0992
そんな風に旅行の計画を立てているある日、周介はとある場所を訪れていた。
それは能力を発動したばかりの初心者が訪れる訓練施設だ。以前夏目少年と会った場所でもある。
異空間に作り出された岩壁がそそり立つ場所。誰の邪魔も入らず能力を思う存分使うことができる場所だ。
そこにいるのは周介だけではなく、猛、大門、雨戸、鬼怒川、そして件の六郷会壊滅の際に救助した子供たちもいた。
そう、今日は子供たちの能力の訓練の日なのだ。当然周介は完全に戦闘用装備を準備してある。いつでも戦えるように備えている。
子供たちが外に出たのは今日が初めてではない。短い時間ではあるが外を散歩させてもいる。
とはいえ人との接触は可能な限り避けるようにしていた。ちょっとしたきっかけが能力の発動になりかねなかったのが原因でもある。
早急に能力のコントロールを身につけなければいけない。そういう意味も含めてこの場所を借り、暴走した時の対策として大門たちにも来てもらったのだ。
ここならば、暴れても何の問題にもならない。
そして周介たちに遅れてさらにこの空間に入ってくるものが一人。ドクだった。
「さて、それじゃあ始めようか。この中であればいくらでも能力を使ってくれて構わない。そして、今日はいくら暴れても問題なしだ。存分に能力の訓練をしてほしい。特に君達」
ドクはしゃがんで子供たち全員と視線を合わせる。
「誰かを傷つけたくない。誰かを守りたい。そう感じられるのであればまずは自分の力と向き合ってみてほしい。君たちの力はとても強く、優しく、頼りになるものだ。誰かの力になりたいと思うのであれば、その気持ちを前面に出してほしい」
ドクの言葉を聞いて、子供たちの視線が周介の方に向く。どうやらこの中で最も信頼されているのが自分だと理解したのか、周介は大きくゆっくりと頷く。
「が……頑張ります」
絞り出すようにつぶやいた子供の言葉を聞いて、ドクは満足そうにうなずいてから離れる。
「万が一の時のことを考えてエイド隊にも控えてもらっている。相手は子供だけど、強い力を持っている。しっかり面倒を見てあげてほしい」
ドクの言葉に全員が任せてほしいと満面の笑みを浮かべる。
そんな中で、空気が変わるのを誰よりも早く周介が感じ取っていた。
その空気を発しているのは、変貌に近い能力を有しているゆうただ。既に能力の発動を試みているのか、その瞳が蒼く明滅しだしている。
「やっぱりあの子が一番早く能力を扱えそうだね。誰が担当する?」
ここにいる四人の能力者の中で一番戦闘能力を有していると思われるのはあの『ゆうた』だ。そうなれば、この中で一番、うまく子供相手でも加減ができる相手が好ましい。
「大将、あいつの相手は俺に任せてくれねえか?」
名乗りを上げたのは猛だった。一度相手をしているという意味では大門、雨戸などでもよいのだろうが、猛には何やら思うところがあるのだろう。
周介としても、自分がゆうたの相手をできるとも思わないために断るつもりはなかった。
「怪我はさせるなよ?」
「わかってんよ」
猛は変貌能力を使い白い獣の姿へと変わると、ゆうたを捕まえて少し遠くまで離れてく。他の子どもたちに被害が出ないようにするためだろう。
「さぁ、他のみんなも能力を発動してみてほしい。ここには強い人しかいない。多少暴れても大丈夫さ!」
ドクの言葉に、この中で最もおとなしい子供であるみすずが周介の方を見る。
この子は自分が対応するべきだろうと、周介がみすずに近づいて肩に手を置く。
そして近くにいる子供たちにも視線を向けていた。
「大丈夫。ゆっくりとでいい。少しずつできることを増やしていこう。自分が何ができるのか、何ができないのかをわかっていくだけでもいい。みんなそうやってきたんだ」
そう言って周介も能力を発動して背後にあるアームを動かす。そして他の面々に視線を向けると、全員が能力を発動する。
大門は強化を、雨戸と鬼怒川は変貌の能力を。
ドクだけは離れたところで様子を窺っているが、全員が能力者であり仲間であるということを理解したのか、子供たちはゆっくりと息を吸う。
「自分が何をできるのかを理解するには、まずは力を使ってみること。使い方は……感情なのか、それとも感覚なのか……最初はどちらでも構わない。少しずつやっていこう」
それは周介がドクから教わったことでもある。
最初から何もかもできるような者はいない。どんな人間でも、どんな超越者でも、どんな能力者でも、最初は何もできないところから始めていくのだ。
「あの……私……は……いつもは、見えないものが……見られないものが、見えたり、わかったり、するから」
みすずは自分にできることを一つずつ、たどたどしくはあるが言葉にしていく。
言葉足らずなのは、正確に言葉を話すことができないのは教育が不足しているからだ。
普段治療と一緒に、少しずつ教育をしているらしいが、それでもまだ子供。周介だってこの子たちと同世代の頃はどんな言葉を使っていたか。妹や弟がいた周介からすれば懐かしい感覚だった。
「なら見えるものを、わかることを少しずつ確認していこう。何がわかるのか、一つずつ理解していくんだ」
