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「ということで、瞳と白部が同行したいそうです。いいですよね?」
「……マジかぁ……!マジかぁ……!安形君は予想してたけど、白部君もかぁ……!一応……まぁ、彼女が動いても問題は……いやどうだろう……」
「やっぱり結構重要な拠点なんです?検査とか言ってたから研究所とか病院を勝手にイメージしてましたけど」
「まぁ、うん。間違ってない。どっちかっていうと研究所の方が近いかなぁ。うーん……いやぁ白部君かぁ……」
「……白部はもしかしたら普段外部と切り離されてる場所かもしれないって言ってたんですけど、それってあってます?」
「……あぁ、もうばっちり合ってるよ。やっぱり彼女に隠し事はできないってことか……ピンポイントで嗅ぎつけて来たね……そのあたりはさすがというべきか……」
ドク自身も白部の調査能力を少し侮っていたのか、いや侮っていたわけではないだろうが、まだ軽視してしまっていたというべきか。
彼女に隠し事をするのは本当に難しい。知ることを楽しんでしまっている彼女はとことん情報を追及してしまうのだ。
「ただ連れていってくれたらしばらくスパコンは我慢するって言ってましたんで、悪い話ではないと思いますよ?」
「ぉぉぉう……どうしよう。それは確かに魅力的だ。最近白部君の圧力が強くなってたからね……調べごとがどんどん増えてる状況だから彼女からいろいろと要請は来てたんだよ……上層部に根回しまでされそうになってたからそれはありがたい……けど……けど……!」
ドクとしてはどうやらその研究施設に白部を連れていくことそのものはあまり賛成できないようだった。
どんな内容の情報があるかもわからないために、周介としては何も言うことはできない。
少なくとも周介は白部を連れていく気満々だった。
「……ここで断っても……君のことだ、白部君を連れていくつもりでしょう?」
「まぁ、白部には借りもありますし、俺は断るつもりはないです。自分で旅費を出すまで言われちゃったら連れていかない理由が俺にはないですから」
「そうだよねぇ、そりゃそうなるよねぇ」
「逆に白部を連れていきたくない理由は?やっぱ危ない情報がたくさんあるからっていうことですか?」
「……うん、まぁ、うん……僕もその全容を把握しているわけではないけどね……前にも言ったと思うけど、白部君ほど情報に精通した人もいないんだよ。そういう人のところに情報を集めすぎるのも……あー……良くないというか」
随分と歯切れが悪い。前にも似たようなことを聞いた覚えはあるが、他にも何か原因があるのではないかと周介は考えていた。
考えられることはいくつもある。普段情報封鎖されているような場所に情報の申し子のような人間を連れていくのだ。
もし好奇心で覗いてはいけないようなデータを、組織の、あるいはその研究所の重大な情報を入手してしまえばどうなるか。
ただでさえ重要な白部舞の重要度はさらに増すことになる。
あまり一人に重要性を傾けるのは良い事とは言えない。それは周介も理解できる。何せ白部を捕まえて頭の中の情報を引っこ抜くことができるような能力を持ったものが尋問をすれば組織の大半の情報を抜かれることと同義なのだ。
「何かあるんですね?白部が抜いたらいけないような情報が」
「あー……それは……んーと……確証はないんだ。僕もあの場所の情報を全てもらってるわけじゃないからね。だからこそ不安というか、いやな予感がするというか……」
ドクの懸念は理解できる。普段情報封鎖をしているからこそどんな情報があるか分かったものではない。
だからこそその場所に白部を連れていくことの危険性。それはかなり、というか相当のリスクを有している。
一体何を引っ張り出してくるか分かったものではない。周介もその危険性は十分に理解できる。
理解できるが、それを踏まえても周介は白部を連れていくことをやめるというつもりはなかった。
「逆に言えばドクもその場所の情報を知るいい機会なんじゃないですか?知りたかった情報だってあったでしょうに、それを白部にこっそりとお願いすればいいんじゃないです?」
「……っ!……いや……いやいやいや、ダメダメ、そんなことを僕みたいな人間がやらせるのはダメだよ。僕にも一応立場ってものが」
「なら、それは白部が勝手にやっただけで、ドクはその話を聞くだけっていう、それならいいんじゃないですか?日本の若手が勝手に、いつの間にかやってしまったこと。ドクは俺の検査の方に集中しなきゃいけないんですから、白部の行動を監視し続けられなくても仕方ないじゃないですか」
「……っ…………」
周介の口にする悪魔のような言葉にドクはかなり迷っているようだった。
「白部は俺たちがコントロールできるような人間じゃないんですから仕方がないじゃないですか。ただ見学しに行っただけ。それでちょっと目を離したすきに面白い情報を見てしまっても仕方がないじゃあないですか。俺たちは何も知らない。そういうことでいいんじゃないですか?」
「……そ……それは……いや……でも……」
もう少しだなと、周介はその後も白部が情報を抜くことに関する誘惑をし続ける。
