以心伝心
途中休憩を挟みつつ、午前中は集中力を保って勉強することができた。
「この部屋少し暑くね?」
「確かに」
手に持っていたペンをテーブルに転がして、斗真はトレーナーの首元をパタパタとさせて、純也も同意を示すように頷く。
勉強を始めたときはまだ寒かったのでエアコンは暖房に設定しておいた。休憩中は換気のために窓は開けているが、勉強中は閉じている。そのため部屋に熱が篭ってしまったのだ。
「じゃあ暖房切るわ」
俺は立ち上がってエアコンの暖房を切って、窓を少し開ける。涼しい風が隙間から吹き込んできて、二人は「ふいー」と気の抜けた表情を見せた。
時間に目をやれば十一時四十分。少し早いような気はするが、準備も含めればいい時間帯になるだろう。
「今から昼飯作るから、みんなは適当にくつろいでて」
「ちなみに何作るの?」
「メインは照り焼きチキンにするつもり。そこにパスタとサラダを添えようかなって」
「めっちゃオシャレー!」
昼食の献立を聞いた男二人はジュルリと涎を拭くような仕草を見せる。楽しみにしてくれているのなら作り甲斐があるというものだ。
照り焼きチキンに使用する肉の部位は胸肉のためヘルシーで、これなら女性陣も安心して食べることができるだろう。
うちには大食いモンスター(斗真)もいるので、材料は多めに買い込んでおいた。作りすぎても斗真が全部食い切るだろうし、最悪俺の夜食になるから特に問題はない。
「良くん。手伝いますよ」
「助かる」
クローゼットに閉まっていたエプロンを取り出す。
料理をするとき、優奈は下ろしている髪をヘアゴムで結ぶのだが、結ぶその仕草と髪を結んだときにフワッと女性らしい香り。普段は髪で隠れてて見えない綺麗なうなじが一瞬チラッと姿を現すのだから、毎回ドキドキさせられてしまう。
この姿は学校では体育の授業のときしかしない。授業は男女別で行われているので、体育祭や球技大会のときでないと、少し低めの位置に結んだ優奈の姿を拝むことができないのである。
「髪結ぶ女子っていいよね」
「斗真くんは髪長い女の子が好みなんだ」
ポツリと呟いた斗真に、瀬尾さんはジトーっとした視線を向けてくる。瀬尾さんはショートヘアーなため、優奈のように髪を結んだりすることがあまりないらしい。自分の髪の長さを気にするかのように、瀬尾さんはそっと自身の髪に触れた。
「髪、もう少し伸ばそっかな……」
「いいよねって言ったけど、俺は今の梨花のショートヘアーが一番好きだなー。雰囲気にも合ってるし頭撫でやすいし」
腕を伸ばして瀬尾さんの頭を撫でる。まるで小動物を愛でるような手つきは優しくて、最初は軽く抵抗していた瀬尾さんだったが、この場所には俺たちしかいないので、撫でられてもいいと判断したのだろう。今はされるがままになっている。
「いいよなー。二人ともこんなに可愛い彼女いて。羨ましい限りだよ」
「純也にだって奏さんいるじゃんよ」
「だからあいつは違うって!ただの幼馴染!それ以上もそれ以下でもないから!」
奏さんの名前を出した瞬間に、純也は人が変わったかのように反論する。
「良介。奏さんって誰?」
「バイト先の先輩で純也の幼馴染」
「何それ。年上幼馴染とか最高かよ」
「だから奏とは本当になんもないっての!暇だからって毎回俺の家に来てはゴロゴロしてきて迷惑してるぐらいだって!」
迷惑と言っている割にはそこまで嫌そうな顔はしていない。もし本当に迷惑しているのなら、そもそも家に上がることはしないだろうし、話そうともしないだろう。
だがこれ以上言ったら、純也が機嫌損ねてしまう可能性があるのでグッと言葉を飲み込んだ。
少し話しすぎたなと思い、俺はキッチンに移動して早速昼食の準備を始める。
俺は照り焼きチキンに使用する鶏胸肉の下処理とタレを作って、優奈はパスタとサラダの準備を始める。
三人は俺たちの作業を見守っていた。
