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「お、帰ってきたな。結構時間かかったんだな」
「あぁ、いろいろとみてきた。なんていうか、うちの組織って結構人多いんだなって思ったわ」
自室に戻ってくるとパソコンでゲームをしている手越は周介を笑いながら迎え入れた。新人が自分たちの拠点を見てどのように感じたのか、そしてこれからどのように活動していくのかを想像して楽しくなったのかもしれない。
「それと、俺らのチームの部屋ももらえたよ。仕事場と同一って感じだけど」
「マジでか。よかったじゃんか。個室持ちのチームって割とレアだぜ?小太刀部隊だと結構多い印象だけど」
「そうなのか?」
「あぁ。大太刀部隊は戦うだけの部隊だからな。小物とかも個人の所有物とか、同一の格納庫にしまって置けるから個室を用意する必要がないんだよ。小太刀部隊はどっちかっていうと裏方だから、仕事場兼個室っていうのが多いんだ」
主に外で活動するチームには個室は必要ないが、拠点の中で活動、あるいは仕事をするチームなどはそれ専用の部屋を与えられるということだろう。
訓練室などで訓練できたとしても、自分たちだけがいるスペースはないということだ。そういう意味では小太刀部隊の方が確かに個室を与えられやすいのかもしれない。
「なるほど、そっちのアイヴィー隊も個室持ってたりするのか?」
「いいや、俺らは外の仕事専門の部隊だからな。拠点内に個室はないんだ。うらやましいぜ、暇つぶしに遊びに行ってもいいか?」
「いいけど、まだ椅子と机しかないぞ?はっきり言って全く何もないレベル」
「自分の拠点を自分で作る。なんかいいじゃんか。拠点づくり。ゲームとか置こうぜ」
「それは置くつもり。特に俺の場合、長時間その部屋に居なきゃいけないから、暇つぶし用の道具は必須なんだよ」
実際問題、周介が拠点内の発電を担うとなればかなり大きい割合でその部屋に居続けなければならなくなる。
もちろん訓練などをしても良いのだが、訓練ばかりしていても飽きてしまうだろう。そのためある程度の息抜き用の道具は置いておくべきなのだ。
そうなると先ほど安形と話していたような漫画喫茶の様相を呈してくるかもしれないのだが、そのあたりは仕方がない話なのかもわからない。
「居続けなきゃいけないってのは、あれか、ドクが言ってた?」
「そう。拠点の発電を俺がやるって話。結構長い間動かしてないと充電まで手が回らないっぽいんだよな。もうちょっと出力を上げれば別なんだろうけど、あれ以上やると壊れるっていろんな人が止めに入ってたし」
「あぁ、それでドクがまた簀巻きにされたとかそんな感じか?想像できるわ」
「あぁ、やっぱり毎回そんな感じなのな」
「やってることは間違ってないしおかしくないんだけど、時々テンションのまま突っ走る癖があるっぽくてな、チームの人が良く止めてる。拠点内の開発の人たちがいる区画を歩いてるとたまに引きずられてるドクを見ることができるぞ」
それは見たくないなと周介は渋い顔をしながら荷物を置いて自分の椅子に深く腰掛ける。その日の疲れがどっと出たようだった。
能力を使った時の疲れは独特のものがある。肉体的な疲労ではなく精神的な疲労というのもあるのだろう。
勉強を思いきりしまくった時のような、集中してゲームをやった後のような、脳の裏側が熱を持っているような感覚が長く続く。
「っていうか、新参者の俺たちが個室をいきなり与えられるって、他の先輩能力者的にはどうなんだろ?妬まれたりするかな?」
「まぁ絶対にないとは言い切れないわな。でもぶっちゃけ拠点内にずっといるような人じゃないと別にうらやましいとは思わないんじゃないか?仕事場に個室があるのがいいと思わない人もいるだろうし」
「仕事場……仕事か……そういう風に考えるのか」
仕事。周介は今日、発電と電力供給のために働いている大人たちを見た。だが自分がその仕事の一角を担えているという感覚はなかった。
あくまで周介は動力であり、仕事をするという印象が薄いというのもあるのだろう。それに何より責任をもって自分の仕事をこなすという感覚がどうにもしっくりこなかった。
役割を与えられ、それをこなしたいという気持ちがあっても、それを仕事ととらえるのはどうしても難しかった。
まだこれから高校生になる周介からすれば、仕事というものはもっと、どう言葉にしたらいいかはわからないが、もっと高尚なものであるように思えるのだ。
知識と技術と能力と責任、それらすべての要素を踏まえて行うのが仕事であり、自分のようにたまたま手に入れた能力を使うだけでは仕事とは言えないのではないか、そんな風に周介は考えてしまうのだ。
そして、そんな周介の気持ちを察したからか、手越は薄く笑いながらパソコンに向き直る。
「ま、そのあたりはこれから知っていけばいいんじゃね?正式に入隊になったらそれこそ仕事が増えるだろうからな。頑張れよ新人」
「そうだな、よろしく先輩」
「先輩はやめろって。タメだろうが」
手越は笑いながら手をひらひらと振る。同級生に先輩呼びされるのは好きではないのだろう。当たり前といえば当たり前かもしれない言葉に、そりゃそうだと周介も笑っていた。
寮での食事はそれなり以上に立派なものだった。
器にこれでもかとよそわれた大盛りの白米、わかめと豆腐の味噌汁、とんかつとこれまた山盛りの千切りキャベツとミニトマト、ほうれん草のお浸しにゴボウのサラダ、そしてたくあんときゅうりの漬物。
