盗撮犯と姫の心情
天野さんと登校するようになってから三日が経過したころ、掲示板にはまた新たな記事が掲載されていた。
≪衝撃!姫と登校しているのは彼女を救った王子様!≫
その場には大勢の生徒で溢れかえっていた。
「すげぇなマジで。芸能人みたいな取り上げ方されてんじゃんか。良介くん」
「迷惑だよ。誰だよこんなの勝手に掲載してるやつ。プライバシー思い切り侵害してるじゃねぇか」
俺と天野さんが一緒に登下校しているというのは、青蘭高校のほとんどの生徒が認知しているだろう。
姫を不良から救った話から始まり、彼女に手を出す不埒な輩から守るために共に行動をしている素敵な王子様(彼らの勝手な妄想)。
行動している以上は、当然生徒からの視界には入るだろうし遅かれ早かれバレるのは分かっていた。
だがこうも取り上げられるのは話が違う。俺もそうだが天野さんだっていい迷惑をしているのだ。
俺は記事を見て舌打ちする。
「どうするんだよ」
「あの記事を書いたやつ見つける」
「手がかりは?」
「ない。だからそいつを餌で釣る」
斗真も言っていたように、あれを作ったのは新聞部。それも二年生以上の仕業だろう。あれだけ緻密な新聞は、一年生にはまず作れない。
俺は犯人を特定するため、早速彼女の元へと向かった。
☆ ★ ☆
「ーーというわけで、あの記事を書いたやつを捕まえようと思う」
朝のホームルーム前。
天野さんの席の前で、俺は視線の高さを合わせるようにしゃがんでいた。ちなみにクラスのみんなは、一緒に登下校する程度の仲というのは周知しているので俺たちがこうして話している光景で、ザワザワする様子はない。
「あんな記事書かれて、天野さんも迷惑だよな?」
「まぁ……最初の記事のときは驚きましたけど……ほら、実際本当のことですし……」
ん?てっきり「そうですね」と肯定してくれると思っていたので、俺は反応に戸惑った。
気を取り直すように俺は咳払いを一つ入れる。
「でも流石にあれはやりすぎだ。即刻に辞めさせるべきだと俺は思う」
「そ、そうですね。わたしたちのプライバシーの領域に踏み込みすぎていますからね」
納得してくれて、俺はひとまず胸を撫で下ろす。
「でも、どうやって……」
「あまりこの方法はやりたくないんだがーー」
俺は誰にも聞かれぬように小声で話す。
「どうだ?これなら犯人を釣り出せるし、俺たちの秘密がバレることもないと思う。もし嫌なら別の案を考える」
「う、うん。大丈夫だと思います」
「よし」
決行は午前の授業を終えた後、つまり昼休みだ。
☆ ★ ☆
「悪いな斗真」
「なに、別にいいってことよ。別に謝ることでもねぇし。天野さんを守るのがお前の役割なんだから」
謝る俺を見て、斗真は爽やかな笑みで応じる。
天野さんに初めて弁当を作ってもらってからは、毎日彼女の弁当を彼女と一緒に食べている。
つまりそれは、斗真への裏切り行為みたいなもので、彼には事情は説明した。
「りょ。俺もこれから梨花と昼飯食おうかなー」
と、全く気にしている様子もなかったのだ。
俺と天野さんが一緒に昼食を食べていると知っているのは斗真だけだ。
口は固いやつだから、誰かにチクるという心配もしなくていい。
「それで、どうするんだよ。その記事作ったやつを特定するってのは」
「見ていろ」
俺は立ち上がって、天野さんの席へと向かう。
彼女とひとしきり話すと、俺たちは一緒に廊下を出た。
「ちょっと!あの二人一緒に廊下を歩いてったよ!」
「もしかして一緒にご飯食べるの!?」
「でも柿谷くんなにも持ってなかったけど……」
「まさか……天野さんの手作り弁当……?」
女子生徒たちの黄色い声がとんだ。
弁当を食べるときは、バレないように時間差で移動している。だが今は一緒に行動しているため、俺たちの関係を知っている生徒たちとっては、「いよいよここまで進んだか!」と思わせて、それを噂させる。
あんな写真を撮るやつが、その噂を耳にして動かないわけがない。生徒の姿が見えなくなったのを確認して、俺たちは使用されていない適当な教室の中に入る。
やがて、一人の生徒が現れた。その手には一眼レフカメラを持っている。
俺たちが入った教室の扉をこっそりと開けて、シャッターチャンスを……
しかし、その場には天野さん一人しかおらずその生徒は思わず目を疑った。
「何やってんすか?アンタ」
俺がいたのは扉のすぐ隅っこ。その生徒からしたら間違いなく死角に当たる場所だ。
「いや……それは……」
カメラを持っていたのはそばかすが印象的な女子生徒だった。
話を聞くため、彼女を教室の中に入れて椅子に座らせる。天野さんも彼女の方へと近づいた。
名前は磯山さん。二年生の写真部だ。
「はぁ。なんでこんなことしてるんですか?」
俺に問い詰められて、女子生徒は目を逸らす。
観念したのか、ようやく口を開いた。
「だって……あなたがカッコ良すぎるのがいけないんだもん!」
「……俺が?」
「そう!一見冴えなくて普通そうに見えるのに、不良をボコボコにしてたときのあの表情!そして彼女と一緒に歩いていたときに見せるあの柔らかい笑み!ギャップ萌えもいいところよ!」
「あの記事を掲載したのは……?」
「あなたのかっこよさをみんなに知ってほしいからに決まってるでしょ!」
だめだ。完全に開き直っている。
「とりあえず今回は許します。なので今後はこそこそ写真を撮るのはやめてください。あと記事にするのもやめてください。もし今度見かけたら、先生に報告します」
俺は呆れたようにため息を吐く。
「えー」と反論してきたが、「だったら今すぐに先生に報告しますよ」と釘を刺すと、「はい……」と項垂れて出て行った。
これで記事が出ることはないだろう。
あとはーー
「それじゃあ天野さん。食堂に行ってくる」
「う、うん」
俺は猛ダッシュで向かった。
彼女はギュッと胸に手を当てていた。
☆ ★ ☆
結論から言って、作戦は成功した。
俺が食堂で一人、ご飯を食べていたという目撃情報を噂させることで、二つの噂が衝突。食堂での目撃情報の方が多かったため、結果俺と天野さんが一緒に昼食を食べていたという噂が消えた。
しかし学校中を走り回ったため、俺はくたくたになっていた。
そこからあっという間に下校時間となり、俺と天野さんは一緒に帰っていた。
「これでまたいつも通り、屋上で食べられるな。それにしてもごめん。今日の弁当食べれなくて」
食堂でご飯を済ませていたために、彼女が用意してくれた弁当を食べることができなかったのだ。
「ううん。大丈夫です」
口ではそう言いながらも、どこか落ち込んだ様子を見せる天野さん。
「もし良かったらその弁当、俺の夜飯にしていい?俺の弁当なんだから、俺が食べるのが筋でしょ」
アパートにたどり着いて、天野さんから弁当を受け取る。
「ありがとう。それじゃあな」
「はい。また明日」
天野さんは自分の部屋に戻り、ベットにダイブする。
胸のチクチクが治らない。磯山さんという女子生徒から真意を話してからだ。
それは今日一日、彼女の胸から消えることはなかった。
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