エムル
魔王が統治するディアブロ王国の南東には森が広がっており、デイブック民主国とを分断する壁の役割を果たしている。
魔王の娘であるエムルは、護衛のセイラとともに、魔族の村があるディアブロ王国の南東の森に視察に訪れた。
エムルは、薄紫の髪と目を持ち、魔女のような服装をしていたが、帽子はかぶらず、頭からは羊の角のようなものが生える。
11才とまだ幼いながらも顔立ちはかなり整っており、将来美人になるのは誰の目から見ても明らかだった。
護衛のセイラは、村の周辺の状況を説明する。
「エムルお嬢様、この村の周辺に熊の群れが発見されました。この村は大変危険な状態です。一度増援を引き連れてから、討伐に向かいましょう。」
「そうだね。急いで増援を呼びに帰ろう。」
熊の群れ。サーベルベアかブラックベアの可能性が高いが、どちらが出ても危険な状態に変わりはない。
万全の状態で討伐する必要があった。
その時、村の外から叫び声が聞こえた。
「ぐうおおおおおおおおお!」
「熊が村に攻めてきた!」
「どうか助けてください。エムル様!」
「エムル様は後方に下がってください!私が倒します!」
セイラは服を脱ぎ捨てると、青い竜の姿に変身する。
高く飛び立ち、くまの元へと向かった。
「セイラ!無茶はダメだよ!僕も一緒に行くよ!」
エムルはセイラの後を追う。
◇
セイラが魔物のもとに着くと、100体ほどのブラックベア。
その中に異様に大きな3体が居た。体長は5メートルほどあった。
ボスクラスが3体!
数が多い!倒しきれないかもしれない。
しかし、このままでは村人の命は無い。
戦うしかない!
セイラはボスに狙いを定めて、空中からコールドブレスを何度も撃った。
ブラックベアは基本遠距離攻撃の手段を持たない。
安全地帯から一方的に攻撃することが出来た。
セイラがボスを集中攻撃することで、ボスクラス2体を討伐する。
だが、最後のボスを倒しきれず、MPが枯渇する。
コールドブレスを使えなくなったセイラは接近戦以外の攻撃手段を持たない。
攻撃力と体力の高いブラックベア。
それも集団に対しての接近戦は危険が伴う。
しかし村に危険が迫った状態でセイラの判断は限られていた。
セイラは意を決して空中から急降下してボスを攻撃する。
ボスの振り下ろした爪が翼を引き裂き、飛ぶことが出来なくなった。
空中からのヒット&アウェイ戦法も使えなくなり、セイラは劣勢に立たされた。
お互いを削り合う戦いに追い込まれた。
その時、
「ハイファイア」
エムルが駆けつけて魔法で援護する。
「ハイファイア・・・・ハイファイア・・・・ハイファイア」
エムルが何度も魔法を使い援護するが、セイラは囲まれたままじわじわと疲弊して行く。
そして青竜化していたセイラの体が光り、元の姿に戻った。
竜から人の状態に戻ったことで、セイラの戦闘能力は大きく低下する。
「くっ、時間切れね。」
セイラは必死で蹴りや拳を繰り出して応戦するが、セイラはどんどん傷ついていく。
エムルもMPが切れて膝を折った。
「そんな!セイラ!セイラ!」エムルは必死で叫んだ。
その時、ものすごい速さで人族の少年が近づいてくる。
少年は一体のブラックベアに近づくと短剣の二刀流で素早く斬り倒した。
エムルは必死で叫んだ。
「君!お願いだ!セイラを助けてくれ!!」
「分かった!!」
少年の戦い方は堅実だった。
ボスを無視し、セイラにターゲットを取らせたまま、雑魚の群れの周りから削り取るように倒す。
出来るだけ背後を取られないよう立ち回り、出来るだけ1対1の状態に持ち込んだ。
その戦い方は少年とは思えず、まるで百戦錬磨の熟練兵のようであった。
雑魚を倒し終わる頃に、ボスのターゲットがセイラから少年へと変わる。
「ぐうおおおおおお!」
ボスの攻撃に少年は苦戦している様子だったが、
ボスの後ろからセイラが殴りかかったことで、再度ボスの意識がセイラに移った。
そのスキに少年は後ろから一気にボスを何度も斬りつける。
セイラと少年に挟み撃ちにされたことで、ボスはあっけなく倒された。
「ああ、ありがとう!君のおかげだよ!僕はエムルだよ。君の名前を聞かせてくれないかい?」
さっきまで険しかった少年の目がふっと穏やかになり口を開いた。
「ウインだ。」
ウインが答え終わるかどうかのタイミングでエムルはウインに抱きついた。
ウインは少しびっくりしたような表情をした。
「あの裸のお姉さんにポーションを飲ませたいんだけど。」
「うん、お願いするよ。」
エムルはウインから離れる気が無かった。
「後、あのお姉さんは服は着なくて良い人なのか?」
「セイラはそういう性癖だから大丈夫だよ。」
「ちっがいます!!ウイン、外套を貸してほしいのよ。」
「エムル、外套を脱ぐから離れて。」
エムルはすぐに離れるが、ウインが外套を脱ぐとすぐにウインの腕に抱きついた。
ウインは外套をセイラに手渡しながら少し赤くなっていた。
「ありがとう。」
お礼を言うセイラに、さらに施しを与えようとする。
「ポーションを飲んで欲しい。」
「そこまで世話になるのは悪いわよ。」
ウインは無言でポーションの蓋を開け、セイラの口にポーションを無理やり押し入れた。
それを見ていたエムルの目が輝いた。
ウイン!君はSだね!Mの僕と相性が良い!見つけたよ!僕のご主人様!
