ソフトボール
「そういや良介。今年の球技大会何やるか知ってるか?」
教室前の廊下で瀬尾さんと別れ、椅子に腰掛けると机に突っ伏した斗真が問いかけてくる。「球技大会かー」と頬杖を突きながら、ポツリと呟く。
中学の頃も球技大会は確かドッジボールをやっていた。確か内野でボールに当たらないように逃げ続けていたことだけは記憶に残っている。ボールが来たとしても外野に渡すだけであったので、そこまで思い出深いものではない。俺にとっての中学の球技大会の記憶はそんなものである。
あの頃は斗真や瀬尾さん以外の交友関係はほぼゼロに等しく、楽しいと思うことができない球技大会だったのだが、今は多くの友人に恵まれている。今年の球技大会は心から楽しむことができるだろう。
「斗真は知ってるのか?」
「部活の先輩が教えてくれてな。良介が聞いたらめっちゃ気合い入ると思うぜ」
「へぇ。何すんの?」
「ソフトボール」
瞬間、ピクッと俺の眉が上がる。その小さな変化を見逃さない斗真は軽く笑みを見せた。
青蘭高校の球技大会は、男子はソフトボールと毎年決まっているそうだ。
「良介野球好きだもんな」
「多分球技の中では一番好きだな」
野球が好きになったのはある一人の選手がきっかけだった。
確か小学四年生くらいの頃。テレビのチャンネルを変えると野球の試合が放送されていたのだ。
試合は延長でその裏の攻撃。一点ビハインドの場面だがランナーは一、二塁。一打出れば同点、長打でサヨナラの場面で、その選手はサヨナラホームランを打ってみせたのだ。
打った瞬間のテレビから聞こえる球場の大歓声は今となっても思い出すことができる。そのときからその選手のことを応援するようになり、テレビ観戦をしているうちに野球の魅力に引き込まれていったのだ。もちろんソフトボールも好きな競技である。
「あの頃は確か、良介と親父さんと三人でキャッチボールとかしてたっけ?」
「やったやった。たまにバッティングセンター行ったりしてな」
「懐かしいなー。良介その選手のことが好きすぎて、打ち方までその人の構えにしちゃったもんな」
「最初は苦戦したよ。違和感しかないし見え方全然違うから擦りもしなくて」
「今でも思うけど、そんなに野球好きならクラブなり部活なり入れば良かったのに」
「スポーツは趣味程度でほどほどにやるのが一番楽しいんだよ」
スポーツにも当然勝ち負けがある。クラブや部活に入れば大会があって、結果を求められてしまう。
これは俺の勝手な考えだが、結果を出すことが義務になって始めた頃の楽しかった気持ちを忘れてしまうのではないかと思う。
もちろん勝ち負けも大事だと思うが、それよりも俺は楽しむ心を持ってスポーツをやりたいのだ。
もちろん斗真や真司たちに、楽しいという気持ちがないと言っているわけではない。でなければ今の今まで部活動を続けてはこられなかっただろう。楽しいことだけではなく辛いこともあるだろうが、それでもやっていけるのはその競技が好きだからだろう。あくまで俺の考えという話だ。
それにしてもバッティングセンターか。中学時代の頃は数えるぐらいしか行っておらず、高校に入ってからは一度も行っていない。今度久々に行ってみるかと、過去の思い出話に花を咲かせながら俺は心の中で決めた。
「というわけで今日から球技大会までの体育はしばらくソフトボールだってさ」
「それは楽しみの時間が一つ増えたな」
「それに当日は、愛しの彼女にいいところを見せるチャンスだぞ。目の前でヒット打って、『良くんカッコいい!』って思わせないとな」
「裏声で良くん言うな」
男女の体育は別々に行われている。出会った当初のシャトルランのときや体育祭で運動能力は人並みにあると思われているだろうが、実際に球技をしているところを見せたことはない。
部活動に所属していない優奈であるが、体育の成績も一学期は5を貰ったそうなので、相当センスがいいのだろう。
今日からの体育は少しだけ気合いを入れて臨むことにした。
☆ ★ ☆
「まぁ、ボチボチかな」
「やっぱそつなくこなすな。良介は」
体育の授業が終わり、俺と斗真はグラウンドから校舎の中へと入り上履きへと履き替えて、廊下を歩いていた。
バットやグローブを持つのは久々だったので、できるかどうか正直不安だったのだが、思ったよりも動くことができた。
「斗真はいい意味で異常だよ。バンバンかっ飛ばしてランニングホームラン二本とか、本当にサッカー部か?」
呆れたような表情を浮かべると「俺、センスの塊だから」と自慢げに語って笑顔を見せる。
斗真はサッカーを始め、あらゆるスポーツが得意で、体育の授業では常にヒーローである。
曲がり角を曲がると、女子が更衣室へと向かい歩いていた。ちょうど向こうも授業が終わって戻ってきたらしく、次々に更衣室へと入っていく。
「それにしても疲れたなー」
俺は歩きながら大きく伸びをする。今日はタオルを忘れてきてしまい、額からはまだうっすらと汗をかいていた。このまま放置するのも気持ち悪いので、仕方なく体操服で顔を拭くことにする。
「あっ……」
不意を突かれたような声が聞こえる。体操服から手を離して瞑っていた目を開くが既に誰もいない。目を開く直前、バンッ!と誰かが強引に扉を閉じたような音がしたのだが。
「斗真。誰かいた?」
「おう。さっきまで天野さんがいたぞ。なんか顔真っ赤にして更衣室に入っちまった」
「優奈が?なんで?」
「さぁ。なんでだろうね」
ニヤニヤと笑う斗真を見て、俺は訳が分からず首を傾げることしかできず、あとで優奈に確認しようと思った。
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