姫の涙
日間現実世界[恋愛]54位に載らせていただきました!
これも皆様のおかげです!
これからもよろしくお願いします!
俺と天野さん、そして不良の蹴りを喰らった生徒は先生から事情聴取された。
不良は速やかに大城田高校の先生に引き渡された。鼻血を出してボコボコにされている生徒を見たときは驚いた様子を見せたが、事情を説明すると「申し訳ございませんでした」と謝罪を受けた。
おそらくあの不良は謹慎処分をくらうだろう。
対して俺はというとーー
「理由がなんであろうと他校の生徒を殴ってはいかんだろう」
そう言ったのは、俺のクラスの担任である中村先生だ。年齢は三十代前半。見た目はゴツくて怖いが生徒思いの優しい先生である。
俺は今、職員室の隣にある小部屋で中村先生と二人で話をしていた。
生徒のメンタルが心配だと、事情聴取のあとに俺と天野さんの二人が呼ばれて、一人ずつ面談をしている。
「はい。ご迷惑をおかけしてすみません」
「まぁ、事情聴取の内容は聞いた。天野を守ってくれたんだろう。殴ったことについてはよろしくないが、彼女の話を聞く限りだと柿谷から手を出したわけでもない。謹慎処分にはならんはずだ」
「もし喰らったら?」
「俺が直訴してやる。生徒を守ったのになんで謹慎処分なんだ!とな」
「ありがとうございます」
そう言ってもらえて、少し胸を撫で下ろした。
「そういえば天野さんは?」
「先に帰っていいと言ったのだが、まだ学校に残っている。一人で帰るのが不安なんだろう。両親は今海外にいるらしいから迎えにも来れないしな。柿谷。悪いが……」
「大丈夫です。家の方向は一緒なので」
「助かる。おそらく教室にいるはずだ」
「分かりました」
「あぁ、それと中間テスト学年一位おめでとう。そんなやつのクラスを担任できて、俺はとても嬉しいぞ」
「ありがとうございます。それじゃ、失礼します」
そう言って、俺はその小部屋を出る。
とりあえず教室へと向かい、階段を登っていく。
電気が付いていない教室へと向かうと、天野さんが一人で座っていた。僅かな夕陽の日差しだけが彼女を照らしていた。足音に気がついたのか、天野さんもこちらを見た。
「送ってく。一人じゃ不安だろう」
彼女はコクリと頷き、立ち上がった。
靴を履き替えて、俺たちは校舎を出る。
普段なら、時間差で登校したり帰宅する俺たちだが、今回ばかりは天野さんも俺の側から離れないように歩いていた。
俺も天野さんの歩幅に合わせて、ゆっくりと歩く。その間、互いが喋ることはなかった。彼女はただ下を向いて歩いているだけだった。
やがて、互いが住むアパートに着いた。一応彼女の部屋の前まで送り届ける。
なんか一声かけてやればいいのだが、そんな器用な真似などできるわけもなく、
「それじゃあ、また明日な」
いつも通りの別れの挨拶を告げて、俺は自身の部屋へと向かおうとするが、俺は動くことができなかった。
天野さんに服の裾を掴まれたからである。振り返るも、彼女はただ下を向いていて何も言葉を発そうとしなかった。
「えっと……俺、帰れないんですけど……」
それでも天野さんは服の裾を離そうとはしなかった。
「もうしばらく……一緒にいてください……」
震えた声で、天野さんは俺に頼んだ。
「……分かったよ」
彼女は顔を上げて、ようやく軽く笑った。
まだぎこちのない笑顔であるが。
「だが、ここでずっと一緒にいるというのも……」
「部屋になら上がってもらっても大丈夫です……」
天野さんは恥ずかしそうに言った。
「いや、でも……」
「柿谷くんなら、大丈夫だと思うので」
思いの外信用されていたんだな。
天野さんはドアの鍵を差し込んで、開ける。
彼女の後ろに続いて、俺も天野さんの家に入った。
女の子の、しかも一人暮らしの部屋になんて初めて入った。緊張で鼓動が早くなり、手汗も滲み出てくる。
天野さんの家は女の子らしい部屋だった。家具などはきっちりと揃えられており、普段から掃除をしているのだろう塵一つ見当たらない。
ベニワレン風のカーペットが敷かれており、インテリな雰囲気を感じた。
アロマを焚いているのだろう、部屋から良い匂いがしている。
帰宅すると、天野さんは早速エプロンを着用して夕飯の支度を始める。
「えっと……」
「柿谷くんはテレビでも見ていてください。料理はわたしがやりますので」
「いやそうじゃなくて。俺も夕飯の支度を……」
「今日はここで食べてください。柿谷くんの分もわたしが作ります」
姫からのまさかの提案に、俺は思わず目を丸めた。めっちゃ嬉しいんだけど、突然すぎて理解がまだ追いついていない。
