男同士の
最近投稿期間が空いてしまってすみません!
午後五時過ぎ。残っていた課題を終わらせて一息ついていたときに、通知音と共にテーブルに置いていたスマホが震えた。
スマホのロックを解除すると、ラインの右上に一通のメッセージが届いている表示が出ていた。
『今日、晩ご飯一緒に食べませんか?』
アプリを開くと優奈からこのようなメッセージが届いていた。
(一緒にっていうのは圭吾さんと希美さんの四人でってことだよな?)
メッセージを眺めながら俺は思った。
昨日希美さんと喫茶店で話していて、明後日には日本を発つと言っていた。つまり今日の夜が家族で過ごす最後の時間であり、またしばらくは会えない。
家族水入らずの時間も過ごしたいだろうと考えていたから、昨日は一人で夕食を済ませていて今日もそのつもりだった。
だからこのお誘いのラインが届いたのは少々驚きで、見間違いかと思い目を擦ってもう一度見たのだが、視界に入ったのはさっきと同じ文章。つまり見間違いではない。
『それって俺と優奈、圭吾さんと希美さんの四人でってことだよな』
『はい』
ほぼ確定でそうだろうなと思いつつも、一応確認のため優奈にそう返信する。俺のラインを眺めていたのか、返信するとすぐに既読がついて返事が来た。
『いいのか?せっかく家族で過ごす時間だろ?邪魔するわけにはいかないって』
『お母さんが是非良くんにも来てほしいって』
まさか発案者が希美さんだったとは。
『じゃあお言葉に甘えさせてもらってもいいか』
『はい。お母さんとお父さんにも伝えておきます。夕ご飯は六時過ぎなので近い時間になったら来てください』
『いや、家にいてもやることなくて暇だから今から行って何か手伝うよ』
流石に夕飯だけいただきに行くというのは申し訳ない。圭吾さんの俺に対する評価はあまり高くはないだろう。何か手伝って評価を上げる方が大事だ。
『分かりました。それじゃあ待ってますね』
『はいよ』
優奈とのやりとりを終えると、俺はクローゼットを開いて外着を取り出す。家とはいえだらしない格好でいくわけにもいかない。
張り切りすぎずラフすぎない服を選ぶのに五分少々。髪の毛を軽く直して身なりに問題ないことを確認して、俺は家を出た。
今思えば、付き合っているとはいえ一人暮らししている娘の家に彼氏が出入りしているというのは親目線からしてどう思うのだろうか。
希美さんはそうでもないだろうが、優奈のことを溺愛している圭吾さんは少なからず警戒はしているに違いない。
それこそ今日の夕食だって俺が来ることを快く思っていないだろう。それでも希美さんの意見が通ってしまうのだから天野家の力関係はそういうことになる。最もこんな形で知ることになるとは思ってもいなかったが。
インターホンを鳴らしてしばらく待っていると、エプロン姿の優奈がドアを開けて『姫』と呼ばれるにふさわしい笑顔で出迎えてくれた。
「お邪魔します」
「どうぞ上がってください」
靴を揃えたあと、もう一度首周りの服装を整えて優奈の後ろを歩く。リビングに向かうと、エプロン姿でキッチンに立っている希美さんとソファーに腰を下ろしてテレビを眺めている圭吾さんがいた。
「こんばんは。突然誘ってごめんなさい」
「こちらこそ。わざわざ誘っていただいてありがとうございます」
夕食の準備をしている希美さんに挨拶されて、俺も軽く会釈して返す。
そのあと圭吾さんの方を向いて「こんばんは。お邪魔させていただきます」と言うが、こちらを見ると「こんばんは」とほんの僅か淡い笑みを見せるだけだった。
食卓の真ん中には大きな鍋が用意されていて、キッチンには白菜やねぎ、しいたけにしらたき、そして見るからに高そうな薄切りの牛肉があった。
「今日の晩ご飯はすき焼きよ」
一人暮らしを始めてからは一度も作ったことがなかったので、俺は思わず唾を飲み込む。
「希美さん。何か手伝いますよ」
そう言うと希美さんは首を横に振る。
「準備はわたしと優奈でやるわ。良介くんには圭吾さんの相手でもしてもらおうかしら」
「えっ」
思わず声が漏れて俺は口を塞ぐ。
圭吾さんは気づいているのかいないのか分からず、こちらを見る素振りはない。
「優奈のことになると少し熱くなっちゃって、元日は少し意地悪な感じになっちゃったけど本当は凄くいい人だから」
