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姫とお約束

「天ちゃん。おめでとう!」


 午後の授業を終えると、瀬尾さんが満面の笑顔で俺たちのクラスにやってきて祝言を述べた。

 彼女も広まった噂を聞き、昼休みに斗真からの証言もあって俺たちが付き合ったことを確信したそうだ。


「ありがとうございます梨花さん。報告が遅くなってごめんなさい」


「気にしないで!二人が付き合ってくれて本当に嬉しい!」


 瀬尾さんも今までの俺たちに起こった出来事を知っている人物なだけに、恋人関係になった俺たちを見て感情を爆発させては優奈の手を握っていた。

 普段は冷静で落ち着いている印象の彼女がここまで高揚した姿を見せていて、その姿は学校時代から付き合いのある俺も見たことがなかったため驚きを隠せないでいた。


「梨花さん……ありがとうございます……」


「なんで天ちゃんがお礼を言うの?」


 瀬尾さんが不思議そうに首を傾げる。


「あのとき……梨花さんや石坂さんがいなかったから、良くんと今のような関係にはなれていなかったはずです……だから本当に……ありがとうございます……」


 優奈の表情は笑顔だが、その目尻からは感謝の涙が一筋頬を伝った。


「天ちゃん泣かないでよー。もう……祝福の言葉言いにきただけなのにー」


 優奈につられるかのように、瀬尾さんも目を潤ませながら小さな背中を優しくさすった。


「柿谷くん。おめでとう」


 背中をさする手を止めずに、俺に視線を向けて言う瀬尾さんに「ありがとう」と小さく微笑みを浮かべる。


「もう天ちゃんを悲しませたら駄目だからね」


「分かってる」


 彼女からこれ以上ない真剣な表情を向けられて、こちらも力強く頷く。幾度となく釘を刺されているし誓ったことでもある。それを破れば、俺だけでなく斗真や瀬尾さん、母さんや父さんに対しての裏切り行為となってしまう。


 その想いが届いたのか、いつもの柔らかな笑みの瀬尾さんに戻って、「うん」と小さく頷いた。


「頑張れよ。新米彼氏くん」


「やかましいわ」


 肩に手を乗せてきた斗真に、俺はツッコミを入れた。


☆ ★ ☆


 帰宅すると、ドッと疲労が身体に押し寄せてくるのを感じる。朝から質問攻めやらどこを歩いてても感じる視線やらで気を張っていたのだが、自宅に着いたことで安心して緊張の糸がプツリと切れてしまったのだろう。

 このまま目を閉じてしまえば深い眠りにつけるのだろうが、優奈が待ってくれている。私服に着替えて彼女の部屋へと向かう。


 ドアが開けば、エプロン姿の優奈が出迎えてくれた。


「何か手伝おうか?」


「いえ。今日は疲れたでしょう。準備に少し時間かかるのでそれまで寝ててもいいですよ」


「そう言うわけには……」


 俺が言い終わる前よりも早く、優奈は人差し指で俺の口元に触れれば、


「良くんはお腹を空かせて待っていてください」


 愛くるしいほどの笑みを浮かべて言う優奈にバクバクと心臓の音が鳴り止まない。返事をしようにも口が優奈の人差し指によって塞がれてしまい動かすことができず、俺は小さく頷くことしかできなかった。「それじゃあ準備してきます」と言い残して、優奈はキッチンへと向かった。


 俺はソファーへと腰掛ける。優奈の手が唇に触れたときの感覚はまだ残っている。キスをしたとは言え、あのときは緊張が勝っていたのであまり覚えていない。このことを言えば優奈に怒られるだろうから言わないでおくが。


 手を繋いでいたときとはまた違った感触が脳を支配していく。疲労も相まってか、思考がまとまるどころか止まってしまい、だんだんと瞼が重くなっていく。急激に襲ってきた眠気には抗うことができず、俺の意識はそこで途絶えてしまった。


☆ ★ ☆


「……くん……ょうくん……良くん」


 名前が呼ばれる。軽く肩を揺らされていて、重かった瞼をゆっくり開くと優奈の顔がすぐ近くにあった。どうやらソファーに横になって寝ていたらしい。


「んん……」


「おはようございます。晩御飯できたので起こしました」


 衣の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。天ぷらは出来たての熱々が美味しいものだ。冷めないうちに食べなければ。


