小さな背中
23日 サブタイトル変更しました。
迷子になっていた蓮を受付のスタッフの元まで送り届けるため施設内を歩いていたところ、「りょーすけ」と呼ばれ、蓮に服の胸元をグイグイと引っ張られる。
「ん?」
「あれ」
蓮が指差す方向に顔を向ければ、そこにはアイスクリームの自販機があった。
「アイス食べたいのか?」
蓮は目を穢れを知らないつぶらな瞳を真っ直ぐこちらに向けながら、何度も小さく頷く。
変に突っぱねれば、蓮が泣いてしまう可能性がある。泣いたときの対処法はスマホで調べれば早いが、だからといって泣き止む保障はない。何より他人の子供を泣かせたと嫌な目で見られる恐れもある。
ここは抵抗せずに素直に蓮のわがままを聞いてあげるとしよう。
「いいよ。じゃあ買いにいこっか」
自販機近くまで歩み寄れば蓮をゆっくり下ろす。少年を抱えていた左腕が一時的に解放され、俺はゆっくりと肩を回していた。
蓮は小さな歩幅で走り出して、自販機を齧り付くように見渡せば、「これ!これ!」と指を差していた。
「これを食べたいんですか?」
「うん!」
蓮が指差したのは、チョコのワッフルコーンアイスである。蓮の身長だと届かない場所にボタンがあるので、優奈が自販機にお金を入れてボタンを押す。ガタンと取り出し口にアイスが落ち、優奈はそれを取り出して、蓮に手渡す。
「ありがとう!ゆーなおねえちゃん!」
「どういたしまして」
俺のことはりょーすけと呼び捨てなのだが、優奈に対しては語尾にお姉ちゃんとつけている。
だからといって別に気にしているわけでもないのだが。
近くにあったベンチに腰掛けて、蓮はアイスを包んでいた紙を破ると、大きな口を開けてアイスを食べて、「おいしい!」と屈託のない笑顔を向けた。頬張ったせいか、口元にはチョコレートが付いていたのだが、そんなことを気にする素振りも見せず、すぐさま二口目を食べようとする。
「こらこら。そんな慌てて食べるな。洋服にシミが付いてしまったらどうする。ゆっくり食べな」
「蓮くん。少しこっちを向いてください」
優奈の方に顔を向けさせ、ショルダーバッグからウエットティッシュを取り出して蓮の口元を拭く。
「綺麗になりましたよ」
「うん!」
嬉しそうに頷いて、またチョコアイスを頬張っていた。その二人の姿がとても微笑ましく映って、俺は微笑を浮かべながら蓮が食べ終わるのを待っていた。
☆ ★ ☆
おやつタイムが終了し、再び施設内を歩き始めた俺たち。俺の腕には相変わらず蓮が収まっていて、足代わりとなっている。抱き方に少し慣れたのか、以前よりも腕の負担が少なくなっていた。
「りょーすけ!ふーせん!ふーせん!」
蓮が腕の中ではしゃぎはじめる。落ちないように軽く抑えながら確認すると、そこには一人の女性がピエロの格好をしてカラフルな衣装を身につけて、細長い風船を膨らませては捻ったり他の風船と組み合わせたりして造成物を作っていた。
そこには親子連れの列ができていて、子供たちはキラキラと目を輝かせている。
「あぁ、バルーンアートか」
「ほしい!」
「でもパパとママは蓮くんに早く会いたいって心配していると思うぞ」
「やー!ほしいー!」
「分かった分かった。じゃあ風船もらったらパパとママのところに行こうな」
「うん!」
最初はゴネていた蓮だったが、すぐに笑顔になったのを見てホッと安心して、俺たちは列に並ぶ。
やがて俺たちの順番になり、女性が「作ってほしいものはあるかな?」と蓮に尋ねる。机の上には犬やウサギ、花や剣など置かれていてこの中から希望を言えばいいようだ。
「ウサギさん!」
「ウサギさんね。ちょっと待っててね」
女性は風船を膨らませると、慣れた手つきで捻っていき、一本の細長い風船はあっという間にウサギへと姿を変えた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
バルーンでできたウサギを受け取ると、蓮は満面の笑顔を見せた。軽くお礼を言った俺たちは、再び施設内を歩き出す。
「良かったですね」
「うん!」