トレーを持って一つ一つ受け取り、自分の好きな席に座ってそれらを食べる形式になるのだが、これまた量も多ければ種類も多い。高校生にとっては嬉しい内容だった。
すでに何人もの寮生が席について談笑しながら夕食をとっている。食堂にはすでに良いにおいが充満しており、周介たちの食指を強く刺激していた。
「いただきます。いやこの量は嬉しいな。がつがついける」
「中学ではおかわり自由だったけど、こっちも同じっぽいな。疲れた体にはちょうどいいんじゃね?」
「確かにな。米が美味い!ここの飯レベル高いな。こんだけの量作ってるのに」
この場にいる人間は周介たちのような新入生だけではなく先輩である二年生や三年生も含まれる。
総勢どれくらいいるのだろうか、周介は正確な数を把握することはできなかったが、それでもかなりの数の人間がいることはわかる。
それだけの数でこれだけの食事を出すというのはなかなかできることではないだろう。四人分を作るのと四十人分を一度に作るのではレベルが違うのだ。
とんかつは外側の衣はサクサクに仕上がっており、噛むたびに小気味よい音が響き、肉厚の肉が歯で千切るたびに熱々の肉汁を口の中に届けてくれる。かけたソースとよく絡み合い、米を運ぶ箸が止まらなくなっていた。
味噌汁も出汁をよくとっているからか、白みそのさっぱりとした味だけではない深い風味を出している。米を口の中にたくさん押し込んで、噛みながら味噌汁を飲む。いかにも男子高校生らしい荒っぽい食べ方ではあるがこれがまたよく合う。
千切りキャベツもちょうどいい細さにしてあるからか、キャベツの歯ごたえが口の中に瑞々しい感覚を取り戻してくれ、ミニトマトの酸味と甘みがとんかつで脂っこくなった口の中を一気にさわやかにしてくれる。
ほうれんそうのお浸しも、普段周介が食べるものとはどこか違っていた。ほうれん草の歯ごたえと、だしと醤油によるどこか不思議な風味が口を通して鼻を通過する。ゴボウのサラダはゴボウの歯ごたえを残したまま、和えられたゴマが良いアクセントになっている。
そしてすべての食材の味を一度リセットしてくれるたくあんときゅうりの漬物。これは市販のものではないようで、今まで食べたどの漬物とも違う印象を受けた。
たくあんの絶妙な塩辛さと甘さ、きゅうりの漬物のさっぱりとした味付け。どれもこれもがシンプルに美味いと感じるものだった。
「手越はこの飯を中学の頃ずっと食ってたのか」
「あぁ。中学の寮も似たような感じだったな。美味いだろ?これ食べるとさ、よその料理が不味く感じちゃうのが玉に瑕なんだよな。比較対象が美味すぎて」
「確かに。これ毎日食べてたら舌が肥える。間違いなく。つーかあれだな、部活やらないでこれ食べると間違いなく太るよな。舌だけじゃなくて物理的に」
「あぁ確かに。外で活動してないとたぶん太るな。でもお前の場合、たぶん普通に運動とかはしまくるだろうから、太るってことはないんじゃね?かなり動くだろ?」
「たぶんな。でもぶっちゃけこれからどうなるかはわかんないだろ?定期的に運動しまくったほうがいい気がするんだよなぁ」
「部活に入れればいいんだけどな。走り続ける形とか?陸上部とか」
「いやだ。あんな走ってるだけの部活は嫌だ」
味噌汁を飲みながら周介は目を細める。ゲーム形式で進められる運動ならばともかく、ただ走るだけというのは苦痛でしかない。
苦痛だからこそやっているという人間も少なからずいるのだろうが、周介はそのようなことはしたくなかった。
「ってかさ、単純に俺らが使った場合って、カロリー消化するのか?」
そう言いながら周介は自分の目を指さす。それがどういう意味なのか手越も正しく理解したのだろう。唸りながらとんかつを噛み千切る。
「どうだろうな。ぶっちゃけ俺もそのあたりは詳しくない。ドクに聞けばわかるんだろうけど、あんまり動いてない人でも、使えば疲れたりするって言ってたし」
能力を使うことによってカロリーを消化するのか否か、それは割と重要な話でもあった。周介は先ほど能力を使った時に独特の疲れがあるように感じたが、これが肉体的なものなのか精神的なものなのかはまだわからない。
特に周介の場合自分の体も動かしながら能力を使うことが多かったために、肉体的疲労と精神的疲労の区別がついていないというのも理由の一つだ。
「俺も長い事使ってるけど、俺も結構体動かしながら使うことがあるからよくわからないってのが正直なところだな。あんまり動かない使い方してる……安形とかどうよ?あいつ基本的に室内で活動してたろ?聞いてみればいいんじゃね?」
「女子に運動とかカロリーの話をすると面倒くさいぞ?うちの妹にその話した時はデリカシーないって怒られたことがある」
「あぁお前妹居るのか。なるほど、女子はその辺面倒くさいな。ってことはうちの桐谷も聞かないほうがいいな……あとは……運動しない形の人っていうと」
「運動しないで室内にいる人か。結構いそうだけど……同年代だとどうなんだ?」
「いるにはいるけど、そこまで太ってないぞ?中肉中背って感じ。実は結構カロリー使ってるのかもな」
今度そのあたりはドクに聞いてみようと、周介は心の中にその疑問をしまっておくことにした。
米を口の中に放り込みながら、能力のことについてわかっていることは少ないなと、今更ながらに実感していた。