかった。
希美さんから聞いた優奈の過去。俺が苦しんでいたのと同じように優奈も辛い思いをして生きていた時期もあったのだ。
俺は優奈は右手で優奈の後頭部に触れて、優しくこちらに抱き寄せる。俺の懐に優奈の身体が収まった。
「良くん?」
「しばらく……こうさせてくれ」
きょとんとした顔でクリーム色の瞳を向けてくる優奈に、俺は静かに言った。言葉を聞いた優奈は胸の中で小さく頷くと、背中に手を回してくる。
優奈からしたら、俺がただ甘えたいのに見えているかもしれない。実際それも含まれてはいるのだが。
「俺はずっと優奈の側にいる。例え何があっても、俺だけは優奈の味方で居続ける。絶対に一人にしない。させないから……」
言葉を聞いて察したのか、「うん……」とだけ言って小さく頷いた。
優奈に辛い過去のようなことはもう味あわせない。この俺の腕の中にいる最愛の彼女の笑顔だけは何があっても守り抜くと心に決めた。
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