天国の見守り人
昼食を食べ終えてしばらくの食休みをとったあと、俺たちは母さんが運転する車に揺られながら墓地へと向かった。
「父さん。久しぶり」
俺は『柿谷家之墓』と彫られている墓石の前で柔らかく微笑む。
「優奈。手伝ってもらって悪いな」
「いえ。ご挨拶にきたんですからこれぐらいは当然ですよ」
水をかけてタオルで汚れを落としていく。といっても目立った汚れは見当たらない。母さんは月に一回、墓地に訪れては墓石を汚れを落としているそうだ。
母さんは線香を立てて供えられていた花を取り替えていた。
お墓の掃除を終えれば、俺たちは瞑目して手を合わせる。しばらくしてゆっくりと目を開いた。
「夏休み中に来れなくてごめんな。ちょっと色々あって……でもこうして来たから許してくれると助かる」
実家に帰省していたときに行こうと思っていたのだが、あのときは優奈もいて墓参りにわざわざ付き合わせるのも悪いと思い行かなかった。日を改めて……そう考えていたがあの出来事が起きて、それどころではなくなってしまったのだ。でも父さんなら分かってくれると信じたい。
「父さん。紹介するよ。俺の彼女の天野優奈だ」
「お義父さま。初めまして。天野優奈と申します」
優奈はペコリと軽く会釈をする。
「どう?可愛いだろ?あ、でも父さんの性格なら『俺の妻の方が可愛い』とか本気で言いそうだな」
俺は微笑を浮かべる。二人の仲睦まじい姿は、四年前の記憶だろうともよく覚えている。近所からおしどり夫婦と呼ばれる二人は俺にとっても嬉しいことだった。
「俺、結構頑張ってるだろ。得意じゃなかった勉強も頑張って、今じゃ青蘭高校に通ってるんだぜ。まぁ天国から見てりゃ分かるよな」
俺はふと空を見上げる。昨日の文化祭に天気に負けず劣らずの雲一つない快晴だ。きっと俺の姿はくっきりと見えているに違いないだろう。
でも頑張っている姿が見えていて、俺が優奈にしてしまった酷いことが見えないわけがない。
もし父さんが生きていて、今も一緒に住んでいたのならこっ酷く叱られているだろうな。
「いい子なんだ。俺の良いところも悪いところも全部受け止めてくれた優しい女の子なんだ」
だからこそ、父さんに優奈を紹介したかった。
「父さん。昔言ったこと覚えてる?『好きな女の前では泣くな。悲しませて泣かせるな』これだけは絶対に守れって言ってたやつ。でも俺はその二つとも破ってしまったよ。優奈を泣かせたし、俺も優奈の前で泣いた」
それは斗真にも言ったのだろうか。
説教を喰らっていたときに似たようなことを言われたのを思い出す。
「だから……これからはもう泣かないし泣かせないよ。この約束を俺が破らないかどうか、ちゃんと見ててくれ」
俺が墓石から離れれば、優奈がスッと前に出る。
「お義父さま。お義父さまとお義母さまが出会ってくださったから、わたしは良介くんと出会うことができました。本当にありがとうございます。わたしは良介くんのように強い人間ではありません。でも……それでも隣で彼を支えることをお約束します」
優奈はもう一度深々と頭を下げた。
本当に、優奈を好きになって良かった。
俺は心の中からそう思った。
「健二郎さん。良介にこんな可愛い彼女ができて驚いたでしょ。これで柿谷家も安泰ね。だから安心して天国から見守っていて」
母さんも笑みをこぼして、そう言った。
「それじゃあまた来るよ」
墓石に声をかけて、俺たちは踵を返して駐車場へと向かい歩き出す。
一瞬、風が吹く。冷たい秋風ではなく、柔らかい風だ。
――頑張れよ
墓石からそう声が聞こえた気がした。
「おう。頑張るよ」
顔だけ墓石の方に向けて、ニッと笑って見せて今度こそ俺は一歩を踏み出した。
☆ ★ ☆
優奈がお手洗いに行きたいということで、俺と母さんだけ車へと戻っていた。
「母さん。ありがとね。車出してもらって」
「いいのよ。あの人も喜んでいるだろうし」
「そうだな……。あとそれと、もう一つだけ……」
「ん?まだ行きたいところがあるの?」
「いや違う。これはお願いというか頼み事というか……」
俺はスッと息を吸って、
「実はーー」
優奈と恋人関係になった瞬間から、ずっと決めていたことを俺は母さんに伝えた。
良介と母さんの会話の内容については、もう数話ほどで明らかになりますので今回はここまでです。
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