約十分後、ドクは白部の同行に同意した。欲望に忠実なやつはちょろいもんだぜと周介は内心ほくそ笑んでいた。
「けどドク、その研究所ってやばい研究とかしてないでしょうね?俺その実験用のモルモットになったりしませんよね?」
「大丈夫、そこは大丈夫。そうされそうになったら僕が意地でも止めるから。それに研究所って言ってもそんなにやばいことをやってるわけじゃないんだよ?ほら、能力って結構わからないことが多いでしょ?そういうことを研究してるのさ」
「……人体実験とかそう言うこともやってたり?」
「まぁそう言うのが前身の研究所だっていうのは否定しないよ。そういう経緯もあったし、今も生物実験とか似たようなことはやってると思うけど……」
ドクの言葉に周介は嫌そうな顔をする。もしかしたら解剖されてしまうのではないかと考えたのである。
「目と視神経と脳の一部が変質してるから、ちゃんと検査しないといけないんだよ?医学的には問題はないってわかっても、もっと能力的な部分も調査する必要があるっていっただろう?」
「……そのために頭を開くとかします?俺手術の心構えはできてないんですけど?まだ右目は大事にしたいんですけど?」
「いやそこまではしない……と思うなぁ……君の身の安全、というか健全性を確認するためにそこまでしたら本末転倒だもの」
さすがの検査目的とはいえそのようなことはしないだろうとドクは考えているようだった。ただ周介本人からすればその確証がもう少し欲しいところである。
「今までその検査を受けた人は?似たような感じでもいいんですけど」
「んー……日本の拠点では受けた人そのものが少ないよ。直近で受けた人……それでももう十年以上前の話だけれど、この拠点であれば鬼怒川君が受けてる」
「あれ?本田さんは?」
「…………あいつは受けてないよ。一部が壊れてしまってることが確定しているんだ。受ける必要がないのさ」
一瞬。本当に一瞬だけドクは渋い顔をしていた。だがすぐにいつも通りの顔に戻る。
つまりその研究所では普通の生活を送ることができるという状態の確認と検査、そしてその条件などを調べるのも目的としているのだろう。そういう意味では、ドクの同期である本田、周介と同じく過剰供給状態を発現し、記憶機能に障害ができてしまった彼はその条件には当てはまらないということなのだろう。
ただ、鬼怒川がそういった検査を受けているということは少し心強い。彼女は今も元気に暴れ回っているのだから。
とはいえそれももう十年以上前という。彼女がまだ子供だった頃の話だ。
鬼怒川は子供のころから体に魔石を宿していたからこそ検査を受けさせられたのだろう。とはいえ彼女と周介ではまた検査の内容は全く違うだろうということは予想できる。
「内容をあらかじめ教えてくれれば覚悟のしようもあるんですけど。健康診断程度の簡単な話じゃないでしょうし……そもそも相手が言ってることもわからないでしょうし」
「通訳は頼んであるから大丈夫だよ。検査の内容に関しては……ごめん、僕にも細かいところはわからない。一応問いかけてみるけど、場所が場所なだけに連絡を取るのに少し時間がかかる。そこはあきらめてくれ」
普段外部との連絡手段を断っているということは、簡単に連絡が取れないということでもある。
それでは研究をするうえでも不便だから定期的に連絡は取っているのだろう。どのような手段かは不明だが。
とはいえ来週にはもう出発という時点でその回答が届くという希望はもたないほうがいいだろう。
後は野となれ山となれ。少なくとも周介もマーカーの選抜試験を受けた身だ。そう簡単に使い捨てられることはないだろうと確信はしていても不安は残る。
「もし俺が死んだらこの拠点の発電はどうなるんでしょうね」
「大丈夫だから!検査で死んだらそりゃもう大問題になるから!君が死ぬようなことになったら大変なことになるからそこまで心配しなくていいよ!」
「えー……だって何やらされるかもわかってないのに?別に俺は検査なんて受けなくてもいいと思ってるのに?」
「本人がそう思っていても危ないってことはよくあるだろう?君が自分の体の調子を完璧に理解できているっていうなら話は別だけど、そういうこともないんだから。君いろいろ無茶するタイプだし」
それは否定しようのない事実だが、検査というものがすごく気になってしまうのもまた事実だ。
「ちなみにその研究施設で今まで死亡した人っているんですか?」
「……そりゃあ……何人かは……」
「……俺がその何人目かになる可能性が」
「ネガティブ!さっきからなんか考え方がすごく後ろ向きすぎるよ周介君!もっと楽しい話をしようよ!なんでこんなに殺伐とした出張の話をしなきゃいけないのさ!命がけってわけでもないのに!」
命がけかどうかは周介にもドクにもわからないのだからそのあたりは仕方がないと言えるのかもしれない。
とはいえドクの言うように後ろ向きになりすぎている気がしなくもない。
少しでも楽しいことを考えるというのも必要なことなのかもしれなかった。
もう来週に迫っているのだから、今更どんなに後ろ向きになったところで遺書を残しておくことしかできないのだ。
それならば開き直ることも必要だろうと周介は考え直すことにしていた。




