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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
一話「蒼い光を宿すもの」
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「超能力、超能力者、そういった類の事柄を都市伝説や噂の類で知っているのではないかな?どこかで耳にしたことは?」


 噂を聞いたことがないといえばうそになる。実際そういう噂があったのは事実だし、そういう話があったのも知っている。


 だがそれはあくまで噂で、昔あったアニメ作品をオマージュしたものであると周介は考えていた。


 だが違うのだと、そうではないのだと、周介は脳裏で考え始めていた。


「君が飛び降りてからすぐに、列車は正常に運転できるようになった。車両を調査したけど、外部から操られた形跡も痕跡もなかったそうだ……つまり、あの暴走は君が原因だった」


「……無茶苦茶だ」


「君からすれば無茶苦茶な理屈なのかもしれない。でも今日に限って、君の周りでおかしなことは起きなかったか?普段なら起きない、何か不思議なことが起きたんじゃないか?電車のことだけじゃない、いつもと違う何かが」


 心当たりはあった。だがそれと今回の列車の暴走を結びつけるのは明らかに無茶苦茶だ。何より何も理屈になっていない。


 周介がたまたまよくわからない光を目に宿し、たまたまその日周介はよくわからない事柄によく遭い、たまたま、電車の暴走に巻き込まれただけ。


 確かに言葉にすれば、随分と偶然が重なっているようにも思える。だがそれでも、それでも簡単にそうかもしれないとうなずくことはできなかった。


「言葉で説明したところで、正確な理解は難しいだろう。であれば、実演あるのみだ」


 そう言って井巻が小さくため息をついてからゆっくりと目を閉じて、再び開くと、その目は蒼く光り輝いていた。


 動画の中にあった周介と同じように。そしてそれを見た瞬間、机の上に置いてあったパソコンとつながっていたマウスが持ち上がる。


 誰の手も触れていないというのに。


「わかりやすい形で見せるのが、やはり一番いいな。理解したか?あの時君は、これと同様、あるいは似たような能力を発現していたのだ。君が意識していたかどうかは定かではないがな」


「本当に……超能力……?」


「そう、そして君も、同様の力を持った」


 浮いていたマウスはゆっくりと机の上に戻り、何事もなかったようにまた動かなくなった。


 何かのトリックではないかと周介や英二は疑っていたが、目の前に周介と同じような状態になった人間が目の前にいて、いきなり物が宙に浮きだせば、頭が追い付かなくても『そうなのではないだろうか』という考えが浮かんでくる。


「ここからが本題だ。今回の列車暴走の件、鉄道会社に発生した損失を、誰が補填するかという話になってくる」


「……補填?」


「そうだ。損失がある以上は当然それを埋めなければならない。単なる事故であれば仕方がないと納得できることもあるだろうが、今回の場合は人の手によって発生させられた。君の手によって」


「待って、待ってください……まさかですけど……俺に払えと?」


「そうだ。これが明細になる。総額二千九百六十七万だ」


 取り出された書類と、そこに記載された金額とその内訳の紙の束。そして一番上にある総額金額に記載されている井巻が言った金額と全く同じ額の請求書。


 約三千万。そう簡単に払えるような金額ではないのは、周介のような子供でも理解できた。


「こんなの……こんなの無茶苦茶だ!何の証拠もないのに!」


「……だからこそ、警察の方と一緒に来た。そういうわけですね」


 父である英二のわずかに震える声に、周介は目を見開く。動揺か、それとも恐怖か。どちらにせよ父である英二はこの状況をほぼ正確に理解できているようだった。


「ご理解が早く助かります。ここにいる橋本さんは、我々と協力関係にあります。そして、今回被害に遭った鉄道会社も同様に。つまり周介君、君が犯人だったという証拠を用意することくらいは簡単だということだ」


「……妙な力で威圧し、権力で威圧し……そこまでして、あなた方は周介に何を求めるというのですか?少なくとも、金だけを求めているとは思えない」


 英二の言葉は強い。とはいえ、目の前にいる人物たちを恐れているのも確かだ。英二は良くも悪くも普通の男だ。普通の会社員だ。


 このような状況に、頭も心も完全に置いてけぼりを食らっているような状態だろう。わずかに震える声とその手と、頬から垂れる冷や汗がそれを物語っている。


 だがそれでも、父親として子供を守らなければならないという意志が、彼を動かしていた。


「非常にお話が早く助かります。周介君。我々は、君の能力が非常に有用なものだと判断している。詳細はわかっていないが、可能ならば我々の仲間になってほしい」


 仲間になる。言葉だけならそこまで威圧的ではない要求のように感じられる。だが周介にはそれが脅しのようにしか聞こえなかった。


 こんな理不尽が許されていいのかと、周介の内から燃え上がるような怒りが湧いてくる。


「お前を犯人にするぞとか、金を請求するぞとか言っておいて、その後に仲間になれとか……随分と都合のいい言い方ですね」


「否定はしない。ならこう言い換えようか。君を雇いたい。君の負うべきこの金額を、すべて我々が一時的に引き受ける。その代わりに、君は能力を行使して、我々に協力してほしい。給金などに関しては追って相談になるが」