「可愛い寝顔でしたよ」


「あまり見ないでくれ……写真とか撮ってないよな」


「さぁ。どうでしょうね?」


 ソファーにある僅かなスペースで頬杖を突きながら笑顔を向けて言うと、人差し指で俺の頬をツンツンと突いてきた。


「良くんの肌。柔らかいです」


「それは優奈もだろうが」


 上半身を起こして優奈と向かい合うように座れば、両手で優奈の頬をつまむ。

 きめ細かい白い肌。お餅みたくもちもちで柔らかくすべすべしていていくら触っていても飽きない。


「りょーくん。触りすぎですー」


「ごめん。もうちょっとだけ」


 この感触は癖になってしまう。痛くないように優しく掴んでいて、優奈も嫌がる様子は見せていなかったのでもう少し続けることにする。


「じゃあ、わたしだって」


 優奈も負けじと俺の頬をつまめば、上機嫌な様子で感触を楽しんでいた。


「やめろー」


「りょーくんがやめたらやめますー」


 結局、お互い頬をつまみ合うのを辞めることなく時間だけが経過していき、夕飯を食べようとしたときは天ぷらはすっかり冷めてしまっていた。


☆ ★ ☆


 夕飯を食べ終えて、俺は皿洗い、優奈は料理器具の片付けを行っていた。


「すみません……」


「いや、俺が調子に乗ってやっちゃったことなんだから気にすんなよ。むしろ俺の方こそごめん……それに普通に美味かったから」


「でも……」


 すっかり冷めてしまった天ぷらは電子レンジで温め直したあとオーブンで加熱したので衣はサクサクになっていたので充分美味しくいただいた。


 それでも出来立てを食べてほしかったのか、しょんぼりと肩を落としている優奈に、食器を洗い終わった俺は手を拭いて頭を優しく撫でる。


「じゃあまた作ってくれ。今度は出来立てを一緒に食べよう」


 調子に乗って続けてしまったのは俺の方なのだ。優奈が気にする必要はない。俺は穏やかな笑みを浮かべれば、優奈は小さく頷いた。


「ん」


 優奈が大きく両手を広げる。抱きしめてくださいという合図で、俺も優奈の背中に手を回しては強く抱きしめてやる。ショボンとした優奈の表情がようやく微笑へと変わった。


 胸元に顔を埋めては鼻から大きく息を吸って、頭をすりすり擦り付けてくる。「良くん。いい匂い……」と、はにかんだ表情をこちらに見せてくる。柔軟剤には気を遣っているのでおそらくはそれの香りだろう。


「良くん」


「どした?」


「呼んでみただけです」


 俺がどんな心境なのかも知らずに、優奈は蕩けた表情を見せてくる。我慢ができなくなった俺は口元を優奈の耳元に近づけて、「好きだよ。優奈」と甘く囁く。


「ひゃっ……」


「笑っているところが好き」


「り、りょうくん……」


「甘えてくれるところが好き」


「それ以上はやめて……」


「今こうして照れているところも凄く好き。可愛い」


「恥ずかしいよ……」


「愛情表現」


 学校にいたときから溜め込んでいた想いを吐露していけば、ボッと効果音が付きそうなほど一瞬で顔を赤くする。恥ずかしさからか、俺の胸元に手を当てて離れようとする優奈だが、俺は逃さまいとより一層抱き寄せる。やがて優奈も美しい瞳を俺に向けて、

 

「わたしも……良くんのこと大好きだよ……」


「知ってる」


「ずっとこうしたかったんですからね……」


「あぁ、俺もこうしたかった」


 優奈も再び背中に手を回しては、お互いの熱を感じ合うかのように抱きしめる。


「来週、デート行かないか?いつもの場所じゃなくて少し遠くにあるショッピングモール」


 デートという言葉に力が篭る。今までの関係ではそう呼ぶことができなかったが、今となっては自信を持って強く言うことができる。


「い、行きます!絶対行きます!」


 顔を上げては、そう連呼する。


「ありがとう。楽しみだな」


「はい……楽しみです……デート……」


 恋人となってから初めてのお出かけの約束を交わして、お互い笑みを見せ合った。

お読みいただきありがとうございます。

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ああ、砂糖吐きそう.....
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