0083
日が傾き、徐々に暗くなっている学校ではまだ学生たちが部活動にいそしんでいる姿を見ることができていた。
グラウンドに出て運動をしている生徒が何人もいる中で、自然と周介と瞳の視線はそちらの方へと向く。
「ねぇ百枝、あんた中学では部活とかやってたんでしょ?」
「やってたよ。卓球部だった。試合にも何度も出たことあるんだぞ」
「へぇ……楽しい?」
楽しいかどうかと聞かれると、周介としては正直微妙という気持ちもあった。練習は面倒くさかったし、試合に出れば否応にも結果を求められるしで、正直に言えばそこまで楽しかったという記憶はあまりない。
卓球部だったのも、そこまで激しい運動をしたくないからというのと、反射神経がよかったからというのが第一の理由だった。
実際は体力づくりと銘うって何キロも走らされていたわけだが、そのあたりは運動部であるため仕方がないといえる。
とはいえ楽しくないだけがすべてだったわけではない。部活ということもあって、同級生や近い学年の生徒との関わり合いは楽しかったし、何より周介自身がそこそこ強かったことから部活の中ではそれなりの立場にいたというのもあるかもわからない。
中学の部活動は半ば強制だったため、活動もほぼ強制だった。文科系の部活に入ればよかったと思わないこともないが、それでも結果からすれば、楽しかったのかもしれない。
何せ三年間やり続けたのだから。
「それなりに楽しかったと思うぞ。もうできないけどな」
「……そればっかりは仕方ないって。逆に言えばうちらに関係ない部活ならやってもいいんじゃないの?あんたの場合は……回らないもの、ボールに触らなければいいんでしょ?」
「球技以外の運動系か……陸上とか?けど何かなぁ」
周介は別に走ることはそこまで好きではない。というかむしろ嫌いな部類だ。運動そのものがあまり好きではない周介からすれば、運動系の部活に入れといわれた瞬間に嫌気がさすだろう。
とはいうものの、三年間卓球部にいた経験からして、やってみると案外楽しんでしまうのかもしれないが。
「んなこと言ったら安形なんて選び放題だろ。人形が出てこないのなんていくらでもあるんだから」
「それはそうなんだけど、あたし運動あんまり好きじゃない。疲れるじゃん」
「そりゃ運動してるんだからそうだけどさ。やりたいとか思わないのか?」
暗くなってもなお動き続けている生徒たちを見る瞳の目は、わずかに憧れのようなものを含んでいるように見えた。
能力者である周介たちは、運動などに参加するのは極力避けたほうがいい。ある程度の限定があるとはいえ、それが結果に影響を及ぼさないとも限らない。
だが先に周介たちが言ったように。自分の能力に関係のない内容であればよいのではないかという考えもできる。
「どうだろ……結局中学でも部活には入ってなかったから、今更入るっていうのもなんか違う気がする」
「中学からエスカレーターじゃ、そうかもな。じゃあ新しい部活とか作ればどうだ?」
「例えばどんな?」
「ゲーム部。俺音ゲーと格ゲー好きだから協力するぞ?」
「それ絶対に許可下りない奴じゃん。あたしが学校側だったら間違いなく許可しないって」
それもそうかと周介は笑う。だが部活動を作るというのは瞳にとっても悪いことではないと思ったのだろうか、目を細めながら何やら考えだしていた。
「それならもっとほかの部活を作る。作ったら入ってくれるわけ?」
「面白そうな内容だったらな。どっちにしろ俺もまともな部活には入れないだろうからな。いっそのこと手越たちも巻き込むか?」
「うちらみたいのを集めた部活ってことね……まぁ悪くはないと思うけど。内容次第って感じ?」
「やっぱ遊びとかそういうのがいいんじゃないのか?表向きはなんかの挑戦って感じにしてさ」
「……部活ってそういうものなの?よくわかんないんだけど」
今まで部活動というものに満足に参加したことがない瞳からすれば、部活動というのは完全に未知の環境だ。
具体的に何をやるのか、何を楽しむのか。物語などを見て、身近にいる友人たちを見てそれを察知することはできる。何となく理解することはできる。だがそれがどういうものなのかの本質を知ることはできない。
瞳からすれば、部活動というのは身近で、遠い場所なのだ。
「正直に言っちゃえばそこまで楽しいもんでもない。けどまぁ、やってるとたまに楽しいって思う時がある。そんな感じ?」
「それじゃあんまりやる気が起きない。もっと強気なアピールしてよ」
「えぇ……じゃあ、あふれる汗と涙、弾ける若者の青春、友情、努力、勝利、とか?」
「暑苦しい。もっとさわやかに」
「ダメ出しが面倒くさいんだけど。部活なんて大抵暑苦しいもんだろうがよ。少なくとも運動部はそんな感じだぞ」
「一気にやる気なくした。運動部は却下で」
部活に入りたいのか入りたくないのか、それともただの強がりなのか、瞳のよくわからない心情の変化に周介はため息をついてしまっていた。
ただ、その気持ちがほんの少しだけわかってしまう。もうそこに行くことができないということを周介自身理解しているからなのだろう。