希美さんは微笑を携えて言った。
「……分かりました」
俺は圭吾さんのいるソファーへと向かう。生活音が聞こえるおかげか、彼女の父親と一対一で向かうといった形でもそこまでの緊張はなかった。
「あ、圭吾さん……えっと……」
とりあえず何か話の話題になるものを探すが、いいものが思いつかない。
「良介くん。ここに座りなさい」
圭吾さんはソファーから立ち上がるとテーブルの前で胡座をかいて、その隣に座れとポンポンと叩く。「失礼します」と言って、とりあえず両膝を畳み正座の形で座った。
「もっと楽な体勢で構わないよ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
そう言われたので、俺も正座から胡座の変えて腰を下ろす。
「まず、元日の件はすまなかった。少し熱くなりすぎてしまったね。いい大人が情けない」
「い、いえ。僕の方こそ失礼が過ぎました。本当にすみません」
まず元日の出来事についてお互いに謝罪するところから始まった。圭吾さんの表情も元日や先ほどまでと比べると少し穏やかになっていたので少なくともあの件のことは気にしていないのだろう。
「昨日、優奈と久しぶりにドライブしに行ってね。やはり娘と過ごす時間は楽しいし嬉しいことだってことが分かったよ。離れて暮らしているから尚更、ね」
「やっぱり優奈がいないのは寂しいですよね」
「当然だよ。遠くにいても声を聞けるし顔も見れる便利な時代になったとはいえ、寂しさはあるさ。でも、次の休みに優奈と会うために仕事を頑張ろうってモチベーションになっているのも事実だよ。それにこれ以上、優奈にあんな思いはさせたくなかったからね」
いい父親だな、と俺は率直に思った。
本当に優奈のことを大切に思い、娘を愛しているのだとそう感じた。
父さんも生きていたら、今頃は圭吾さんと同じくらいに一人暮らししている俺を心配にしていたに違いない。厳しかったが俺のことを大切に育ててくれた。それだけは当時小さかった俺でもよく分かっている。
「優奈から聞いたよ。お父さんを事故で亡くしてその後もかなり大変な思いをして育ってきたと」
「まぁ……そうですね。後悔や挫折もたくさん味わいました。一時期は自分に絶望して嫌いになったときもありました」
「きっと過去の苦い経験があったからこそ、今の良介くんの力になっているんだな」
確かにそうかもしれない。
俺に降りかかった全ての出来事のうち何か一つでも欠けていたら今の俺は存在しないだろう。
「それでもやっぱり……父には……父さんには生きていてほしかったです。くだらない話をして、進路のことで喧嘩して、昔はこんなこともあったなって酒を飲みながら話をして、いつか優奈を紹介したかったです」
いくら願っても、たとえ天地がひっくり返っても父さんが生き返ることはない。
ふとこんなことを思ってしまったのは、娘を大切に思う圭吾さんの姿を見て、無意識に父さんと重ねてしまったからなのかもしれない。
「でも今は幸せです。母さんがいて友人がいて、優奈も僕の隣にいるんですから」
優奈が幸せだと感じているように、俺も今この瞬間が幸せだと思っている。
その幸せがこの先もずっと続くようにこれからも頑張っていくつもりだ。
俺は姿勢を胡座から正座に直して、両手を腿の上に置く。圭吾さんの目には最初にあったときの威圧感のようなものは感じず、とても優しいものだった。
「圭吾さん。僕は優奈を想う気持ちなら誰にも負けません。必ず幸せにします。してみせます」
圭吾さんは眼鏡を上げて、初めて俺に柔和な笑みを見せた。
「気持ちは十分に伝わった。わたしたちがいない間、優奈は君に任せるよ」
「はい」
とりあえず、圭吾さんにも認めてもらえたと思っていいのだろう。俺は安堵の色を示すと同時に大きく息を吐いた。
「それに、君といるときの優奈の表情が一番輝いている。父親としては少し思うところもあるがな」
「良くんとお父さん。準備できたから席に座って」
「分かった」
「はいよ」
優奈にそう言われて、俺と圭吾さんは席に座る。気を張っていた元日のときとは違い、お互い普段の様子で接している俺たちの姿を見た優奈と希美さんも笑みをこぼしていた。
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