安堵の言葉と噂話
「元気になって良かったよー」
廊下を歩いていると、偶然すれ違った瀬尾さんがパタパタとこちらに駆け寄ってきて、瞳に安堵の色を宿した。
優奈が体調を崩して学校を休んだことは斗真から聞いた瀬尾さんは、学校帰りにお見舞いに来てくれたのだ。
その頃には平熱まで下がっていて、普段通りの優奈に戻っていた。子供のようにわがままを口にする優奈の影はなくなっていて、少し残念な気持ちになったのだが、それ以上に元気になってくれたことが嬉しい。
「心配をおかけしてごめんなさい」
「いいのいいの。天ちゃんが元気に登校してくれただけで嬉しいんだから。これも柿谷くんの看病のおかげかな?」
瀬尾さんは俺に視線を向けて薄く笑う。俺が途中で帰宅したことも知っていて、お見舞いに来たときも俺が応対していたので、午後から優奈の看病をしていたと言っているようなものだ。
「はい、良くんのおかげです」
優奈はこちらを見て口元を綻ばせる。
ここ二日間は風邪に悩まされていたため、ほとんど辛そうな表情しか見せなかった優奈だが、こうして久々に見せる笑顔を至近距離で見せられるとドキッと一瞬鼓動が高鳴って、俺は軽く視線を逸らして頬を掻く。
「それにしても二人は凄いよね。わたしも親の手伝いとかで家事はそれなりにやるんだけど、一人で家の全部するなんて絶対にできないよ」
「そこに関しては慣れだな。俺は家出る前にあらかたのことは済ませてるし」
夜は勉強や自分の好きな時間に当てたいと考えているので、朝のうちに大抵のことは終わらせている。それが自然と身についていき、今の生活リズムになっているというわけだ。
「柿谷くんほどまでとは言わないけど、斗真くんにもある程度の生活力は身につけて貰いたいんだよね」
思い出すようにして、少し視線を上げた瀬尾さんは苦笑いを浮かべる。付き合いの長い俺にとっても彼女の言葉はよく理解できるため「あー」と言葉を漏らした。
斗真は家事全般……特に掃除が苦手で、部屋は教科書だったりサッカー雑誌だったりと散らかっている。彼の家に遊びに行くたびに、少し片付けを手伝ったりするのだが、すぐに散らかしてしまうのだ。瀬尾さんの抜き打ちチェックが入るようになってからは少しはマシになったようだが、最近はまたものが散乱するようになっているらしい。
気分屋の斗真のことだ。掃除は気が向いたときにしかやらないだろうし、料理や洗濯は美樹さんがやってくれるだろうからまずやらないだろう。斗真には部活があるだろうからやる時間がないというのもあるだろうが。
今頃、彼女が廊下でこんなことを言っているとは斗真も思わないだろうな。
「斗真も実際に一人暮らしやってみたら変わるんじゃないか?」
「えー。どうだろ。多分変わらないと思う。斗真くんのことだから」
ため息を吐いた後に「もし一人暮らしするっていったらそのときはわたしが面倒見てあげないとね」と肩を竦めて笑っていた。斗真も良い幼馴染兼彼女を手に入れたものだ。
「くしゅんっ!……誰か俺の噂でもしてんのかね……」
教室で一人、斗真は少し赤くなった鼻を鳴らした。
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