優奈の両親
都合上、この時間帯での投稿です。
新年になぜ甘酒を飲むようになったのか。
理由は二つ。一つは米を作っている農家が前年の米の収穫の感謝と今年の豊作を願い、収穫した米で甘酒を作るのが習わしで、その歴史が重宝されてきたからそうだ。最近では甘酒を振る舞う神社が出てきているらしい。
もう一つは単純。身体に良いから。
ビタミンB1、B2、アミノ酸、ブドウ糖などといった栄養素が含まれている他にも、身体を温めたり冷え対策にも効果があるらしい。
――なんてそんな雑学を今は話している場合ではない。
☆ ★ ☆
ひとまず俺と優奈は繋いでいた手をゆっくりと離す。そしておろるおそる優奈の両親に視線を向けた。
男性は、背は俺と同等か少し高い。黒髪は短く切り揃えられている。目元はキリッと鋭くて黒縁眼鏡をかけていて、鼻も高くて顔立ちも整っている。真面目で清潔感のある男性といった印象だ。
女性は、背は優奈と変わらない。
クリーム色の髪はショートカットで目元は優しさを感じさせ、雰囲気もおっとりとした印象を与える。美人だが、どことなく幼さも残っている顔立ちだ。優奈の美しさはお母さん譲りと言ったところか。
「優奈。彼が優奈の言っていた?」
「うん。そうだよ」
父親の問いかけに、優奈は頷く。
「あらまぁ。写真で見るよりも男前でかっこいい彼氏さんじゃないですか。良介くん……ですよね?初めまして。優奈の母の希美です。いつも娘がお世話になっています」
「あ、いえいえこちらこそ。優奈さんにはいつも大変お世話になっていまして……」
低姿勢で挨拶をする優奈のお母さんにつられて、俺も腰を曲げて何度も挨拶をする。
「初めまして。優奈の父の圭吾です」
眼鏡を軽く上げて、優奈のお父さんは軽く自己紹介をする。柔らかな口調だった希美に対して、圭吾は淡々と口調で軽い作り笑いを浮かべていて、最低限の社交辞令といった感じの挨拶だった。
初めて会った男が娘と仲睦まじそうに手を繋いでいるのを間近で見たのだ。それに初対面というのもあって彼女の父親という威厳というのもあるのだろう。そうなってしまうのも仕方ない。
「初めまして。柿谷良介と言います」
俺は挨拶を返すと、圭吾さんは軽く目尻を下げた。
一応、最低限の挨拶はできるんだなと思われたのだろう。視線を優奈に移して「甘酒だよ」と容器を優奈に手渡した。
優奈に向ける表情は、まさに父親の優しい顔だった。
「うん。ありがとう」
「良介も」
「サンキュ」
母さんから甘酒の入った容器を受け取って、甘酒を喉に流し込む。米の味がして、甘酒特有の甘くて癖のある味だ。冷え性にも効くらしいのでしばらくすれば身体も温まるだろう。
「良介くんのお母さん。この後ご予定はありますか?」
「いえ。特に予定は」
「ここで立ち話をするのは寒いですし通行人の邪魔になるでしょう。もしよろしければみんなで朝食でもどうですか?代金はわたしが全てお支払いします」
「良介はこのあと何か予定はある?」
「いや。特に大した予定はないから俺は大丈夫だよ」
「それじゃあ……お言葉に甘えさせてもいいですか?」
「はい。もちろんです」
圭吾さんは優しく微笑みを浮かべた。
☆ ★ ☆
神社を後にすると、圭吾さんの運転する車の後ろを追うように母さんは車を走らせていた。向かったのは神社から十分ほどの距離にある珈琲店。珈琲はもちろんのこと、朝食が美味しいと有名なお店である。
元日でも朝から営業していることに少なからず驚いた。
テーブル席に案内されて、俺と母さん。向かい合うように圭吾さん、優奈、希美さんの順番で長椅子に腰掛ける。
それぞれメニューを決めたあと、店員さんに注文してメニューが届くのを待っていた。
「優奈ちゃん。その着物、よく似合っているわ」
しばらく沈黙が流れていたのだが、それを切り裂いたのは母さんだった。母さんと優奈はあの場では軽い挨拶しか済ませておらずまともに会話をしていなかった。優奈と話したいと言っていた母さんにとってはこの機会は願ってもいなかったチャンスなのだろう。
「ありがとうございます」
「まだ若いのに上品で愛嬌もあって。良い教育をされたのですね」
「いえいえそんなことは。良介くんこそ礼儀正しくてしっかりとされてて。優奈がいつも言ってるんですよ。かっこよくて頼りになって、彼氏としても人間としてもすごく尊敬しているって」
「お母さん。良くんの前で言わないでよ……」
親子話を暴露されて優奈は赤面する。「あら、ごめんなさい」と希美さんは謝罪の弁を述べるも表情は柔和だ。母さんも「照れてる優奈ちゃんも可愛いわねー」と乗っかってしまう始末である。
その後も二人は、子育てで大変だったことやお互いの子供を褒め始めた。会ってまだ一時間も経過していないのにも関わらず、二人は意気投合した。こうなってしまうと誰にも止められない。