 仲間になるという言葉から一転、雇うという内容に変化したのは、おそらく井巻なりの交渉術なのだろう。


 無償から有償へ。この違いは大きい。周介からすればそれでも怪しいことこの上ないのだが周介の隣にいた英二は目の前にいる井巻から目を離さずに口を開く。


「周介、聞く必要はない。必要であれば金は用意する。お前がこんな人たちの言うことを聞く必要はない」


 それは、父である英二の精いっぱいの言葉だろう。警察を相手にしている以上、下手な行動は自分の首を絞めるだけ。そして妙な力を扱うものがいる以上、暴力などに訴えようものなら逆に自分たちが殺されかねない。


 そういう状況に立たされているのだと英二は判断していた。


 だからこその精いっぱいの言葉だった。平凡な男が見せる、精いっぱいの抵抗だった。


「父さん……でも……」


「お前は余計な心配はしなくていい。こんな妙な連中とかかわる必要はない」


 それが、ただの強がりであることは周介にも理解できた。


 自分だけではない。母や妹、弟のことを考えれば、明らかにこんなことを受け入れられるはずがないのだ。


 三千万という金は大金だ。一朝一夕で用意できるようなものではない。


 父親である英二は平凡な男だ。会社勤めで、この家もローンを組んで購入している。そんな状態で新しく借金などしたら、返済までいつまでかかるか分かったものではない。


 そして何より、先ほどの会話から察するに、相手が取れる手段はこれだけではないということを周介は理解できていた。


 今回、都合よく周介がこういったことを引き起こした、というより、その事件に巻き込まれたからこそこうなっているだけだ。


 先ほど言ったように、警察が相手の側にいる以上、どのような難癖をつけてでも周介を身内に引き入れようとしても不思議ではない。


 それこそ歩いているだけでも、何かしらの問題を突きつけられる可能性がある。


 そのたびに金銭を要求されれば、いくら何でも、どうしようもない状態になるときがくる。


 逃げ場などない。いや、最初から相手は計画して、完全に詰んだ状態を作り出していたのだろう。


 何の用意もできていない周介たちがどうすることもできないのは無理のないことだ。


 二階にいるであろう麻耶と風太に迷惑をかけるわけにはいかない。それにこれ以上、父や母の負担を増やすことはしたくない。


「俺は構わない。あんたたちに雇われることくらい」


「周介!」


「でも!悪いけど、今回のことで俺は……その……志望校を受験できなかった。滑り止めの高校を受けなきゃいけない。だから、せめて四月までは待ってほしい。俺は、高校には通いたい」


 本当であれば、周介は公立の高校に通いたかった。滑り止めの私立はあくまで最悪の手段だった。


 だが、こうなってしまった以上は仕方がないとしか言いようがない。選り好みをしているだけの余裕は周介にはないのだ。


「そのあたりは心配しなくても構わない。こちらですべて手配を整える」


「……どういう……?」


「君が我々に雇われてくれるというのであれば、我々はそれなりの待遇を君に用意するということだ。まずは、君がこれから通う学校をこちらで用意しよう」


「は……?」


 いつの間にか取り出されていた高校のパンフレットを前に、周介と英二の目は丸くなる。


 最初からこうなることを予想して話をしていたのだろう。いや準備をしていたというほうが正しいだろうか。


 全て掌の上だったということを感じ取り、周介は腹立たしさを感じていた。


「こちらの仕事をしてもらう以上、こちらも君の状態を常に把握しておきたい。そのため、こちらが指定する学校に通ってもらう。学費は……福利厚生の一環として我々が負担しよう」


「待て、待ってくれ。周介、考え直せ。お前がそんなことをする必要は」


「父さん、こいつらのこと、父さんだってわかってるだろ。今回こっちが金を払っても、同じようなことになるだけだ。こいつらの目的が俺なら、俺だけで済むならそのほうがいい」


 兄として、妹と弟を守らなければならない。あの二人に被害が及ぶようなことは避けなければならない。

 だからこそ、周介はパンフレットのおかれたテーブルに手を置いて身を乗りだす。


 混乱している頭の中で、周介の頭の中は、家族を守らなければという想いでいっぱいになっていた。


「約束しろ。俺の家族にはもう手を出さないと。俺が行けば、それで十分なんだろう?」


 周介の中にある怒りはまだ収まらない。それどころかどんどんと大きなものになっている。こんな男の言いなりにはなりたくない。だが、家族をこれ以上巻き込むわけにはいかない。


 この男の言い分が確かなら、あの列車を暴走させたのが自分なら、これ以上家族を巻き込みたくはない。


「……約束しよう。君の家族に不利益になるようなことは何もしないと」


 その言葉を聞いて、周介は井巻の隣にいる橋本の方に目を向ける。橋本はこの件にこれ以上関与するつもりはないのか、小さく安堵の息をついているように見えた。


「では、正式な書面はこちらになる。君の場合は未成年だ。ご両親に代わりに書いてもらうことになる。返答は……三日後の土曜日、また来ます。その時までに準備をしておきなさい」


 机の上に出された書類は、周介の契約書類と、今後の生活に必要なものやその注意事項のようだった。


 どこまで用意周到なのだろうかと、周介は内心舌打ちをするが、それでも、相手の方が上手だと認めざるを得ない。


 一方的な交渉。それでも、相手は最低限自分たちの尊厳は守っていたように周介は感じられた。


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