「ウイン様、僕も魔法を使いすぎて苦しいんだ。MPポーションを飲ませてくれないかい?」
ウインはMPポーションをエムルに渡した。
「セイラには口に押し当てて強引に飲ませたのに僕には手渡すだけなのかい?不公平だよ!やり直しを要求するよ!」
「セイラさんはボロボロなのにポーションを受け取ろうとしなかったから。強引に飲ませたんだ。」
「エムル様はウインに直接飲ませて欲しいのよ。そういうお年頃だから付き合ってあげてね。」
ウインはしぶしぶと言った感じでエムルにもMPポーションを飲ませる。
「ふぉーー!みなぎってきたよ!」
エムルは体をくねくねとうウェーブさせる。
「エムル様、満足しましたか?」
「そうだね!満足だよ!」
◇
「服を返すわ、ありがとう」
「セイラさんが着てた服か。なんかエロいな。」
セイラは赤くして「洗濯して返すわよ!」
とウインから外套を脱がそうとする。
ウインは「お構いなく、お気になさらず。」
と一歩も引かない。
その様子を陰から覗いていた村人が警戒を解いて3人の元に集まってきた。
人間と魔族はあまり仲が良くないのだ。
集まってきた村人を見たウインは、驚いた表情を見せた。
「魔族は怖いかい?」
「違う!村人がみんながりがりじゃないか!食べ物を食べさせるんだ。」
「私たちが倒した分の肉はもらうわよ?」
「ん?俺が倒した分の肉も全部食べたら良いだろ。どうせ持って帰れないんだし。」
「ありがたくもらうよ。その代わり魔石はウイン様の方で貰ってほしいんだよ。それでウイン様、解体が終わるまで二人で話でもしないかい?」
「俺は熊を運ぶのを手伝うよ。」
そう言って森へと戻ろうとするが、エムルが服を引っ張って放そうとしなかった。
「ウインはゆっくりしていてね。エムル様、私ブラックベアを回収してきます。」
「頼んだよ。」
セイラがくまを回収しに出かけて行った。
「ところでさ、そのウイン様ってのはやめて欲しい。」
「嫌かい?嫌だったらもっと強い口調で僕に言うべきだよ。」
「エムル、ウイン様はやめてくれ。」
「もっと強い口調じゃないと魔族には伝わらないよ。人間族と魔族は文化が違うからね。」
「エムル!ウイン様はやめろ!」
「もっと大きな声で言うんだ!」
「エムル!やめろ!」
「もう一回だ!」
「エムル!や・め・ろ!」
エムルは身もだえしながら真っ赤になった。
「なあ、こんなにしつこく言うのって意味あるのか?」
「はあぁっ、はぁ、はぁ、あ、あるよ、はっきりとした物言いは、だ、大事なんだ。」
「エムルってなんだかドMみたいな反応をするな。」
「ふふふふふふ。所でウインは何才なんだい?」
「12才だ。」
「僕の1つ上なんだね。丁度良い年齢差だね!どこから来たんだい?」
「デイブック民主国だ。」
「お隣さんだね。付き合ってる恋人はいるのかい?」
「居ないな。」
「僕が君の奴隷になろうか?」
「ははは、面白い冗談だな。」
「魔族の国ではね、種族によっては、結婚の代わりに、男が女を奴隷化して繋がりをもつ文化があるんだ。だから、結婚してほしいという意味と同じだと思ってもらって良いよ。文化が違って伝わりにくかったね。」
「そう言うのがあるのか。でも急すぎるよな。」
「僕はね、人を見る目には自信があるんだ。普通はお互いを少しずつ知ってから結婚したりするんだろうけど、僕は人を見る目を鍛えてきたから、ほかの人より先の事が見えてしまうんだ。だから、思考が先に行き過ぎてしまうのかもね。」
そこにセイラたちが帰ってきた。
「ウイン。エムル様の言う事は、話半分で聞いておいてね。そういうお年頃だから。それと魔石を受け取って。それとさっきはありがとう。」
「いや、解体の手間が省けて助かった。ではまた。」
エムルの手をほどき、ウインは走って帰って行った。
エムルはしばらくウインの走っていった方向を見つめた。
「エムル様、彼の事が気になりますか?」
「そうだね。僕は彼の事が好きだ。」
「忍者ですかね?レアスキル持ちでも、あの若さであそこまで強い者は見たことがありません。もし死なずに生き残ったら、魔王様すら超えてしまうでしょう。」
セイラは見誤っていた。ウインはレアスキルを持っていない。
だがセイラは、ウインの強さを見て、斥候スキルと戦闘能力の高さを兼ね備えた忍者であると勘違いしたのだ。
そしてウインに威圧感を覚えていた。
デイブック民主国は食べ物に困ることのない国だ。
おそらくウインはブラックベアを退治してその肉を食べさせればこの村の飢餓問題が解決すると思っている。この国の飢餓問題は慢性的なものだ。12才という若さもありそのことに気づいていないのだろう。
その若さと強さのギャップがウインの威圧感を助長させていた。
「僕はね、ウインの強さとSっぽい所にすごく惹かれるよ。セイラにポーションを飲ませた時のあの顔、ぞくぞくするよ。」
「エムル様、いい加減おかしな言動は卒業してください!」
またウインと会いたい。
魔王の娘である僕を奴隷にしてほしい。
努力しよう。
強さ・立ち振る舞い・知識
全てを磨いてウインに認められるんだ。
エムルはにやりと笑みを浮かべる。
最後までお読み頂きありがとうございます!
ここまで少しでも、ほんの少しでも面白いと思っていただけた方はブクマ、そして下の☆☆☆☆☆から評価をお願いします!