止められるとすれば俺に向かい合うように座る圭吾さんが頼みの綱なのだが、俺たちを朝食に誘った張本人は先に届いたコーヒーを口にするだけでまだ一言も発していない。特に機嫌が悪いわけでもない。それが余計に不気味さを感じさせ、優奈と話をしようとすると、鋭い視線が飛んでくる。
その間にも二人はどんどん仲良くなっていき、ママトークは互いの子供を褒め合いから、クリスマスプレゼントの話へと変わった。
「良介ね、優奈ちゃんがプレゼントであげた手編みマフラーを巻くたびに本当に嬉しそうにしているのよ」
「そうなんですか。良かったわね優奈。毎日夜遅くまで編んだ甲斐があって」
母さんが言うと、希美さんはまるで自分ごとのように嬉しそうに笑い、優奈も「うん……」小さく頷いた。
「良介くん……一ついいかな?」
「はい、なんでしょう?」
ここまで閉じていた圭吾さんの口が開く。その眼差しは俺に向けられて、逸らすことすら許されないような気がした。
「そのマフラーというのは、ひょっとしてそこに畳んであるマフラーのことかな?」
「そうですけど……」
「そう……わたしは優奈の手編みマフラーなんて貰ったことないのに……」
俺は頷くと、圭吾さんの眉が下がり分かりやすく落ち込んで、コーヒーを飲んでいた。
「ごめんなさい良介くん。圭吾さん。全然子離れできていなくて、優奈のこと溺愛しちゃってるの」
優奈とも話していてなんとなくそんな気はしていた。それだけ娘のことを大事にしている証拠だし、母さんだってそうなのだから、だからどうということはない。
「良介くんも、優奈が今つけてる指輪プレゼントしてくれたんでしょ。お風呂に入る時以外ずっと大事そうにつけてるんだから」
「えぇ、それは知ってます。家で遊んでいるときもずっとつけてくれていますからね」
注文していたこの店名物のフレンチトーストとサンドイッチがと届いて、それぞれの前に置かれる。
「そうか……娘のことを大事にしてくれているんだね」
「それはまぁ……好きですから大事にしないわけにはいかないですよ」
圭吾さんの持つカップの手が僅かに震えている。
明らかに動揺していた。
「ち、ちなみにどのような意図でその指輪を渡したのか聞いてもいいかな?」
「圭吾さん。その質問は少し失礼じゃないですか?」
「希美。これは男と男の話だ」
苦言を呈する希美さんだが、圭吾さんは聞く耳持たずと言った様子だった。
俺がどれほど真剣に優奈とは交際しているのかを確かめているのだろうか。指輪を渡した時点で結構本気だということは圭吾さんにもある程度伝わっているはず。その上で、俺の口からこの場で聞こうと、言質をとろうとしているのだ。
俺はコーヒーを一口飲んだあと、カップを皿の上に置いて吐息を漏らす。そして圭吾さんに俺の瞳を向けた。
「これまでも、そしてこれからも大切にするという俺からの意思表示です。優奈さんを好きという気持ちなら、お父さんにも負けていないと思います」
俺は強く言った。「ほう……」と圭吾さんは眼鏡を上げて鋭い目を向ける。
「好きという気持ちなら負けていないか。残念だが、それではわたしには勝てない。何故ならわたしは優奈を好きではなく、愛しているからだ。大切な一人娘だ。この上ない愛情を注ぎ込んできた愛娘だ。誰よりも優奈のいいところは知っている。よってわたしの方が優奈のことが好きだ。あと君にお父さんと呼ばれる筋合いはない」
「これはすみません。優奈さんのお父さんと呼ばべきでしたね。優奈さんのいいところなら僕もたくさん知っていますよ。それに父親なら娘に愛情を注ぐのは当然のことですしいいところだって知っているのは当たり前のことだと思うんですよ。それにあなたの好きは父親としての好きでしょう。僕は優奈さんのことを一人の女性として好きです。彼女も僕のことを好きと言ってくれています。僕たちは両想い、相思相愛なんです」
俺と圭吾さんの言葉に熱が帯び始める。
本当ならば、片方が軽く受け流せば済む話なのだろう。それは俺も分かっていたし、圭吾さんも分かっている。
だが、優奈を好きだという想いだけに限っては話は別だ。引いてしまえば自分の想いが相手より劣っていると認めてしまうということになる。
ここまできた以上、お互い引くに引けなくなってしまい結果としてこんな形になってしまったのだ。
俺と圭吾さんは表面上は笑っているが、内側は身体が焼き尽くされるような強い炎が燃え上がっているだろう。
「ちょっと圭吾さん。ここお店ですよ」
「良介も失礼でしょ」
「お父さんも良くんも落ち着いてください。もう想いは十分に伝わりましたから」
双方、叱責を受けるが耳には入っていない。
他の客の迷惑にならない程度のトーンで俺と圭吾さんは優奈のいいところを言い合う。母さんと希美さんはもう諦めたような顔で朝食を食べて、優奈も顔を赤くしながらサンドイッチを口にした。
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