打ち明けと思い出話
バイトを始めたことで、毎日の日々が少し忙しく感じるようになった。そうなれば自然と時が流れるように感じて、気がつけば球技大会前日を迎えていた。そのため、今日の体育の授業はより一層熱を帯びていた。
男子にとって球技大会は、女子に良いところを見せられる体育祭に次ぐイベントの一つである。
ソフトボールはコート数の関係と二十分という時間制限制なので、終えるのは早くても三時半くらいだろう。対して女子が行う競技はバスケットボール。順調に終えれば二時には終えるらしい。
そしてここからが重要。
競技を終えた女子たちは、毎年男子の応援に来るというのだ。女子の声援ほど男子の活力になり得るものは存在しない。
だが、女子がグラウンドに足を運ぶ前にチームが負けてしまえばその声援を受けることはできない。黄色い歓声を浴びたい男子にとっては、女子たちがグラウンドに来るまで勝ち残っていなければいけないのだ。女子たちが来るのはおそらく準決勝あたりか。
チーム編成は斗真を中心に話し合いを行い、チームに偏りがないようにバランス良く編成されている。俺がいるチームには斗真と純也がいるのでやりやすさはあった。
だが勝てるかどうかは別であり、二、三年生もいるのだし、よほどのことがない限り勝ち進むことは難しいだろうな。
「良介。今日バイトは?」
木曜日の放課後。支度を済ませたであろう斗真が尋ねてくる。
「今日と明日はない」
「じゃあ今日キャッチボールしようぜ。明日の球技大会に備えて」
「部活は?」
斗真は教科書を入れている鞄の他に部活で使用するものが入っているバッグを持ってきているのだが、今日はそれがない。
「顧問の先生が昨日から体調崩して休んでてな。各々家で自主練。だからちょっとだけやろうぜ」
じゃあ自主練しろよ、と言いたくなったが、そこはサッカー部の話なので、俺が変に突っ込む話ではない。斗真のことだ。家に帰れば自主練は行うのだろう。
「いいよ。グローブは二個あったと思うし。ボールは軟式でいいよな?ソフトボールないし」
「おう。大丈夫」
教科書をしまった鞄を肩にかける。優奈は教室に来ていた瀬尾さんと談笑していた。
「梨花。今から良介のアパートの近くにある公園でキャッチボールしてくるけど、梨花はどうする?帰りたかったら先に帰っててもいいよ」
「ううん。終わるまで待ってるよ。二人のキャッチボールしてる姿、久々に見たいし」
「優奈。そういうことなんだけど、今日買い物行く予定とかある?」
「いえ。今日は大丈夫です」
「よし。じゃあ帰るか」
俺たちは教室を後にして、校舎から出たのだった。
アパートに向けて、俺たちは歩いていた。
こうして四人で帰宅するのは初めてなので、いつもの帰り道が少し違った風景にも見えた。
四人だからこそできる会話を楽しんでいると、あっという間にアパートに着いてしまった。
「あれ?天ちゃん何処に行くの?柿谷くんの部屋は五階だよ?」
瀬尾さんが驚いたように尋ねる。エレベーターを来るのを待っている俺たちに対して、優奈は一階の廊下を歩こうとしていたのだから。
「一旦、部屋に荷物だけ置いて行こうと思って」
「そうだ。今日の晩飯は俺が作るよ。最近夕食当番任せてばかりだし」
「分かりました。お願いします。とりあえず先に公園で待っていますね」
「了解」
「「ちょっと待て(待って)!!」」
二人のユニゾンした声が、アパートの一階に響いたのだった。
☆ ★ ☆
「え?なに?二人はもうずっと前から同じアパートに住んでたってこと?」
サッカー部とは思えないほど綺麗な回転がかかったボールが俺の胸元に向かって投げられる。しっかりと捕球しては「そうだな」と短く答えて、投げ返す。
俺たちのやりとりを二人が見て以降、俺は斗真に、優奈は瀬尾さんに根掘り葉掘り聞かれている状況にある。彼女たちはベンチに腰掛けて俺たちの姿を微笑みながら眺めつつ話をしていた。
大方、二人の質問は一緒だろう。斗真と瀬尾さんになら隠す必要もない。それは優奈も分かっているはずだ。
「きっかけはあの不良が絡んできたやつ?」
「あぁ。そのあと家に招待されて飯作ってもらった」
あれはただ助けてもらったお礼みたいなものだったのだろう。両親は海外で一人暮らし。怖い目に遭って近くには誰もいない。あのときはクラスメイトとして、住人としてただ側にいてあげないといけないと思ったのだ。
それが始まりで、優奈と共に行動するようになった。
「で、今はお互いの家を行き来しては飯を作りあっていると?」
「前まではな。最近はバイト始めたから優奈が俺の家で飯作ってくれて待ってくれてる。休日も似たようなもんかな」
「通い妻じゃん」
その言葉に動揺したのか、斗真の返球を取り損ねてしまい、ボールは地面を跳ねた。「うるせ」と少し強めに斗真に投げるが、彼はグローブの乾いた音を響かせる。
「それ、沙織さんは知ってんだよな?」
「おう。もう何回も会ってるよ。まるで本当の娘みたいに可愛がってる。付き合ったときに改めて挨拶しに行って、父さんにも紹介してきた」
「いつの間にか俺の知らない良介になっていってる……彼女なんて興味ないって言ってた良介はもういないんだな……」
「あぁ、影も形も残ってねぇよ」
ベンチの方に目を向けると、二人とも楽しそうに笑っていた。特別面白い話があるわけでもないと思うのだが、聞いたらきっと恥ずかしい思いをするのではと、これまでの経験則から感じとって聞くのをやめることにした。
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