職場での自己紹介
「今日からこちらでお世話になります。柿谷良介です。よろしくお願いします」
少し緊張しながらもあくまで自然体な表情で無難な自己紹介すると、歓迎の拍手が送られる。
店員たちの表情も決して悪いものではなく、つかみは上手くいったと信じたい。
「それじゃあ宮本くん。柿谷くんの教育係をお願いしてもいいかな?その方が柿谷くんも安心するだろうし」
そう言ったのは店長の羽田さんだ。
見た目は三十〜四十代ほど。標準体型よりもやや細身で、髪は短くさっぱりしている。
「了解です」
宮本はコクリと頷く。
それぞれ持ち場へと散っていくのを見て、いよいよ仕事が始まるな……と、そう意気込んでいると、
「よろしくな。柿谷くん」
一人の男性が俺の元に歩み寄ると、野太い声で言葉をかけてくる。
身長は俺と変わらないぐらいなのだが、その体格はここにいる誰とも比べ物にならないくらいに鍛え上げられていて、その風貌からして少なくとも高校生ではないだろう。
「紹介するよ。この人は鶴田智久さん。中学から高校までラグビーやってて全国大会にも出たことあるんだって」
なるほど。だからあれほどまでに筋肉隆々なのか。
「高校は部活に命賭けてた分、大学生となった今はキャンパスライフを謳歌中。ついでに彼女募集中。見た目は怖いって言われるけど、そんな実際怖くないから安心してな。みんなはトモさんって呼ぶから、柿谷くんも遠慮なくそう呼んでくれていいぞ。俺も良介と呼ばせてもらう」
そう言って白い歯を見せる。鶴田さんの言う通り、太い声ではあるが怖さは感じないし、見た目も雰囲気はあるが威圧感を感じるほどではない。
初対面の俺とでも気兼ねなく話せる明るい性格は、どこか斗真に似ていた。
「はい。よろしくお願いします。トモさん」
呼んでくれていいと言った呼び名で言うと、彼は満足げに笑って見せた。
「じゃあ更衣室に行こうか」
俺と宮本は裏にある廊下を少し歩くと、小さな部屋が二つあった。それぞれに男性と女性のマークが貼られていて、おそらく従業員専用の更衣室だろう。
更衣室が男女別にあるのは珍しいらしく、大体のところは男女共通らしい。
その扉を開けば、そこそこ広い空間が広がっていた。全員が入っても、少しはゆとりがあるくらいの広さである。常に掃除の手が行き届いているのか、更衣室の中も清潔だった。
「カッキーのロッカーはここにあるよ。中にはもう制服が入っているから」
制服のサイズは面接時に確認されている。
俺は学生服をロッカーへとしまい、仕事の制服に身を包んでいく。
ここの制服は、男女問わず黒のズボンに同じく黒の七分袖シャツである。
「カッキー。キッチンなんだね。石坂くんもカッキーは料理上手って言ってたし納得だよ。それに今、キッチンが人手不足で結構きつかったし羽田さんも頭抱えてたから良かったよ」
「ってことは宮本もキッチンなのか?」
「まぁね。でも本当はホール希望だったのに人いないからって強制的にキッチンに捩じ込まれたっていうのはあったけど、今はやりがいもってやれてるし楽しいよ。たまにだけど自炊するようにもなったし」
などと話しながら着替えを済ませていく。サイズも面接時に確認されているので特に問題はない。一応、要望があれば調整はしてくれるそうだ。
「よし、じゃあ今日は厨房の器具の場所とかその他諸々の説明するから。幸いにも今日は人の出入りは少ないみたいだし教える時間はあるだろうから」
「なるべくすぐ覚えられるように努力する」
「そんなに無理しなくていいよ。俺なん次から次へといろんなこと言われて混乱して、最終的覚えるのに二週間かかったんだから」
宮本は過去を懐かしむようにして笑うが、実際はかなり苦労したのだろう。そこから教育係を任せられるほどにまで成長したのだから、そこから相当の努力をしたのだと伺える。
俺もしっかりしないとなと気合を入れて、シャツの襟をもう一度直して、厨房の方へと向かったのだった。
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