風邪引き姫
後半から三人称になります。
「優奈、体調のほうはどうだ?」
「昨日よりは良くなりましたけど……まだ倦怠感と寒気が……」
月曜日の朝、優奈は昨日から風邪を引いてしまった。昨日から顔色が普段よりも悪かったので熱を測ったところ、三十八度を超えていたのだ。
俺はドラッグストアへと向かい市販の薬と熱冷ましシートを購入したあとは看病をしていた。その甲斐もあってか、本人曰く昨日よりは良くなったらしいが熱は三十七度五分。それに他の症状も残っている。
やはり秋から冬にかけての季節の変わり目の影響だろう。最近、風邪で学校を休む生徒も増えてきているので体調には十分気をつけなければいけない。
「とりあえず食欲はあって良かったよ」
用意した卵粥は米粒一つ残さずしっかりと食べてくれたので、俺は安堵の息を漏らす。
「朝から……すみません……ありがとうございます……」
「気にすんなよ。誰だって体調は崩すんだから」
薬を飲み終え、水を飲み干した優奈はホッと息を吐く。立ち上がろうとする優奈の足取りはふらふらしてておぼつかない。洗い物を終えた俺は、優奈を身体を支えて自室へと向かった。
触れた彼女の身体は熱く、そこから優奈の体調の悪さが窺える。優奈の自室に入るのはこれが初めてで少し緊張しているのだが、事情が事情だ。
ドアを開けると、まさしく女の子の部屋と言った空間が広がっていた。部屋には可愛らしいぬいぐるみやクッションが置かれていて、中には俺がプレゼントしたイルカのぬいぐるみが大事そうに保管されている。
優奈をベッドに寝かしつけて毛布をかけてやると、「ちょっと冷たいぞ」と熱冷ましシートを優奈の額に貼る。
「熱冷ましシートとスポドリはここに置いとく。昼飯用のうどんは冷蔵庫にあるし薬も食卓に置いてあるから。帰りに何か買ってきて欲しいものとかあるか?」
「……りんごが食べたいです」
細く弱い声で、優奈は要望を口にする。
「了解。それじゃあ行ってくるよ」
「はい……気をつけて……」
優奈は目を閉じると、俺は部屋を出て家を出た。家鍵はスペアの鍵を一時的に預かっているので、閉めたのを確認したあと、絶対に無くさないように鞄の中に入れて、俺は歩き出した。
歩く速度は変わらないのに、今日の登校はいつもよりも長く、そして寂しく感じた。
「あれ?天野さんは?」
俺が一人で登校してきたのを見て、斗真が尋ねてくる。他の生徒も俺が来ているのに、優奈の席が空いているのを少し不安そうな目で見つめてきた。
「優奈は休みだ。昨日から風邪を引いてしまってな。今頃は寝てるだろ」
「そっかー。早く元気になるといいね」
「食欲は戻ってきたようだし、明日からは登校できると思ってるんだけどな」
「学校来る前に看病してあげたの?優男じゃん」
俺たちが同じアパートに住んでいることを知っている斗真は、口角を僅かに上げてほくそ笑む。
「同じアパートに住んでることは誰にも言ってないだろうな?」
恋人で同じアパートに住んでいる。この状況だけを見れば同棲していると思われても不思議ではない。実際、優奈の私物が少しずつ増えているのは確かなので完全否定まではできないが、変に噂を改変されてこれ以上の厄介ごとが増えるのはどうしても避けたいところだ。
「俺は約束は守る男だぜ」
「瀬尾さんにポロッと漏らしたやつが何を言ってんだよ。瀬尾さんだったからいいけどさ」
自信満々に言う斗真に、俺は呆れたようにため息を吐いて肩を窄める。
「できるならお見舞いの品とか持っていってあげたいけど普通に部活あるしなー」
「その気持ちだけ受け取っておくよ」
こんな気遣いができるのも斗真のいいところである。俺は窓から見える景色に視線を向ける。
(優奈は大丈夫だろうか)
家で一人休んでいる彼女に、そう想いを馳せるのであった。
☆ ★ ☆
優奈は目を覚ましてゆっくりと上半身を起き上がらせるが、身体を動かすたびに節々が痛み表情を歪める。
昨日に比べれば、頭痛や鼻詰まりも治っているので体調が戻っているのは間違いないのだろう。それでもしんどいものはしんどくて、優奈は深く息を吐いてスポーツドリンクを口にする。
額に貼られていた熱冷ましシートも、随分と温くなっているので後で張り替えなければいけない。
時間を確認すると十二時半を回っていた。本来ならば学校で良介と昼食を食べているはずだったのだが、今は家に一人、静かに過ごしている。
食生活も生活リズムも完璧な優奈が体調を崩すということは滅多になく、風邪を引いたのは小学校以来だった。
周囲の生活音が少なくて、優奈は孤独を感じていた。良介といるのがいつの間にか当たり前になっていて、バイトを始めると言ったときも寂しさはあったのだが、今回の場合は身体が弱っているせいで心も余計に弱ってしまい、余計に寂しさを感じてしまうのだろう。
昨日一日看病してもらっただけでなく、今日も朝食と昼食の準備までしてもらって、良介には感謝の気持ちしかない。
正直、側にしてほしいという気持ちがなかったと言えば嘘になるのだが、彼にも学校がある。これ以上自分のことで迷惑をかけるわけにはいかない。
自分の心を覆う寂しさを振り払いつつ、とりあえずご飯でも食べようと思い、優奈はベッドから抜け出して扉を開ける。
出汁のいい匂いがする。
まさか、と思いリビングへと向かうと、
「おっ。起きたか」
優奈が一番会いたかった人が、笑顔でそう言った。
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