溢れ出る想いをあなたに
帰宅した俺は、バックに詰め込んだメイド服をクローゼットへと仕舞う。軽くシャワーを浴びてラフな部屋着へと着替る。
優奈も一度部屋に戻ってお風呂を済ませてから来ると言っていたので、時間はかかるだろう。
「スゥッ……ハァッ……」
優奈が来るまでの間、俺は落ち着かず深呼吸を繰り返していた。伝えると決めていた言葉をこれから言うのかと考えると、緊張で身体が強張ってしまうのだ。
あの場では半分勢い任せで言ったところがあったのだが、しばらくしたら優奈が来る。この一部屋に優奈と二人きりの状態で、面と向かってあれと同等のことを言うのだ。
どんな風に言えばいいのか、頭をフル回転させるが思いつかない。スマホで調べても、素直な気持ちとか大体同じようなことしか書かれていない。
こんな極限状態で素直になれるんだったら苦労はしないと、ため息を漏らしてスマホをテーブルに置いて、キッチンの前に立つ。
ガチャッと家鍵の開く音がする。
しばらくして鍵を閉める音が響くと、横開きのドアが開いた。
そこには家でのみ見せる微笑を浮かべる優奈がいた。シャワーを浴びた影響だからか、頬は紅潮しているが、夜は冷え込んでいるため服の上からは軽い羽織ものを身につけていた。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
優奈はキッチンまで歩いてくると、俺の隣に立つ。彼女からふんわりと甘い香りが漂う。艶やかな髪に白くて綺麗な肌はより一層美しく映って、普段感じることない大人の色気のようなものを纏っていた。こういった行動をとった理由は一つしかない。
「一緒に準備するか」
「はい」
俺たちは夕食の準備に取り掛かった。
☆ ★ ☆
今日の夕食は少し豪勢にした。
学校での打ち上げで食べ物をあまり腹に入れなかったのは、これが理由である。
美味しそうに頬張る優奈の笑顔に、俺も自然と笑みをこぼしながら夕食をとった。
食器を片付ければ、俺たちは仲良くソファーに腰を落とした。俺の肩に頭を預けてくる優奈の髪の匂いが鼻をくすぐる。もちもちしたほっぺが密着していて、この感触をずっと味わっていたいなどと、変態と受け取られてもおかしくないことを考えていた。
(言うのなら……今しかない)
俺は意を決し、彼女に想いを伝えようと軽く息を漏らして口を開こうとすると、
「良くん。一つ聞きたいことがあるんです」
それは優奈の問いかけによって遮られた。
「あ、あぁ。なんだ?」
「わたし、いつから良くんの女になったんですか?」
優奈がこちらを見る。今まで見たことない締まりのない表情を浮かべていた。それを愛おしく感じると同時に、勢い任せで言った言葉を思い出す結果となり二つの意味で、俺は頬を紅く染めた。
いてもたってもいられなくなった俺はすぐさま立ち上がってこの場から逃げるように、ベランダへと駆け込んだ。
「さむっ」
思ったより冷え込んでいて、俺は身体を震わせる。しかし、上がっていた体温を冷ますのにはちょうど良いため鉄格子に肘を置く。
本来ならあの空気のまま告白するつもりだったのに、完全に予定が狂ってしまった。どうしたものかと考えていると、羽織ものを着た優奈がベランダに現れて俺の隣に立って、夜空を見上げていた。
「良くん、見てください。星が……」
「おっ。それに今日は満月だな」
ここまで美しい夜空を見たのは随分と久々なような気がする。長年抱えていたシコリが胸の中から消えたからだろう。夜空を彩る星々が各方面に散っていて、満月がとても美しかった。
「今日は……月が綺麗ですね」
優奈から発せられた言葉に、俺は耳を疑う。満月の光に照らされる彼女はまるでかぐや姫のようで幻想的だった。表情は相変わらずふやけきったままで、口角を軽く上げてとろけきったように笑った。
つまり……そういうことなのだろう。
ここまで優奈に言わせておいて……ここからは俺が優奈に想いを伝える番だ。
だとしたら今言わなければいけない言葉は……
「そうだな。月はずっと綺麗だった」
身体ごと優奈に方へ向ける。
彼女も同じようにして、俺たちは向かい合うような形になった。
「優奈。俺は……」
「はい……」
「お、俺は……」
頭がショートしそうなほどに熱い。泣きたい訳じゃないのに、目尻には涙が溜まって瞳が潤んでいるのを感じた。
一つ深呼吸をして呼吸を整え、そして今にも溢れ出しそうな想いを伝える。
「俺は優奈のことが好きだ。友人としてじゃない。一人の女の子として優奈のことが好きだ」
ドクンドクン。
心臓の鳴る音が加速する。冷ましたはずの身体に熱がこもって自身の体温に焼かれそうなほどだった。決して早口にはならないように、一つ一つの言葉をはっきりと言う。
「今だから言うけど……正直……最初の印象は最悪だったよ。偶然同じアパートに住んでるのに会うたびに嫌な顔でストーカーって言われるし……。『姫』ってクラスで言われてるけど、そんなの見た目だけじゃんって最初はそう思ったよ……」
「そんなこともありましたね……」
「でもいろんなことがあって……姫と王子なんて勝手に呼ばれるようになって……一緒にいるのが日常になって……それを受け入れている自分がいて……毎日が本当に楽しくて……」
この半年。本当にいろんなことがあった。