当然緊張でくつろげるわけでもなく、ソファーに腰掛けていた。とりあえずテレビを点ける。この時間帯は情報番組をやっているが、内容が全く入ってこない。
程なくして、ジュワーと肉を焼く音が聞こえる。ジューシーな匂いに鼻がくすぐられて食欲がそそられる。それと同時に炊飯器の音が鳴って、米が炊けた合図と分かる。
「できました。今日は生姜焼きです」
天野さんが食卓に本日の品を並べる。
炊き立ての白米に味噌汁。生姜焼きに細かく切り刻んだキャベツだ。
「おおっ。美味そう……」
「そう言ってもらえて良かったです」
食卓に並んだ品を見てそう言う俺に、天野さんは安心したように笑みを見せる。
「言っておきますけどこれはあれですから。先程助けてもらったお礼ですから。勘違いしないでくださいね」
「あ、うん」
強く言われて、俺は頷くことしかできない。
「「いただきます」」
俺は早速生姜焼きを口に運ぶ。
美味い。美味すぎる。豚肉は柔らかく仕上がっており、みりんとおろし生姜で作ったであろうタレと絡み合って艶々に輝いている。俺は生姜焼きを食べて舌鼓を打った。
しかもそれが白米と合う。頬張って食べる俺を見て嬉しげな表情を浮かべて、彼女も生姜焼きを食べる。
俺は続いて味噌汁を口にした。具材はわかめと豆腐とネギとシンプルなものだ。優しい味わいが口の中に広がる。ネギが薬味としていいアクセントを効かせているのだ。
気がつけば、俺の皿には米粒一つすら残っておらず完食してしまった。
「ご馳走様でした」
「はい。お粗末さまでした」
俺は手を合わせて言うと、彼女も嬉しそうに笑った。食器をシンクに置いて、洗おうとする。
「洗い物もわたしがやるので大丈夫です」
「いや、これぐらいやらないとバチが当たりそうだ。こんだけ美味いもん食わせてもらって」
「わたしの作った料理を美味しく食べてくれただけで充分嬉しいです。わたしの家でもあるので、柿谷くんはソファーでくつろいでいてください」
任せきりというのも気が引けるが、天野さんがそこまで言うのだったら任せよう。
「ん。じゃあ頼むわ」
「はい」
ちょうど天野さんも食べ終わり、食器を洗い始める。なんか同棲している感じがするなーと思っていると、
(やべ。また勘づかれるんじゃ)
そう思って振り返ると、鼻歌を歌いながら食器を洗っていた。
くつろいでいる俺に食器を洗う天野さん。今のこの関係に少しドキドキしている俺がいた。
☆ ★ ☆
食器を洗い終えて、俺たちは離れてソファーに座っていた。
「あの、柿谷くん。今日はありがとうございました……」
天野さんがこちらを見て、お礼を言う。
「いや、助けてって叫ばれたら助けずにはいられんだろう」
「本当に怖くて……足がすくんでしまって……柿谷くんが助けてくれなかったら……」
天野さんは震えていた。
僅かながら鼻を啜る音を聞こえた。
「大丈夫だ。あいつには忠告しておいたし、もしまた見かけたら言ってくれ」
「でも……そしたら柿谷くんが」
俺が怪我をしてしまうと思ったのだろう。
実際に唇を切ってしまってるからな。
そんなことよりも天野さんは今にも泣き出しそうになっている。どうするのが最善か必死に考えた結果ーー
俺は天野さんの背中を軽く叩いた。
「怖かったな。とにかく無事で良かったよ。落ち着くまで側にいるから」
「柿谷くん……」
涙が彼女の頬を伝う。
「怖かった……怖かったよぉ……」
彼女が泣き止むまで、俺は背中をいつまでも優しく叩いていた。
☆ ★ ☆
「お恥ずかしい姿を見せてしまいました」
泣き止んで落ち着いたのを確認して、俺は玄関の前に立っていた。天野さんも俺を見送りのために玄関にいた。
「なぁ。連絡先交換しておかないか?」
「え?」
「しばらくは一緒に学校に行った方がいいかなって……嫌だったらいいんだけど……」
俺は目を逸らして頭を掻く。
「分かりました。その方がわたしも安心できますので」
彼女はスマホを取り出す。俺もポケットから取り出して互いの連絡先を交換した。
「迎えに行くときは連絡入れるから」
「分かりました。それではまた明日」
「おう」
俺はドアノブを捻って外に出た。
そういえば普通に話せたな。テストの件であれこれ言われるかと思ったが、まぁそれどころじゃなかったしな。
明日からしばらく一緒に登校したり帰ったりするのか。気がつくと口角が上がっており、俺は慌てて口元を隠す。
天野さんもドアにもたれかかるように立って、スマホを口元に当てていた。
ここから天野さんがデレはじめます。
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