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小さな手をとって

「みんなー!文化祭お疲れーぃ!!」


「「お疲れーっ!!」」


 実行委員の斗真の労いの言葉の後に、クラスメイトの声が教室に響き渡る。みんなの手には残った豆で淹れた珈琲やジュースが入った紙コップが持たれていて、斗真の音頭の声と共に一気に飲み干した。


 教室に現れた大学生らしき二人組とのトラブル。そして古畑との一件。とても濃い一日を過ごしたような気がして、今となって疲労がドッと身体に押し寄せているのを感じた。


 告白とも言える宣言をしてから、その噂は驚くほどの速さで広まった。あれだけ人の多い場所であんなことを言ってしまえば、逆に広まらないわけがないのだが。

 衣装を返しに真司たちのクラスに戻っては、二人にその話題を持ち出された。近くで優奈は茹でたこのように赤くしながらも、どこか嬉しそうにはにかんで俺の側を離れなかったので余計に茶化された。


 優奈には恥ずかしい思いをさせてしまい申し訳ないと思いつつも、自分の言ったことに後悔はなかった。もしあの場面がなければ、自分の想いを言えずにまたズルズルと引き伸ばしにしていただろうから、その点に関していえば古畑には感謝をしなければいけないのかもしれない。


 その後二人で体育館に移動すると、歌ウマ選手権(乱入あり)というイベントが行われていて、そこに斗真が飛び入りで参加しては、美声を披露した。

 

 たまたま瀬尾さんが近くにいたので三人で斗真の歌声を聴いていたのだが、誰もが聴いて分かるほど瀬尾さんへの愛が籠った選曲だった。


 俺と優奈は笑みを浮かべて応援。瀬尾さんは羞恥からか顔を覆っていた。斗真も俺たちに気がついてか、ウインクをして手を振っていた。


 とにかく色々あったが、総合的に見ればとても有意義な二日間を送れたと言えるだろう。


 俺たちは教室で軽い打ち上げを行っていた。

 学校からの許可も下りていて、ほとんどのクラスが行っているだろう。


 教室内は喫茶店のセットそのままで、テーブルにはサンドイッチの残りやクラスで余った食べ物が並んでいる。皆それを美味しそうに口に運んでいた。

 俺は隅っこの方でジュースをちびちびと味わい、時折り仲良くなった生徒と会話を挟みつつ、みんなと談笑を交わしている優奈の方をぼんやりと眺めていた。


「カッキー。おつー」


「お疲れー」


 そうあだ名で呼んでくるのは平野さんだ。隣には東雲さんもいて空いていた椅子に座る。


「お疲れさん。なんとか終わったな」


「ほんとほんと。大成功だよね」


「売上も結構いいとこいってるんじゃないかな?」


 二人は手応えを感じているようにそう言った。トラブルこそ起きたものの、その後も客足が遠のくことはなく、常時一定の客数を保つことができていたらしい。

 

「カッキーはみんなと一緒にはしゃがないの?カッキーと話したいって言う子結構多いし、行ったら喜ぶよ」


「はしゃぐだけの元気はもう残ってないよ」


「まぁ大勢の前であんな大胆な告白まがいなことしちゃえばそりゃ疲れちゃうよねー」


「う……」


 冷静になって考えてみれば、普通に恥ずかしいことを言っていた。

 教室に戻ってきてからはそれはもう大変だった。俺は男子に、優奈は女子生徒に囲まれて質問攻めにあったからだ。俺があの場で彼女を名前呼びしたこと、そのあと優奈も「良くん」と呼んでいたことをクラスメイトに聞かれてしまったらしい。


 男子の妬み嫉みの言葉が俺に飛び交うなか、優奈はというと、女子たちから名前呼びにまで至った経緯など興奮した様子で聞かれていた。

 のらりくらりと質問を躱していた優奈ではあったが、その頬がうっすらと染まっていたのは言うまでもなかった。

 

 先ほどまでではないが、未だに聞いてくる生徒はいる。その度に笑顔ではぐらかしてはいるのだが。


「とにかく、俺はここで静かに楽しませてもらうよ」


 あの場に飛び込んでしまえば、また質問攻めに合うのは目に見えている。


「ん。分かった」


 少し残念そうに眉を下げてはいたが、納得したように呟いて、平野さんと東雲さんは友達の元へと向かった。


「よっ。お疲れ」


 今度は斗真が俺の前に現れた。


「おう。お疲れ」


 持っていた紙コップを軽く交わす。


「とうとう言っちまったねー。愛の告白」


「お前までそれを言うか」


「良介と天野さんの関係を知ってる俺からしたらむしろ遅すぎるぐらいだけどな」


 そう言って爽やかな笑みを浮かべる。


「このあと店で改めて打ち上げやろうと思うんだけど、良介は来る?」


「いや、行かない。それよりも優奈に言わなきゃいけないことがあるから」


 あの場で言ったことは確かに告白と同等のものだろう。でもあれは、勝手な自己満足に過ぎない。それにまだ優奈にあの言葉を伝えていない。あの言葉を言わない限り、真の意味での告白とは言えないのだ。


 それを一刻も早く優奈に伝えたいのだ。


「ん。そう言うと思った。応援しているぜ」


 最初から分かっていた。と言う風に優しく声をかけた。

 まぁ優奈が打ち上げに行くと言うのであれば、話は変わってくるのだが。


 教室で行っていた打ち上げもほどほどに。文化祭の片付けをテキパキと行っていた。


「優奈」


 装飾を取り外していた少女の名を呼ぶ。振り返って柔らかなクリーム色の瞳をこちらに向けた。


「教室の片付けが終わったら打ち上げには行かずにそのまま帰らないか?伝えたいことがある」


 優奈は驚いたように美しく透き通った瞳を少し開くが、すぐに目を細めて「はい。分かりました」と柔和な笑みを見せていった。


☆ ★ ☆


 片付けを済ませれば、今から行う打ち上げに心を躍らせるクラスメイトたち。周りに迷惑がかからない程度で楽しむ分には問題ないだろう。


「悪いな斗真。先に帰る」


 帰り支度を済ませた俺は、斗真にそう声をかける。程なくして優奈も帰り支度が整えば、俺たちは教室を後にした。


 背中から黄色の声やら聞こえるのだが、それは聞かないでおくことにした。


 校舎を出た俺たちは、帰路につく。

 寒さからか、優奈は両手に息を吹きかける。


 そんな彼女の小さな手を、俺は優しく包み込むように握りしめた。


「寒いのなら、手を繋いだ方があったかいだろ」


 そう言うと、優奈の口元が自然と緩み、恍惚したような表情を見せた。


「そうですね……良くんの手。大きくてゴツゴツしてて温かくて……男の子の手って感じがして、すごく安心します」


「優奈の手は……冷たいな……」


「じゃあ……良くんの熱で、わたしを温めてください……」


 街灯のみが照らす夜道。だからこそ優奈の火照った表情がより一層強調される。

 小さな手をギュッと握りしめて、俺たちはアパートへと帰宅した。

お読みいただきありがとうございます。

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