姫と一緒に登校
『おはよう。もうすぐそっち向かうけど』
『おはようございます。わたしは準備できているので大丈夫です』
ラインで天野さんに連絡を入れた。
今日から俺は天野さんと一緒に登校、下校(ボディーガード的な役割として)することになった。
交友関係のあまりない俺の連絡先は、両親や斗真、そして瀬尾さんと公式アカウントとかなり寂しいものである。
だからといって不便だと感じたことはなかったし話したい人物と話せればいいやぐらいとしか思っていなかった俺にとって、クラスの姫と位置付けられている天野さんのラインは非常に価値の高いものである。
眠る前に『おやすみ』とか可愛らしいスタンプとか送った方がいいのかな?でも寝てたら通知の音で目を覚ましたらどうしよう?とか、いろんなことを考え込んでしまい、結果として寝不足となってしまった。お陰様で朝の調子は絶不調である。
だからといって朝から情けない姿を見せるわけにもいかず、眠気覚まし用に目薬をさす。
扉を開け、ご近所の田沼さんに挨拶をする。
長い階段を降り、天野さんの家のドアの前に立ってインターホンを鳴らす。
しばらくすると、ドアが開いた。
姫様の降臨である。
「おはようございます」
「おはよう。それじゃあ行こうか」
「はい」
軽い挨拶を済ませて、俺たちは学校へと向かった。彼女は俺の隣を歩いており、近所の住人からは何やら温かい目で見つめられている気がした。
「そういえば、昨日のケガは大丈夫ですか?」
心配そうな眼差しを向けて、彼女は問いかける。
「あぁ、思ってたよりも痛くなかった」
あの不良は暴力というものに慣れていなかったのだろう。
「俺からしたら天野さんの方こそ心配だ」
「そのために柿谷くんが一緒にいてくれてるんですよね?」
「まぁ、こういうときぐらいなら一緒に行っても構わないけど……」
「けど……?」
「ほら。一緒に登校してる!キャー!みたいな」
天野さんは表情を緩める。
「わたしは別に気にはしませんよ。安心できると思った人と登校しているので」
「そりゃどーも」
そう言ってもらって俺も安心した。
少なくとも嫌われてはいないと。今はこうだが、一週間くらいすればまたいつもの関係に戻るのだろうと、俺は勝手に思っていた。
高校に近づくにつれて、青嵐高校の制服を着た生徒たちも多く見受けられる。何やらこちらを見て話している。
きっとあれだろうな。
俺が不良を殴ったとかで、悪い噂でもしているんだろう。
教室でも「暴力男」だとか「あいつ元不良なんじゃね?」とか噂が流れ孤立とか。まぁ、最初から交友関係をあまり持たない俺にとっては関係のない話だが。
俺たちは一緒に校舎の中に入って、教室へと入っていった。
入った途端に斗真が「来い来い」と手招きしているので彼の元に向かう。教室にいた生徒たちもこちらをジロジロと見ていた。
「やるじゃないかよ王子様!」
「……は?」
鞄を置いて座ると、斗真から聞きなれない単語が飛んできて、俺は戸惑った。
「姫を不良から助けたんだろ?」
「うん。助けたな」
「学校じゃこの噂で持ちきりさ。掲示板にも面白いのが掲載されているぜ」
そう言われて、俺と斗真は掲示板のある廊下を歩く。そこには複数の生徒の姿があった。彼らが目にしている記事は一枚の新聞。
≪不良から姫を救出!助けたのは同じクラスの男子生徒!俺が姫の王子様だ!≫
という見出しで写真と文章が載っていた。
「斗真」
「うん?」
「なんだこれ」
「見たところ新聞部の誰かが作った記事だな」
「情報早すぎじゃね?何写真撮ってんの?もはや週刊誌だよ。てか学校の掲示板にこんなの載せていいのかよ」
「ダメだな。おそらくあと数分で剥がられるだろう。だがもう遅い。昨日のその一件とこの新聞でほとんどの生徒には情報が行き渡ったはずだ。ちなみに俺もこの新聞で知った」
そう言って斗真は俺の肩に手を乗せる。
「別に悪いことしたわけじゃないんだからいいだろう。むしろあれだよ。好感度爆上がり中だよ。クラスのみんな良介のこと見てただろ?」
俺は頷く。
「良介が強いことに驚いてんだよ」
確かに掲載されている写真は、俺が不良を殴り倒したときの写真が使用されている。それを見れば俺が勝ったと分かるのは一目瞭然だ。
「それであれだろ?今日はその姫様と登校してたんだろ?」
「なんで知ってんだよ」
「たまたま外の景色見てたら、歩いているのを見かけてな。多分明日も記事になると思うぜ。いやー王子様も大変だね」
「王子様って呼ぶな。そんなキャラじゃないだろ」
悪い悪いと反省の色を見せる斗真。
てかそんな風に見られてるのかよ。プライベートの写真を勝手に撮られる芸能人の気持ちが身に染みてわかった気がした。
「これで良介もモテモテだな。知ってるか?女子はな。強い男が好きなんだよ」
「そんなもんかね」
そんなことよりも天野さんが心配だ。
これだけ話題にされているのだから、きっと彼女にも被害が被っているはずだ。
教室に戻るも、天野さんが質問攻めに合っている様子はなかった。彼女は自前の本を読んでいる。
まるでわたしには何も聞かないでくださいと言わんばかりの圧を放って。
「それにしても、頭良くて運動もそこそこできて喧嘩強いとか、いつもの間にそんなハイスペック人間になったんだ?」
「友達が極めて少ないっていう要素が抜けているぞ」
「それもそうか」
「そこは否定してくれよ」
「だって事実じゃん」
俺たちは笑った。その姿を本に目をやりながらほんの少しだけチラッと見ていたのは、誰も知らない。
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