母には全てがお見通し
翌日ーー
「ただいまー」
「お邪魔します」
俺と優奈は実家を訪れていた。
家鍵を開ければ、母さんが笑顔で出迎えてくれた。
「おかえり!急にどうしたの?『話したいことがあるから明日帰る』って?優奈ちゃんも一緒に……」
「まぁ色々と」
優奈と恋人になった次の日だ。
本当ならば二人きりの時間を過ごしたいところではあるのだが、それは以前からそうだったし、これからもずっとそうすることができる。
だが、優奈と付き合うことになったからこそ母さんに言わなければいけないことがある。
居間へと移動すると、母さんが麦茶を入れて俺たちの前に置いた。「ありがとうございます」と優奈は軽く頭を下げて麦茶を口に含むと、母さんも「どういたしまして」と言った。
「文化祭、楽しかったわよ」
「それは良かった」
「制服って今も持っているのかしら?持ってたら写真撮りたいから今度持ってきて着てみてよ」
「絶対に嫌だよ」
「できれば二人のツーショットが撮りたいな」
「人の話聞いてる?」
「お義母さま。学校で撮った写真ならありますよ」
「えっ!見たい見たい!」
母さんが優奈の方に寄って、スマホを覗き込む。笑顔を浮かべる二人の写真に、母さんは頬を緩ませて「二人とも可愛いー」と感想を言った。
「あとで送ってもらってもいい?それ貰えたらここで着てなんてことは言わないから」
「まぁそれならいいよ」
ここでメイド服を着るよりはよほどマシだと判断して、俺は首肯する。
「それで、話したいことって?」
母さんにそう尋ねられ、俺は麦茶を一気に飲み干す。口元を拭って一息吐けば、
「今まで母さんに嘘をついてた。今は嘘じゃないけど昨日までは嘘をついてた。だからそれを謝りたくて」
「嘘?」
「母さんに初めて優奈を紹介したとき、夏休みに優奈を招いたとき、彼女って言ってたけどあのときはそんな関係じゃなかった」
元はと言えば母さんの勘違いから始まったことではあるのだが、その時点で違うと言わなかった俺にも非がある。
いや、言えなかったのだ。無意識下で母さんを安心させなければいけないと思い、母さんの勘違いを否定しなかったのだろう。
「でも今は違う。昨日、優奈に告白して正式に付き合うことになった。だから改めて紹介しようと思ったんだ」
「お義母さま。天野優奈と申します。今までは良き友人として、これからは良くんの恋人として隣を歩いていきます。至らぬ点も多々あると思いますが、よろしくお願い致します」
優奈は両膝をつき、指先を軽く床につければ上半身を軽く曲げた。
「優奈ちゃん。まるでこれからお嫁に行く前の挨拶みたいね」
母さんは微笑を湛えると、「顔上げて」と柔らかな口調で言う。優奈は下げていた上半身を元に戻す。
「まぁ最初から気づいていたけどね」
「は……?」
俺は情けない声を上げる。優奈も驚いたように表情が固まっていた。
「だって優奈ちゃんを紹介したときの良介。凄くよそよそしかったもの。名前を呼ぶときもどこかぎこちなかったし。夏休みのときは『もしかして……』って思ったけど、家に来たときのあなたたちを見て演技だったって分かったわ」
母さんはフフッと笑って見せる。
「じゃあなんで言わなかったんだよ。その時点で言えば……」
「そうね……。あなたたちが本当に付き合っていてほしいって、心のどこかで思っていたのかもしれないわね」
母さんは手を頬に当てて、しばらく考え込んだあとポツリと呟いた。
「でも、今は違うんでしょ?」
「うん。優奈は俺の彼女だ。幸せにしたいと思ってる。……いや、絶対幸せにする」
「やだ。優奈ちゃんの前で堂々と宣言しちゃって。もう旦那さん気分?」
「優奈のような女の子はこの世のどこにも存在しないと思うし、今後俺に彼女ができる見込みはない。優奈を手放すつもりは毛頭ない。それに……」
「それに?」
「それに……優奈も俺のこと……大好きって言ってくれたし」
少し恥ずかしげに呟いて、チラッと横目で優奈を見る。
「良くん!お義母さまの前でそんなこと!」
「でも本当のことじゃん」
「そ、そうだけど……恥ずかしいですよ……」
優奈は頬を赤らめながらプクッと膨らませて俺の肩をポカポカ叩いてくる。
「ごめんごめん」と優奈の頭を撫でれば、「そんなことで許すと思ってるんですか……?」と言ってくるものの、しばらく続けると何も言わなくなりされるがままになっていた。
「あらあらー。惚気るだけじゃ飽き足らず母親の前でイチャイチャするなんて……良介も成長したわねー」
目の前に広がる光景に、母さんはニヤニヤとした表情を見せる。つい優奈が可愛すぎて、母さんがいることを忘れてしまった。
俺は「んん」と咳払いをして、
「まぁ今日はそれを伝えようと思って」
「分かりました。優奈ちゃん。これからも良介のことよろしくね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
とりあえず母さんに伝えたいことは伝えることができた。あとはーー
「良介。今日ここで昼ごはん食べていくでしょ?」
「そのつもり。あと母さん。一つ頼みがあって、昼飯を食べたあと、車出してもらってもいい?」
「いいけど……どこか行きたいところがあるの?」
母さんが問うと、「うん」と頷く。
「父さんにも顔を見せないと思って」
今の良介はブレーキを踏むということを知らないようですね。
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