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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
三話「外れた者の生きる道」
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「よしよしいいぞ。周介君、どんどん加速してくれるかい?まだまだこの設備はこんなもんじゃないんだ。どんどん上げていってくれ」


「上げていくのはいいんですけど、いきなりは怖いんで少しずつ上げていきますよ」


 周介はこの施設がどれほどの耐久力を有しているのかを正確に把握していない。そのため目の前にある画面を見ながらゆっくりと回転速度を上げていた。


 その画面も、おそらく発電許容量などをわかりやすく視覚化しているのだろう。周介が回転数を上げていくのにつれて、ゲージが徐々に増えているのがわかる。


 こういった表現をしてくれると細かい理屈をわかっていなくてもわかりやすいために非常にありがたかった。


「なんだいもっと上げてくれていいんだよ?っていうかぶっちゃけ一度ぶっ壊れるまで上げてほしいんだよね。もしもし全員聞こえるかな?今から何かしらが壊れるまで上げていくから周辺に注意してね」


 ドクが無線でそのような無茶苦茶なことを言うと、無線の向こう側から悲鳴のような非難の声が大量に届いてくる。


 もはやブーイングに近いその無線の声に、周介は顔をしかめてしまっていた。


「あの、滅茶苦茶嫌がってるんですけど」


「嫌がろうとなんだろうとこういうことは一度はやらなきゃいけないんだよ。計算である程度の強度を求めることができても、結局のところそんなものは机上の計算でしかないんだ。現実に今ここにある物体の強度を知ることはできないんだよ。なら今、まだどうとでもなるときに一度壊してどこが弱いのかを検討したほうが有意義じゃないか。スクラップアンドビルド!破壊の裏に創造あり!壊さないと作ることはできないじゃないか!」


 ドクの言葉を聞いているとどうしても作り出す側の人間とは思えないような言動が次々に出てくるから不思議である。


 スクラップアンドビルドというよりはスクラップアンドスクラップという印象を受ける。


 本人は大真面目なのだろうが、その周りの人間はそれ以上にまじめだからこそ作ったものを壊されたくはないのだろう。


「でもその、一度壊しちゃうとあれじゃないですか、また本部への電気の供給がだめになっちゃうんじゃ」


「まぁそれはね、仕方ないよね。でもそれは必要なことなんだよ?いざって時、たくさんの電力供給が必要って時に限界点を知っていないといけないだろう?これは必要経費ってやつさ。通常の発電機であればいいけれど、この能力発電に関しては過剰供給試験というのは必須項目だよ」


 通常の発電機のように常に一定の発電を行うことを前提として作られる設備と違い、この設備は人力によって、能力によって発電を行っている。


 常に一定の発電を行うということができないために、ある程度強弱にも波が出てしまう。そういう意味ではドクの言うように限界点をあらかじめ知っておく必要があるというのは何もおかしな話ではないのだ。


 だがそんなドクの言葉を聞いているのかいないのか、無線の向こう側からは悲鳴にも似た声が聞こえてくる。


 せっかく作ったものを壊さないでほしいという男たちの絶叫が聞こえてきてしまっては、周介としてはこれを行うことは難しかった。


「ドク、この悲鳴を聞いても同じようなことができますか?さすがに俺にはそんなひどいことはできないんですけど」


「何を言うんだい!これは必要なことだ!絶対にやっておいて損はないんだ!僕の言うことには多少の間違いはあるけど今回ばかりは間違いじゃないと確信しているよ!悲鳴に関しては残念だけど聞こえないね。僕には讃美歌のように聞こえるよ」