今までの楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、後悔したこと、その全ては今でも昨日のことのように思い出せる。
「優奈が俺の弱さを真正面から受け止めてくれたとき、本当に嬉しかった。そのときからかな。優奈に対して抱いていた気持ちを自覚したのは」
俺は真っ直ぐ優奈の表情をこの瞳で捉える。
クリーム色の瞳は引き込まれるように美しかった。
「でも……この関係を壊すのが怖くて言えなかった。俺が勝手に抱いた片想いだと思ってたから。だけどそれ以上に優奈に好きな人ができたら、俺から離れていくんじゃないかと思って、それも怖かった。だから今、俺が優奈に抱いている想いを伝える。身勝手な想いだけど聞いてくれ……」
「はい……」
最後の力を振り絞るよう、手を握りしめる。
「周りが勝手に言う姫と王子とか、そんな上辺だけの薄っぺらい関係じゃ足りない!これからは恋人として、優奈を支えたい!優奈を守りたい!優奈の隣に立っていたい!この先もずっと俺の隣に立って笑ってほしい!……あなたのことが好きです。付き合ってください。……これが今の俺の気持ちだ……」
今、俺はどんな表情を浮かべているのだろう。
緊張で引き攣った顔だろうか、頬を紅く染めた顔だろうか、それとも今にも泣きそうな顔だろうか。
「……嬉しい……。その言葉を、ずっとずっと待っていました……」
りんごのように顔を真っ赤にした優奈が、美しく微笑んだ。笑った彼女の目尻からは一筋の涙が流れる。
「わたしも……良くんのことが好きです。これからは恋人として……ずっと良くんの側にいさせてください」
息が止まる。彼女の発した言葉が信じられずに、自分の頬を強く引っ張るが……夢ではない。つねった頬は赤く腫れて痛い。
そんな俺に優奈は微笑を浮かべた。
そんな彼女がたまらなく愛おしくて、俺は華奢な身体を抱きしめた。優奈も背中に手を回して、俺を強く抱きしめていた。
「わたしも……怖かったんですよ……」
「えっ?」
「文化祭の準備のときから急に女の子たちからモテ出して、中には良くんのことを狙っている子もいて、その子の方に行っちゃうんじゃないかって……」
「不安にさせてごめん。もっと早く言うべきだった」
「いいんです。今はこうして良くんをこんなにも近くで感じられるんですから……」
「それに人目の多い場所であんなことを言って、優奈に恥ずかしい思いをさせてしまったことは本当に申し訳なく思ってる」
「本当ですよ。でもそれだけ良くんがわたしのことを想ってくれているってことが分かったからそれで許してあげます」
優奈は恥ずかしそうにはにかむと、俺の胸に顔を埋める。俺は安心させるように、頭を優しく撫でる。
「わたし、良くんが好きです。かっこよくて、優しくて、いつも助けてくれて。でも本当は裏ですごい努力していて、実は甘えん坊な良くんが好きです」
「可愛くて、料理が上手で、しっかりしていて、でも本当は俺と同じくらい甘えたがりで寂しがり屋な優奈が好きだ」
俺は優奈のことが好きで、優奈も俺のことが好きで、それを確かめ合うように、抱きしめながら、互いに好きなところを言い合う。
「わたし、結構重いですよ」
「知ってるよ」
他の女子生徒に目を向ければ、優奈は機嫌を損ねてしまう。そこが面倒で可愛いところでもあるのだけど。
「平野さんや東雲さん、他のクラスの子と話しているとき、胸の奥が苦しくなって、泣きそうになっていたんですからね」
「事務連絡ぐらいは許してほしいなぁ」
「話したら駄目って言うわけではありません。その代わり……」
優奈は背伸びをして、俺の耳元に口を近づける。
「二人きりのときは今まで以上にたくさん甘えますからね」
そう言って可愛らしい笑みをこぼす。
「そんなの断るわけがないだろう」
「もちろん良くんのこともこれまで以上に甘やかしますけどね」
「好きな女の子に甘やかされるってこれ以上幸せなことはないだろうな」
「大事にしてくださいね」
「そこに関しては問題ない。大事にしすぎるまであるから」
今まで我慢してきたものが一気に溢れ出してきたのだろうか。優奈から次々と放たれる可愛い注文に、俺は頷く。
「良くん。もっと強く抱きしめてください」
「分かった」
抱きしめる力を強める。優奈は苦しそうな様子を見せることなく、むしろ心良さそうな表情を浮かべていた。
「良くん」
「ん?」
「わたしに……良くんの彼女になった証をください……」
優奈は胸元に埋めていた顔を上げて、上目遣いの涙目でそう言った。
今日一番、心臓の鼓動がうるさく鳴る。密着している優奈にもそれは伝わっているはずだろう。
「その……初めてだから……あんまり上手くできないけど……」
「大丈夫です。わたしも初めてですから」
俺が左手を出せば優奈は右手を出して、手を繋ぎ合い指を絡ませる。
「優奈……」
「はい……」
「大好きだ……」
「わたしも……大好きです……」
そう言って優奈は目を閉じる。
早まる鼓動を落ち着かせるように深呼吸をすると、優奈の顎に手を当てクイッと上げる。
桜色に艶めく唇が一センチ、また一センチと近づいていく――
満月の放つ神秘的な光は、重なった二つの影を濃く映し出した。
とうとう恋人関係になった二人!
ということで、無事付き合うことになりましたが、彼らの物語はまだまだ続きますので応援して下さると嬉しいです。




