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年明けの挨拶

 十二月三十一日。

 今年が終わるまであと一時間を切った。

 

 さっきまで母さんと年越し蕎麦を食べていて、満たされたお腹をさすりながら炬燵に入る。


「あー温いー」

 

 やはり炬燵は至高だと、俺は思った。

 普段のパジャマの上にガウンを羽織っているので寒くはないのだが、炬燵はより近くで熱を発して身体を温めてくれるので、一度入ったら抜け出せなくなってしまう。

 炬燵は人を駄目にするとはよく言ったものだと、俺はしみじみ感じた。


「あんたそれすごい年寄りくさく見えるわよ」


 そう言葉を残す俺を見て、母さんはなんとも言えないような瞳を向ける。そう言われても、アパートには炬燵がないので仕方ない。ムッと渋い顔を浮かべつつもテーブルの上にある皿に入ったみかんに手を伸ばし、皮を剥いては房を複数頬張った。炬燵とみかん。これは切っても切り離せないセットだ。


「みかんちょうだい。あとはい、お茶淹れたから」


「あざっす。みかんどうぞ」


「ありがと」


 母さんも炬燵に入ってホッと息を漏らす。

 俺は湯気が漂っている淹れたてのお茶に軽く息を吹きかけて一口飲む。さっきまで口の中に広がっていたみかんの甘酸っぱさがリセットされた。


「今年ももう終わるわねー」


 テレビで流れているお笑い番組を見ながら母さんが言った。年末特番を見ていると本当に今年が終わるんだなと実感が湧いてきて「そうだな」と相槌を打つ。


「どう?一人暮らしをやってみて。大変?」


「いや、家事は母さんに教えてもらってたおかげでそこまで苦労はしなかったよ。献立を考えるのは大変だけどそれなりに楽しいよ。それに……」


「それに……なに?」


「優奈もいるからな」


 俺は湯呑みを手に取りお茶をズズッと飲む。「まぁ、青春してるわね」母さんは顔を輝かせた。


「一人暮らしを許してくれたことには本当に感謝している。そのおかげでいろんなことに気づけたし」


 一人暮らしをしていなければ優奈とあの夜、あの公園で話すこともなく、ただ同じクラスメイトという位置付けだけで終わっていたかもしれない。


「だからその……なんだ。今年一年、影から支えてくれてありがとう」


 改めて面と向かって言う気恥ずかしさで視線を逸らしつつも頬を掻く。


「まぁ可愛い子には旅をさせよって言うからね。あのときは本当に一人暮らしさせるか悩んだし条件も色々出したけど、結果こうして成長してくれて母さんも嬉しいわ。きっとあの人も喜んでるわよ」


「父さんにもいい報告ができるように頑張らないとな」


「もー。いつの間にわたしの愛息子はこんなに立派になってー。嬉しい反面少し寂しいー」


 母さんは俺の隣まで移動してくる。


「ちょっと狭いんですけど」


「いいじゃない。久々に愛息子と二人で過ごすんだから」


「はいはい分かりましたよ」


 しばらく母さんと会話をしている内に、年を越す直前まで時間は経過していた。秒針が一秒ずつ進んでいき、やがてテレビに表示されている時間が、0:00になった。

 年が明けたのである。家の近くでは年明けの記念として花火が打ち上がる音がする。


「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


「明けましておめでとう。こちらこそよろしくお願いします」


 母さんと新年の挨拶を済ませると、スマホが震える。確認すると斗真から『あけおめ、ことよろ』とスタンプが送られてきた。


「相変わらずはえーな」


 年が明けた瞬間に斗真から新年の挨拶の連絡が飛んでくる。早すぎてメッセージを入力してあと送信できるような状態で待機しているのではないかと思ってしまうくらいだ。


 瀬尾さんや純也、平野さんや東雲さんからも続々と新年の挨拶のメッセージが送られてきて、一つずつ返していく。


 去年までは斗真や瀬尾さんしか新年の挨拶を送る相手がいなかったので、返しても返しても送られてくるメッセージに驚きつつも、自然と笑顔が溢れていた。


 だが、優奈からはまだメッセージは届いていない。

 不意に彼女の声が聴きたいと思ってしまい、優奈の連絡先を開こうとすると、着信音が鳴る。優奈からだった。


「ちょっと優奈と電話してくる」


「はいはい。ごゆっくり」


 炬燵から抜け出して立ち上がり、俺は自室へと向かう。扉を閉めて、優奈からの電話に出た。


「もしもし」


「もしもし。夜遅くに電話してごめんなさい。良くんにはメッセージよりも直接新年の挨拶を言いたくて」


「いや、俺も優奈の声聴きたかったから」


 電話越しからフフッと優奈の軽い笑い声が聞こえてきた。考えていたことは同じだったようだ。


「良くん。明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


「明けましておめでとう。こちらこそよろしくお願いします」


 今年入って優奈の声が聴くことができて、心が躍る。そこまで眠くはなかったのだが、より一層目が覚めてしまった。


「良くんの声が聴くことができて嬉しいです」


「毎日電話しているのにな」


 実家に帰省してからも、優奈とは毎日電話している。約束通り、どちらかが寝落ちするまで電話をしているのだが、いつも優奈から規則正しい寝息が聴こえてくるのだ。


 もう少し会話をしようと口を開こうとすると、「優奈ー」と電話越しに声がする。


「ごめんなさい。お父さんが呼んでいて……」


「分かった。家族で過ごす時間も大事だからな。行っておいで。優奈の声が聴けて俺も嬉しかったし」


「ありがとうございます。それじゃあまたこっちに戻ってきたときに」


「うん。たくさん話をしよう。それじゃあおやすみ。優奈」


「はい。おやすみなさい。良くん」


 優奈からの電話が切れる。

 自室のカーテンを開いて花火を眺めた。


 去年までと上がっていた花火は同じはずなのに、今年見た花火は俺にはとても美しく映っていた。

お読みいただきありがとうございます。

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