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姫の彼パーカー姿

 土曜日に優奈が泊まりに来るからといって、生活にさほど変化が訪れるわけではない。


 午前は昼、夕食用の買い出しと期末テストの見直し。昼食を食べ終われば午後からバイトの時間までテレビゲームやボードゲーム二人で楽しんでいた。


 バイトに向かう前に優奈が作ってくれた軽食で少し腹を満たしたあと、バイト先で汗水流して働く。帰宅すれば「おかえりなさい」と出迎えてくれる。普段の休日となんら変わらない。


 変わったことは、一緒にご飯を食べたあと、いつもなら帰っている時間になっても優奈と一緒のテレビを観ているということだ。

 

 お泊まりということで、優奈は俺の家でお風呂に入りたいらしく、日用品の入った袋の他に脱衣所には自宅から持ってきたタオルや普段使っているシャンプー、ボディーソープが入った袋がある。

 もちろんその中には下着も入っているのだろう。手を洗うとき、意識しないようにと視界に袋が入らないように視線を逸らしていた。


「優奈。先に入ってきていいよ。俺は後から入るから。ついでに風呂掃除も済ませたいし」


「はい。良くん。あの……」


「あぁ、脱衣所には用意してあるから」


「分かりました。それじゃあ先にいただきますね」


「ゆっくり入っておいで」


 優奈はソファーから立ち上がって、脱衣所へと向かい扉をパタンと閉じた。その姿を見送った俺は再びテレビに視線を戻したところで、「良くん」と閉めていた扉を少しだけ開けて、そこからひょこっと顔を覗かせている優奈がいた。


「どした?なんか足りないものでもあった?それとも忘れ物?」


「いえ。一つだけ言いたいことがあって……」


「言いたいこと?」


「はい。えっと……」


 言うか言わないでおくか、少し迷ったような表情を見せてしばらく視線を落としたあと、スッと顔を上げて口を開く。


「お風呂場、覗かないでくださいね」


「の……のの、覗くわけないだろ!俺にそんな度胸あると思ってんの!?いいから早く入って来い!」


 俺は思わず立ち上がった。カァッと顔に熱が帯びていくのを感じながら、少し大きな声で催促する。誰がどう見ても俺が動揺しているのはバレバレで、優奈もそれに気がついている。「はい」と小さく返事して、再び脱衣所の扉をピシャリと閉じた。


「くそっ……意識しないようにしてたのに……」


 俺はため息をしながら、ソファーに座った。

 急に声を張ってしまったせいで身体が酸素不足になっていて、俺は深呼吸をして身体と心を落ち着かせる。俺の視線が脱衣所の方へと向いた。


 自分の家のお風呂場で今頃、優奈が身体を洗い、湯船に浸かっている。こんなの意識しないわけがない。それでも感情をコントロールしていたのに、優奈の一言のせいで、完全にそっちに意識が向いてしまった。


 何か面白い番組でも見て笑えば忘れるだろうと思い、テレビのリモコンでチャンネルを切り替えるも特に面白いと思えるような番組はやっていなかった。


「……本読んでよ」


 もう小説の話に入り込むしかないと考えた俺は立ち上がって、小説を取り出して優奈が上がってくるまで待っていた。


☆ ★ ☆


 三十分くらいしたところで、お風呂場の扉が開いた音がする。

 肩ほどまでに伸びた髪を洗うのは大変だろうし、長風呂になるのも女の子ならではの事情があるのだろう。純粋にお風呂が好きというのもあるかもしれない。

   

 俺も風呂は好きなので、長いときは二十分くらいに湯船に浸かっている。実家でのぼせたのは変に意識をしてしまったからだ。


「お風呂、ありがとうございます」


 脱衣所の扉が開くと、頭をタオルを巻いた優奈がリビングに戻ってきた。


「おう。それは良かった」


「それで……どうですか……?」


 そう尋ねてくるのは、優奈は今俺のパーカーを着ているからだ。下はモコモコと暖かそうな自前のパジャマを身につけている。

 身体のサイズが違うため、パーカーを着ているというよりは着させられている感が強かった。


「めっちゃ可愛いっす」


 実は、優奈が俺のパーカーを着てみたいと申し出を受けたのだ。俺からすれば特に断る理由もない。それに男なら彼女に自分の服を着てほしいという願望はあるだろう。

 パーカーを着ているダボダボ感がとても可愛らしく映った。


「ありがとうございます」


 優奈は口元を緩ませる。お風呂上がりのせいで頬は赤く染まり、肌の血色も良い。優奈もソファーに腰を下ろすと、スンスンと俺のパーカーの袖の匂いを嗅ぎ始めた。


「え、もしかして臭い?」


 俺もそのパーカーの匂いを嗅ぐが、特に気になる匂いはしない。一応洗濯したものを渡してあるので臭いはずはないのだが、自分の匂いは分からないものである。


「いえ。臭くありません……その……良くんの匂いが好きで、つい嗅いじゃうっていうか……良くんの匂いはすごく安心できるんです……」


 優奈は服の袖をキュッと握りしめてはにかんだ。


 (可愛いな。マジで)


 抱きしめたくなる衝動に襲われるも、それはお風呂に入ってからでもできると思った俺は立ち上がって脱衣所へと向かう。


「良くん。のぼせないでくださいね」


「わーってるよ」


 実家での出来事を思い出し笑いするかのように言う優奈。俺も軽く返事をして、衣服を脱ぎ風呂場へと入っていった。

お読みいただきありがとうございます。

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