「二人とも一人暮らししてるだけあって手慣れてるな」
「これだけできれば、キッチンの仕事を覚えるのもわけないよねー」
斗真が関心するように唸り、純也は納得がいったようにうんうんと頷く。瀬尾さんも俺たちの手際を目に焼き付けるように見ていた。
「えっと……そんなに見られるとやりずらいんすけど……」
準備に影響を与えるほどではないが三人の距離はかなり近い。特に斗真は俺の手元を覗き込むようにしてくるので、気にならないわけがなかった。
「俺たちのことは気にせずにそのまま続けてよ」
「いや無理だろ」
そう言いながら優奈にサラダ用のドレッシングを渡す。優奈はドレッシングを受け取ると、俺に醤油を渡してくる。照り焼きチキンの焼いている間にタレを作ってしまおうと思っていたので、非常に助かった。
「なんか二人怖いわ」
「うん。わたしもちょっと思った」
斗真が苦笑いを浮かべながら驚いたように言うと、瀬尾さんも同意をしめす。何が怖いのか分からず、俺と優奈は首を横に傾げる。
「自覚はないんだね」
「なにが怖いんだよ。言ってくれよ」
「会話なしでお互いの欲しいものをドンピシャで渡しているところだよ。心でも通じ合ってんのかよ」
俺と優奈は目を合わせてしばらく間が空いた後「あー」と互いに言葉を漏らす。
「何度も一緒に料理して感覚で分かるもんだよ」
隣に立っていると、優奈が次に必要なものが何かなんとなく分かるのだ。それは彼女も同じなようで、それを無意識にできるようになっていたのだろう。
「なんとなくで分かるものじゃないと思う……」
「まさに愛の成せる技だな」
「斗真、照り焼きチキン半分な」
「なんで!褒めてたじゃん!」
「弄ってるようにしか思えないんだよ」
俺は微笑を浮かべて、隣でサラダを作っている優奈も少し嬉しげに頬を染めつつ、緩ませていた。
☆ ★ ☆
「めっちゃジューシー」
「肉プリプリで柔らかいしタレもよく絡んでて最高!」
「それはようござんした」
斗真と純也は照り焼きチキンを口一杯に頬張って咀嚼。飲み込んだ後に頬を緩ませて舌鼓を打った。
「明太子パスタも凄く美味しい」
優奈の隣にすわっている瀬尾さんもパスタを口に運んで、笑みをこぼす。それを聞いた優奈は「ありがとうございます」と表情に安堵の色を示す。
「カッキー。今度改めてこれのレシピ教えてよ。今度家で作りたい」
「あ、わたしも教えてほしい」
「いいよ」
瀬尾さんは母親の手伝いで料理はすると言っていたし、純也もバイト先で調理をしている。
照り焼きチキンを作るのはさほど難しくないので二人ならすぐに作れるだろう。
「梨花ー。作り方覚えたら今度作ってよー」
「斗真くんは自分で覚えようという気はないのかな?」
「料理スキルがカップラーメンで止まってる俺にはできないできない」
「やろうとしないからでしょう」
柔かに笑って手を横に振りながらフォークでパスタを巻いて食べる斗真に、「もう……」と、瀬尾さんは頭を抱えながら吐息する。
「もし一人暮らし始めたら良介一台欲しいわ。料理から洗濯まで全部やってもらう」
「影分身なんてできないぞ」
瀬尾さんに続いて俺も小さく苦笑しながら、パスタを口に運ぶ。明太子の濃厚な味がパスタと絡んでいて自然とフォークを進める手が早くなっていく。
「ん。美味し」
「それは良かったです。良くんの作ってくれた照り焼きチキンも凄く美味しいですよ」
「ありがと」
互いに微笑んでそれぞれが作った料理を褒め合う。
「なんかもう夫婦みたいなやりとりに見えるのは俺だけかな。見てて心が温かくなるけど」
「「同じく」」
純也が微笑ましそうにポツリと呟いて、斗真と瀬尾さんも首を縦に振って、三人はコップに注がれているお茶を飲み干した。
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