 この悲鳴が讃美歌のように聞こえているのであれば、ドクの性根はほとほと腐っているといわざるを得なかった。


 少なくともこの状況でまともに笑えているのはドクだけだろう。きっと頭のネジがどこか外れてしまっているのだ。


「安形、どうすればいいと思う?」


「どうするもこうするも、あんたの好きなようにしたら?その発電はあんたの思うが儘なんだから」


 瞳の言うことももっともなのだが、目の前でそれをするように迫る大人がいるという状況で、それをしないという選択肢をとることがどれだけ困難なことだろうか。


 周介が困っていると瞳は小さくため息をついてドクと周介を見比べる。


「それに、心配するようなこともないでしょ。たぶんそろそろ……」


「そろそろ?」


 瞳が何を言いたいのかわからないでいる周介だったが、瞳が何を言いたかったのかをその数秒後に理解することになる。


 周介たちがいる部屋の扉が勢いよく開き、その向こう側から何人もの男たちがなだれ込むように部屋の中にやってくる。


「いたぞ!捕まえろ!」


「俺たちの努力を無駄にさせてたまるか!」


「風見を止めろ!やらせるな!」


 口々にそう叫ぶ悲壮な表情を浮かべる男性たちが、一直線にドクめがけて走ってくる。


「な!君達!裏切るというのか!この試験は必要なことなんだ!なぜそれがわからない!」


「ふざけるな!これ作るのに一体どれだけ時間かかったと思ってんだ!」


「やらせはせん!やらせはせんぞ!」


「この馬鹿が!突っ走るといつもこれだ!」


 あっという間に捕らえられ、拘束されていくドクをしり目に、周介は瞳の方を見る。瞳は「ほら、言ったでしょ?」とでも言いたげに手を挙げていた。


 世の中というのはこういう風に、走るものがいれば止める者もいるのだなと周介は感心してしまっていた。


「クソォォォ!僕は間違っていない!間違っていないんだ!周介君!君ならばわかるだろう!?正しいはずなんだ!そうだろう!?」


「ふざけんなこの野郎!」


「おい!こいつを黙らせろ!余計なことを喋らせるな!」


「縛り上げろ!つるし上げろ!」


「いやぁ、その光景を見てもあなたが正しいとは思えないんですよドク。残念ですけど」


「もがぁああぁ!むがあぁぁあぁあ!」


 大勢のチームメイトであるはずの男性たちに取り押さえられ、縛り上げられ、口には猿轡を噛まされ、とうとう喋ることもできなくなったドクは手も足も出ない状態でもがいている。


 どうすればここまでチームメイトから雑に扱われるのか不思議でしょうがなかったが、ドクがやろうとしていたことを見ると仕方がないようにも思えてしまう。


 こればかりは本人たちの積み重ねた信頼がものをいうというべきだろう。ここまで手際よく縛り上げられているのを見ると、もはやこの光景は慣れたものなのかもしれない。


「いや失礼、見苦しいところを見せてしまった」


「本当にね」


「お、おいおい安形……もうちょっとオブラートにだな……」


「いや事実だから仕方がない。百枝君だったね、このまま安定して電力の供給を行ってもらいたい。まずは一時間程度頼みたいんだけど、構わないかな?」


「それは、構いませんけど……」


「この数値が八十になるまで回転数を上げてその状態を維持してほしい。必要なものがあったら言ってくれ、すぐに取り寄せるから」


「おら行くぞ風見!お前現場放り出してこんなところで油売ってんじゃねえ!」


「むがあああ!もがあぁあああ!」


「うるせぇ!さっさと仕事しろ!」


 周介たちに優しく説明をする男性たちをよそに、何人かが縛り上げられたドクを引きずって部屋を出て行った。


 これだけの人の上に立っているのだから、すごい人だというのはわかるのだが、どうにも扱いが雑な気がしてならなかった。


「あぁ、気にしなくていいぞ?あいつはいつもあんな感じだ」


「突っ走って迷惑かけると大体あぁやって縛り上げられて仕事に戻される。だから気にする必要がないよ」


 何と自浄作用の高いチームなのだろうかと周介は感心すると同時にあきれてしまっていた。


 何よりもあのような状態でいることが当たり前であるという事実がなんとも恐ろしい。


 少なくともあんな状態が当たり前にはなりたくないなと周介は少し心配になっていた。


 すぐ横にいるチームメイトである瞳の方を見て、周介はわずかに目を細める。


「……なに?」


「いや、チームを組んだら、いずれあぁいう扱いを受けるのかなって」


「やるわけないじゃん。ドクターのあれは行き過ぎてるだけ。何の相談もなしに突っ走って周りに迷惑をかけるから止められてんの。変なことしなきゃあの人だってあんなことされないっしょ」


「そうなんだよ。安形さんはよくわかってる」


「その通りなんだよ。さすが安形さんはわかっているね。違いが判る女だね」


 瞳に同意するように、しみじみとうなずく男性二人に、このチームにおけるドクの立ち位置がなんとなくわかってきた。


 おそらく、ドクは素晴らしい能力はもっているのだろう。それは発想や技術という意味でもあり、彼がもつ能力という意味でもそうなのだろう。


 だが、どうにも彼は行き過ぎる、やりすぎるきらいがあるようだ。それを慌てて周りが止めようとするほどに。


「あの、やっぱぶっ壊すのはまずいですよね?」


「まぁ、あいつの言いたいことも理解はできるんだ。いつかは耐久力試験をやるべきだとは思う。けどそれはもう一つの設備ができてからでも遅くはないと思ってる」


「一つしかないものを壊せばそれだけで電気が止まるからね。今壊したらそれだけで復旧作業は徹夜コースだ。さすがにそれは勘弁してもらいたいよね」


 ドクの言っていることが正しいと理解しながらも、それをやるにもまた正しいタイミングがあるのだと主張する二人。


 ドクがテンションのままに行き過ぎるのを止めることができる人間がまさか彼が所属するチームの中にいるとは思わなかっただけに少し複雑な気分だった。


 何人かドクの近くに駐在するべきなのではないかと思ってしまうほどである。


「何かほしいものや装備があったら言ってくれ。君たちのためならいくらでも作るぞ」


「というか欲しくないものでも作るよ。いくらでも作るよ!俺らの趣味のためにもな!」


 完全に仕事ではなく趣味と言い切った男性たちに、ドクと同じ匂いを感じながらその部屋から出ていく男性たちを見送って、周介は呆けてしまっていた。


「……なんていうか、あれだな」


「何?」


「類は友を呼ぶってこういうことを言うのかなって思った」


「あぁ、確かにね。そうかも」


 ドクだけがおかしいのではなく、ドクを取り巻く環境そのものがおかしいのであると周介はこの時理解した。


 縛り上げられて引きずられるドクは、周介がまた一つこの組織のことを学んだのだということをまだ理解していない。


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