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姫は手を繋いでいたい

 いつもの通学路。歩道を歩く小中学生や行き交う車。見慣れた建物。今までと何一つ変わることない登校風景である。


 それが左手から感じるその温もりだけで、まるで世界が一変しているかのように見えた。

 これが斗真の言っていた「色褪せていた世界に色が入って何もかも違って見える」と言うやつなのだろう。斗真の言っていたことが今ようやく分かったような気がした。


「良くん。今日の夕食は天ぷらにしますね」


「おっ。それは楽しみだ。ちなみに何の天ぷら?」


「秋ですからね。かぼちゃやさつまいも、シソとかまいたけとか。他にリクエストとかありますか?」


「そうだなー。鮭の天ぷらが食べたいなー」


「分かりました。楽しみにしててくださいね」


 恋人になったからと言って、会話の内容は今日の夕食のことだったり学校での課題のことだったりと以前と変わることはない。


 学校に近づいていけば、青蘭高校の制服姿の生徒が見受けられるようになる。ゆっくり歩いていたのでいつも通りの時間に学校に辿り着いた。


 校門をくぐれば、指を絡ませて手を繋いでいる俺たちを見て驚いたように目を丸くした生徒や、温かい目を向けてくる生徒。羨ましくも悔しそうにこちらを見つめて血涙を流す男子生徒の姿があった。


「注目されていますね。わたしたち」


「そりゃそうだろ。だって……」


 恋人同士登校しているのは何も俺たちだけではない。だが彼らは拳二つ分ほどの距離感を保って歩いていて、手を繋いでいるのは俺たち以外誰もいなかった。


「ねっ!あの二人、手を繋いでいるっ!」


「……ってことはやっぱり……!?」


「それ以外ないでしょっ!?だって恋人繋ぎしてるんだよっ!!」


「そりゃあの大勢の前であんなこと言っちゃっ……!!」


 俺たちの様子を遠目から眺めて、はしゃいでいる女子生徒たち。あのときの姿は彼女たちの記憶にかなり強く刷り込まれているようだ。


 校舎に近づけば、俺は握っていた小さな手を離す。「あっ……」と小さな声をあげれば肩を落として、落ち込んだ様子を見せた。家に帰ったら甘えてもいいからと言ったのだが、さっきまで存在していた手の温まりが突然消えてしまうのは寂しいようで、手を繋げない分距離感をより一層詰めてきた。


「キャーッッ!!」と黄色の歓声が聞こえるが、耳を傾けることなく校舎の中に入って靴を履き替える。


 階段を登って廊下を歩いている最中、手を繋いでくることはなかったものの、袖の裾をキュッと摘んで優奈は俺の隣を歩いていた。


「優奈。あのさ」


「はい」


 彼女の名を呼ぶと、優奈は笑顔を向けて小さく返事をする。


「少し……離れてもらってもいい?」


「あっ……ごめんなさい……嫌……でしたよね……皆さんの目気になっちゃいますよね……でもやっぱり……良くんの側にいたかったから……」


 途端に優奈の表情が曇って、袖を掴んでいた手を離す。


「ち、違う!全然違う!嫌で離して欲しいって言ったわけじゃない!」


 勘違いをしてほしくないという一心で、俺は首を横に振って必死に否定する。


「嬉しい。そう言ってくれて凄く嬉しい。でもこれ以上学校で手を繋いでたら……その……我慢できなくなりそうで……」


「我慢……?」


「思わず抱きしめたくなる……もっともっと優奈を感じていたくなる……」


 登校中もその想いをずっと隠していた。手を繋いでいればいるほど、隣で微笑みを浮かべる優奈を見れば見るほど『好き』の感情が溢れ出して止まらなくなる。裾を掴まれていたときなんて本当にぎりぎりだった。学校という公共の場と保っていた理性が、ブレーキをかけてくれた。

 その二つがなければ、この瞬間にも優奈を強く抱きしめていたに違いない。いや、今もその理性が崩壊しかけていたのだが。


「それに……文化祭であの宣言をした時点で人目なんて気にならない……優奈が側にいてくれるのは凄く嬉しいんだけど、この距離感で学校でも来られると……本当にやばいから……」


 顔が熱くなるのを感じながら、口元を手で覆う。優奈はキョトンとした顔で目を二度ほどパチパチさせると、


「へぇ。良くん。わたしのこと今すぐにでも抱きしめたかったんですか」


 小悪魔のような笑みを携えながら優奈はそう問いかける。


「そうだよ……悪いかよ……」


 嘘をつく理由がない。俺は素直に認めた。


「良くん。わたしのこと大好きですね」


「あぁ、大好きだよ。好きで好きで仕方ないよ」


「わたしはいいですよ……今すぐにでも抱きしめてくれて……わたしも良くんのこと大好きですから……」


 優奈が甘い囁きを発する。自宅ならばその言葉に誘惑されていただろうが……


「……大丈夫。早く教室向かおうぜ」


 少し落ち着きを取り戻した俺は、早足で歩き出す。朝からなぜこんなにもドキドキさせられるのだろうか。冬服も着ていたせいか、しっとりと汗までかいていた。


 優奈は俺の様子を楽しむように、笑みを見せれば手を繋ぐことも裾を掴むこともなく、ただ隣を歩いていた。

お読みいただきありがとうございます。

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