相変わらず優奈と話すときは嬉しそうにするんだよな。まぁ一目惚れみたいな感じだったし、そうなるのも無理はないかと納得しつつも、俺にももう少しその笑顔を向けてくれてもいいんじゃないかなと少しだけ不満を持っていた。
「あの仲良さげな夫婦。随分と若くない?」
「でもどう見ても学生のようにしか見えないんだけど……」
「いやいや、案外若く見える二十代なのかもよ」
「それでもあの子。結構大きいし、結婚したのはやっぱり十代くらいじゃないかしら?」
周囲からそんな話し声が聞こえる。
そうです。結婚どころかまだ付き合って間もない高校一年生です。まぁ俺の腕には五歳ほどの子供がいて、俺と優奈と一緒にいればそう見えてしまうのも不思議ではない……のだろうか。
暖かい視線を感じ、少し居づらさを感じながらも俺たちは目的地へと向けて歩き出していく。
「ねぇ。りょーすけとゆーなおねえちゃんはけっこんしているの?」
「ゴホッ!ゴホッ!」
その場の空気を読んでいるかのような蓮の質問に俺は激しく咳き込んだ。
お互いを人生のパートナーとして生涯を共に過ごすと、ある程度付き合った恋人が行き着く終着点ーーそれが結婚というものである。
「お兄ちゃんたちはまだ学生だからね。年齢的にも法律に引っかかって結婚はできないんだよ」
少し落ち着きを取り戻した俺は苦笑を浮かべながら言う。
「じゃあねんれいてきにだいじょうぶになったらふたりはけっこんするの?」
蓮から特大級の爆弾が投げられる。優奈がこの場にいる以上、変に答えることもできない。
優奈はこちらの様子を窺うかのようにチラッと視線を送っていた。
「まぁ……そのときがきて、優奈が俺のことを好きでいてくれているなら……な」
結婚など、正直先のこと過ぎて全く想像できない。実際に結婚してから見えてくるものもあるだろうし、いろんな面に対しての問題だって出てくるだろう。それでも優奈と一緒にいたい。これだけはこの先も揺らぐことのない強い想いだと断言できる。
「わ、わたしも……同じです……」
優奈も俯きながら、ボソッと言葉を漏らした。
俺たちは、蓮がこれ以上爆弾を投下しないようにと必死に話題を振りつづけた。
☆ ★ ☆
蓮を受付のスタッフにまで届けて当時の状況を報告したのち、館内に迷子のお知らせのアナウンスが鳴り響いた。
しばらく待っていると、ご両親と思しき二人が駆け寄ってきて、蓮は「ママ!パパ!」と叫び、抱きついた。
どうやら蓮が玩具屋に並んでいる玩具に目が入ってふらっと立ち寄ってしまったらしくそこから行き先も分からずふらふらと歩いていてあのベンチに座っていたようだ。
蓮がご両親にアイスを奢ってもらったりバルーンアートの列に一緒に並んだことを楽しそうに言うと、謝罪と感謝の言葉と共に頭を何度も下げられた。
何かお礼をと言っていたのだが、「当然のことをしただけですから」と返し、優奈が蓮に奢ったアイスの代金だけを受け取った。
「蓮くん。ここでお別れだな」
「今度からはご両親に迷惑をかけたらいけませんよ」
「うん!ありがとう!りょーすけおにいちゃん!ゆーなおねえちゃん!」
そう言って蓮は両親の元へと走っていき、最後にご両親からもう一度頭を下げられ、三人は仲睦まじく手を繋ぎながら歩いていった。
最後にようやくお兄ちゃんと言ってくれたことが嬉しくて、自然と心が温かくなったのを感じていた。
「いいですね。家族って」
「あぁ、そうだな」
父さんのように不慮の事故や病気にならない限り、これからも蓮の成長を見守っていけるのだろう。蓮にとっても大事な両親がずっといてくれることはこれからの人生の支えにもなるはずだ。
「いいなぁ……」
そんな蓮のことがほんの少しだけ、羨ましく映ってしまった。
ふと右手に温もりが感じられる。
俺の気持ちを察してか、優奈が手を握ってくれたのだ。
「安心、できましたか?」
「……おう。安心できた」
俺の隣には優奈がいる。時に支えて、時に支えてくれる大切な人が。
「蓮くんのような子がいたら、きっと賑やかで楽しくなるでしょうね」
「あぁ、そうだな」
僅かではあったが、一緒の時間を過ごした少年の小さな背中を見守りながら、俺は微笑を浮かべた。
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