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朝のひととき

「……ん……」


 カーテンの隙間から差し込む光で、俺はうっすらと目を開ける。

 ぼんやりと広がる視界にはクリーム色の髪の少女が、俺の腕ですやすやと寝息を立てて眠っていた。


 最初は少し驚いたのだが、目が覚めると共に頭も回り始めて、昨日優奈と一緒に寝たのを思い出す。


 枕はあるのだが、優奈は俺の腕を枕代わりにして眠っているので動かしてしまえば起きてしまうだろう。休みの日なのだしゆっくり寝かせてやろうと、体の向きだけ変えて優奈の寝顔を眺めることにする。


 子供のように幼く安心しきったような寝顔を見せる優奈は無防備で警戒心のかけらもなく、俺の中で庇護欲が湧いてくる。寝る時間も遅かったので、おそらく髪や頬に軽く触れたとしてもそうそう起きはしないだろう。


 俺は微笑を浮かべて、起こさぬように優奈の髪を撫でる。「ん……」と声を出してモゾモゾと動いては、俺に引っ付いてきてくる。

 起きていてわざとやっているのか、それとも無意識なのかは分からない。


 腕枕をしていた腕は朝になっても特に痛みや痺れはない。それだけ優奈が軽いということの証明になるのだが……。


 よく見れば、優奈の身体は本当に細い。

 抱きしめたら壊れてしまうのではと思うほどにウエストはキュッと引き締まっている。あれだけ食べているのに、よくこの体型を維持できるなと感心してしまう。


 優奈も週に二、三回は軽い運動をこなしているらしい。よく食べてよく運動する。それがその体型を維持できる一番の秘訣なのかもしれない。


 手を伸ばして近くで充電しておいたスマホを手に取り時間を確認する。時刻は八時を回ったところ。斗真との約束までまだ時間はある。

 このまま優奈の寝顔を眺めながらゴロゴロするのも悪くないだろう。

 それにしても……


 (可愛いすぎるな)


 口に出さなかっただけ褒めてもらいたい。


 俺の腕の中で眠ってはぬいぐるみ感覚で抱きしめてくるのだ。これを可愛いと表現する以外に何がある。昨日あれだけ想いを伝え、吐き出したというのに愛おしさがまた溢れてくる。


 (いつもありがとな。大好きだぞ。優奈……)


 頭を優しく撫でながら心の中でそう言った。


 すると、「ん……」と言葉を漏らして、ゆっくり目を開く。二度ほど瞬きを繰り返すと、頭に預ける感触がいつもと違うのを感じ取ってか、こちらを振り返るとクリーム色の瞳が俺を視界に捉えた。


「おはよう。優奈」


 もしかして心の声漏れてた?と、内心焦りながらも、俺は優奈に笑いかける。


「お、おはようございます……良くん……」


 優奈も段々この状況を理解できたのか、顔を赤くしながらも挨拶する。


「悪い。起こしちまったか?」


「いえ……普通に目が覚めました……」


 心の声で起きたわけではないらしく、俺はホッと安心する。


 優奈は再び俺の胸元に埋める。普段は規則正しい生活を送っている優奈にとってはあの時間まで起きていたことは堪えたようで、まだ寝足りないらしい。

 頭が安定する位置を探してモゾモゾと動き回る優奈。どうやら腕枕の方が安心するようで、顔を上げると薄く笑う。


 俺も腕枕をしていた腕を折りたたんで優奈をそっと抱きしめる。布団は被ったままだが、こうやって抱き合っていた方が暖かい。寒い時期なら尚更だ。


 五分ほどしたところで、優奈は埋めていた顔をこちらに向けて「良くん……」と甘えた声を上げた。


「もっとぎゅーしてください……」


 寝起きで眠そうな目。トロンとふやけきった表情に甘えてくる仕草。その全てが俺を一撃で沈めるほどの破壊力を持っていた。


 左腕を優奈の腰に回してさらに密着し合う。


「お姫様は朝は特に甘えん坊なんですね」


「……わたしの王子様が甘やかすのが上手なんです……」


 右手で優奈の頭を撫でれば、優奈は頬を赤くして言いながら表情を緩ませる。


「もう少し寝てる?まだ八時過ぎだし……」


「……起きます……でも、良くんともっとくっついてたいです……」


 休みの日でも規則正しい生活を送っている優奈なので、この時間まで寝ていることは珍しい。

 真面目な性格の優奈のことだ。頭では起きなければいけないと分かっているのだろうが、優奈の本音は俺と一緒にいたいと可愛いことを言ってくる。

 

「なら……」


 身を起こして右腕で背中を、左腕を膝裏に回しては「よっ……と」と優奈の身体を持ち上げる。

 いわゆるお姫様抱っこというやつだ。


「きゃっ……!」


 突然のことで優奈は驚きの声を上げて、クリーム色の瞳をぱっちりさせていた。


「これなら起きれるし、俺ともくっついていられると思うぞ」


「そんな急に……」


 僅か数センチの距離までに迫った顔の距離に、優奈は赤くしていた顔にさらなる熱を帯びさせる。


「あまり暴れたら落ちるぞ。落とさないけど」


 背中をガッチリと支え、両膝に回している左腕は落とさないように固定してあるので何があっても落とすことはない。


「わたし……重くないですか?」


「全然。むしろ軽すぎて心配になる」


「なら、良かったです」


 優奈は安堵の言葉を漏らすと、俺に体重を預けるように楽な体勢をとって、コツンと頭を肩に当てる。優奈の甘い香りが鼻腔に広がった。


「こういうの憧れてたので……嬉しいです……」


「言ってくれたらいつでもやるぞ?」


「たまにやってくれるからいいんです。本当にやってほしいときに、やられ慣れていたくないので」


「そんなものなのか」


「そんなものなんです」


 優奈は両腕を俺の首に回した。互いの身体が密着し合い、服越しにお互いの熱を感じる。


 俺の腕の中で綺麗に収まってくれる優奈の顔はまだ赤いが、こちらを見ては俺にしか見せない極上の笑顔を向けてくる。


「良くんも顔赤いですよ」


 首に回していた片腕を離しては、俺の頬をツンツンと突いてくる。


「俺の優奈が可愛いのが悪い」


「独占欲がダダ漏れですね」


「嫌か?」


「凄く嬉しいです」


 再び両腕を首元に回して抱きしめてくる。

 優奈の可愛いところを間近に見るのは俺だけでいいし、他の誰にも見られたくない。

 自分自身が優奈に相当惚れ込んでいる自覚はあったのだが、まさかここまでとは思ってもいなかった。それに優奈がここまで俺のことを好いていてくれたことも。


 優奈を抱きかかえたままベットから降りて、左手で器用にドアを開いて自室を出る。


「このままリビングまで行っちゃうんですか?」


「こういうときにしかできないんだからいいだろ。それに優奈だってやって欲しそうな顔してんだもん。首に腕回したままだし」


 優奈もこのままがいいと言っているようなものだ。俺だってお姫様抱っこしてあげたいと思っているのだからお互いの利害は一致していて問題ない。


「本当のお姫様になった気分です……」


「俺の中では優奈はずっとお姫様だよ」


 お互い顔を見合わせてクスッと笑うと、俺たちはリビングへと向かった。

お読みいただきありがとうございます。

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