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【習作】描写力アップを目指そう企画 没作品(2)

 ざくざくと土を掘る。

 からからに乾ききった地面は、所々色が違って見える。その部分だけを、慎重に掘り返す。

 歪んだ円のような形を作っている土は、深さニ十センチほども掘れば、その底がまた周囲と同じような色に変わる。勢いあまってその先まで掘り過ぎてしまわないように、少しずつ、ゆっくりと。

 太陽に背中を向けているため、強張った腰がじりじりと温まる。ぽたり、と一滴落ちた汗が、土の色を変えた。

 何も考えていないのか、何かをずっと考え続けていたのか、それすらも判然としなくなった頃、かちり、と移植ごての先に何か硬いものが触れる。

 細かい土を、すっかり茶色に染まった軍手で払いのけて目を凝らした。


「大山さーん! 休憩ですよ!」

 軽やかな声がをかけられて、顔を上げる。

 夏休みの間だけアルバイトにきたという大学生が、両手にペットボトルを持って向かってきた。

「もうそんな時間かい」

 膝に掌をつけて、よっこいしょ、と立ち上がる。腰が伸びにくくて、鈍い痛みが走った。

「はい。熱中症、怖いですからね」

 アルバイトを始めて数日で倒れかけた少女は、真面目な顔でもっともらしく言う。

 手渡されたスポーツドリンクを一口飲む。冷たい感覚が喉を通り、胃に広がった。

「あ、土器出たんですか?」

 足元の小さな破片を目にして、声を上げた。

「小さいものだけどね」

 僅かに曲面を描く薄茶色の破片。往時はどんな姿だったのだろう。

 手に取って眺める少女を促して、大山は建物の影に向かった。


「発掘の仕事は、アルバイトとしては時給が低いものだけど、咲千(さち)くんは卒業後に埋蔵文化財関係を志望してるのかい?」

 大学で建築を学んでいる、という少女に尋ねてみる。

「面白そうだとは思います。でも、新しい建物を設計するというのもやってみたくて」

 明るく将来を語る彼女はひどく眩しい。

「そうか。この仕事はちゃんとするなら公務員待遇になるのが多いけど、現場を飛び回らないといけないから大変だと聞くね」

「あー。この辺はまだ交通の便がいいですけど、そうでもないとこもありますもんね」

 うんうんと頷く。

「夏は暑いし、冬は寒いし、雨が降ったら休みになるし、翌日は水を吸い出さないと仕事にならないし」

 ぼやくように続ける。咲千は最初の暑さ以外は実感できていなかったらしく、へぇ、と声を上げた。

「それに、こんなじいさんを手足に使わないといけないんだから、大変だよ」

 おどけた風に言って、苦笑を浮かべる。

 遺跡発掘のアルバイトは、大半が近隣の老人たちだ。時折、こうして学生が混じる。

「そんなものですかねぇ。みなさん優しいから、大変そうに見えないです」

 小首を傾げて、少女はそう感想を述べる。

「大山さんは、いつから発掘をしてたんですか?」

「そんなに長くはないよ。三年ぐらいかな。現場が条件に合わなかったら行かないこともあるし」

 太陽の位置が中天に近づく今、日陰の幅はひどく狭い。脱いだ麦わら帽子で、顔をぱたぱたと扇いだ。

「私はずっと運送の仕事をしていてね。定年退職したあと、趣味で野菜を育てたりしていたのだけど、枯らせたり育たなかったりしてしまって」

 向いてなかったのだろうね、と呟く。

「ほら、遺跡の発掘は最初から枯れているようなものだし」

「ええー……」

 はは、と笑ってみせるが、複雑そうな顔で見返された。

「さ、そろそろ休憩も終わりだ」



 ざくざくと土を掘る。

 何を考えているのか、何を考えないようにしているのか。

 自分は、人生において新しく作り上げることが何ひとつできなかった。

 ならばせめて、遠い過去をこうして拾い上げることができれば。

 それは、少しは、何かに貢献できているのではないだろうか。


 ざくざくと土を掘る。

 色の違う地面を、丁寧に。

 ざくざくと、土を掘る。

 掘り出したいのか、埋めてしまいたいのか、それすらも判然としないままに。






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