旅立ち(sideマナブ) 03
宴会の後、シュンとアヤちゃんが帰路につくと、その流れにのって、ユウも予定があると帰っていった。
俺とヨシは、少し飲み足らなかったので、二人で立ち飲み屋に寄っていた。立ち飲み屋はカウンター席が8つあるだけの昔ながらの佇まいである。
「ヨシ、今日も賑やかな1日やったなぁ。」
俺は、ビールのジョッキを傾けながら、定番の肴であるポテトフライを口にしていた。
「そうですね。あの二人が来るまでは、僕たちだけでしたからね。にぎやかになってうれしい限りですよ。」
ヨシは、イカの塩辛を肴に日本酒を飲んでいた。
「これも、去年、ヨシが新入生やったあの二人をうまく勧誘してくれたおかげだな。」
「僕もまさか、二人がここまで御朱印巡りにハマってくれるとは思いませんでした。いい後輩と巡り会えたと思っています。」
俺たちは、これまでの時間を振り返るように、酒を飲んでいた。
「お待たせしました。ご注文の愛媛の梅錦です。」
店員の掛け声とともに、カウンターに徳利とお猪口が置かれた。
「お、きたきた。最近、この梅錦にハマってるんですよ。」
ヨシは、嬉しそうにお猪口に日本酒を注いだ。
「ヨシ、また、新しい酒を開拓したのか。」
俺は、自分の知らない日本酒が、こんな立ち飲み屋で出てきたことに驚きを隠せなかった。
「会長、知ってますか?日本酒を飲むときに口に少し空気を入れて、鼻から抜くと、より香りが楽しめるんですよ」
ヨシは、ハマっているという梅錦の香りを堪能するかのようにゆっくりと口にした。
「そうなのか、それは知らなかったな。今度、やってみるよ。」
また、ヨシの酒のうんちくが出てきた。これが出るということは今日はかなり気分がいい様だ。俺の今日の気分はビールだから、このうんちくを試すのはまた別の機会にさせてもらおう。
その後も、俺たちは、それぞれ好きなものを肴に静かに飲んでいた。
「今日のところは、もう、そろそろお開きにしようか。」
ちょうど、ヨシのお猪口が空になったタイミングで、俺は自分のグラスを置いた。
「はい、お疲れさまでした。」
ヨシもいい感じだったのか、ほろ酔いの顔で答えていた。
ヨシと別れた後、俺は、マンションに帰ってくると、着替えもそこそこに冷蔵庫に向かった。
(ふぅ、後一本だけ飲んだら風呂に入るか。今日もいい1日だったな。)
晩酌、風呂、ストレッチのナイトルーティンを行った後、布団に入るといつも通り、すぐに眠りについた。俺が眠ってしばらくして、日付が変わろうとした頃、突然、部屋の中に明かりが充満した。
「マナブ、目を開けるのだ」
寝ていた俺の頭上から、突然、声がかけられた。
「ん?、なんだ。って、眩し。何なんだ、いったい。」
突然の光と声に俺は、頭がついていかなくて思わず声を出していた。
「マナブよ、ここじゃ。」
謎の声は、さらに語りかけてきた。
「な、あんたはいったい誰なんだ?どうやって入ってきたんだ。」
俺が目を開けると、上から一人の老人が覗き込んでいた。
「マナブよ、おまえにあるものを授けにきたのじゃ。」
俺の枕元に立つ老人の背後は明るく照らされており、逆光でその顔をはっきりと確認できなかった。
「あるもの?なんだそれは。」
今の状況が理解できないまま、俺は、まだ寝ぼけた頭で答えていた。
「これじゃ。これは八八の御朱印帳という神の御朱印帳なのじゃ。お主は、これからこ こに記されている全ての場所を踏破し、御朱印を揃えるのじゃ。」
老人は、懐から御朱印帳を取り出すと俺に差し出してきた。
「なんで、そんなものを俺に?それに御朱印を揃えるってどういうことなんだ。」
俺は、目の前に差し出された御朱印帳を見ながらがますます混乱してきた。
「今、この世界は大いなる脅威に晒されておる。この世界を救うことができるのは、この御朱印帳だけなのじゃ。」
謎の老人は、そんな俺の様子にかまうことなく、説明を続けていた。
「何を言っているのか、わからないぞ。それに、なぜ俺なんだ。俺はただの学生なんだ。そんな大それた話は、もっとすごい奴にでも任せればいいだろ。」
俺は、この状況についていけず、無理やり手渡された御朱印帳を見つめていた。
「それは、いずれ分かるであろう。後は任せたぞ。」
謎の老人がそう言い残し消え去ると同時に、俺は意識を失った。
※※※※※※※※
カーテンの隙間から部屋に朝日が差し込んできた。
「ふぁ~、昨日のはなんだったんだ?変な夢を見たなぁ、ん?なんだ、これは御朱印帳?もしかして、あれは夢じゃなかったのか?」
朝日を顔に受け、目を覚ますと、枕元には、夢に出てきた御朱印帳があった。
「お、やばい、もうこんな時間だ、とりあえず学校に行くか。」
俺は、御朱印帳をカバンに入れると家を飛び出していった。