認識こそが能力にとっては重要であると、以前ドクに聞いたことがある。かつて瞳が人形を操る能力だったにもかかわらずマネキンを動かせなかったが、マネキンも人形であると認識したことによって人形として操れるようになったように、子供の頃に認識をはっきりさせることで、より能力を細かく操れるようになる。
逆に制限をつける結果にもなりかねないが、時にはそれも必要なことだと周介も理解している。
それぞれが能力を使い始め、それぞれが自分の能力と向き合いつつあった。
周介は驚愕していた。目の前にいる少女、みすずの能力に関してだ。
予想はしていた。ある程度予測もできていた。だが彼女の能力は、周介が思っていた以上に有力で、優秀なものだったのだ。
「すごいね……これは……」
それぞれの子供の能力を少し遠くから見ていたドクだったが、彼女の能力には特に興味を惹かれたのかすぐ近くまでやってきていた。
周介が今やっているのはトランプを使っての検査のようなものだ。
みすずの能力が知覚系であることはわかっていたため、それを確認しているのだが、彼女の能力はかなり性能が高いように思える。
「ドク、これって」
「うん、間違いなく未来予知だね。この系統はなかなかレアだよ」
知覚系の能力はいくつかの種類に分かれる。物体などと同調することによって情報を得る同調系能力。周辺の空間や現状を把握する索敵能力。そして中には過去の状況を知覚することのできる過去視と呼ばれる能力も存在しているという。
だが彼女の能力はそのどれにも属さない。彼女は確実に未来を確認しているのだ。
確認の仕方は単純。トランプを神経衰弱の時のように裏の表示で並べて、次に周介が表示するトランプは何かというものだ。
ここで問題なのは、周介も伏せられているトランプのガラが何なのかわかっていないという点にある。なのでどのトランプを表示するかを当てるのではなく、次に開示されるトランプの数字、絵柄を当てることになる。
周介自身もどれを開ければいいのかもわからない。どれがその絵柄なのかもわからない中、周介の気まぐれとその時の思いつきで開くような状況にもかかわらず、みすずは完璧にそれを言い当てて見せる。
ただ単にトランプの裏側を当てるというだけならば知覚系の索敵能力者なのだろうが、彼女は周介がこれから開ける絵柄を的中させている。
彼女が見えている未来がいったいどれほど先のものなのかは不明だが少なくとも数十秒先程度の未来までは確定的に見えているのは間違いない。
何せ連続して十枚程度のトランプの絵柄を全て言い当てたのだから。
彼女の能力を目の当たりにして、周介は彼女の能力を鍛えることは非常に重要だと理解していた。そしてそれはドクも同じ考えだった。
「ドク、この子の能力は」
「うん、慎重に、だけどかなりしっかり鍛えてあげなきゃいけないね。あらかじめ話は聞いてたから、予想はしていたよ」
あらかじめの話というのは周介の現場での話だった。周介が攻撃を知覚するよりも早く、みすずはその攻撃を察知していた。
周介の攻撃や脅威への察知速度は異常だ。未来予知でもしているかの如く相手の攻撃を察知して回避行動に移る。
葛城校長の指導によってその脅威を察知する感覚はさらに鋭くなり、鬼怒川だって周介を捕まえるのに苦労するほどなのに、みすずはそれを上回る速度で攻撃を知覚した。
そこまで来るともはや未来予知しかありえないという予想は見事に的中したといえる。
「何処まで見えるのか、何が見えているのか、いや、そもそも見ているだけなのかどうか。その辺りもはっきりさせないといけないかな」
「あの時は熱いって感覚を口にしていました。なので未来の五感で感じ取れるものを感知できるのかと思いますけど」
「それはまたすごい能力だ。あとはその未来がどれくらい遠くまで見られるのかっていうのが気になるね」
どれくらい遠くという、まるで距離の話でもしているかのような表現に周介は少しだけ違和感を覚える。
だが遠い未来という表現は確かに間違ってはいない。遠くなれば遠くなるほど、予知の負担は増すのか、それとも彼女の場合部分的な未来を読むだけで負担は少ないのか、その辺りも全く不明なのだ。
トランプでそんな話をしていると、ふとみすずの顔が上がり岩肌の向こう側の方に向けられる。
何かあるのかと思った次の瞬間、岩壁の一角が強い衝撃音と共に崩れていく。あの方角は猛たちが向かった方向だ。
やはり未来の情報を確実に得ているのだなと理解して周介はアームを起動させる。
「ドク、みすずを頼みます。俺ちょっとあっちを見てきます」
「了解。怪我はさせないようにって釘を刺しておいてくれると嬉しいね」
「俺もそれは言ったんですけどね。みすず、ドクの……この人の言うことを聞いてそのまま訓練しててくれるか?」
「は……はい」
みすずは少し心細いような表情をしたが、それを表に出さないように努めているようだった。なるべく早く戻ってきた方がいいだろうと思いながら周介は立ち上がる。
「じゃ行ってきます」
アームを使って跳躍し、猛のいる方向に向かう。断続的に発生する衝撃音と岩肌が崩れる音が聞こえてくる。
一体どんな訓練をしているのかと周介はかつてこの場所で訓練していた夏目少年を思い出していた。
暴走する能力というのは危険だ。それだけ回りに破壊をまき散らす。猛がいるから大丈夫だと思っていたが、そういうこともなさそうだと周介は気を引き締めていた。
何せ自分にも攻撃が襲い掛かってくるかもしれないのだから。




