0082
「さて、んじゃここから寮への上がり方を教えよう。これは簡単、寮監室に直接つながってるエレベーターがあるから、それに乗るだけ。インターフォンで寮監室と話ができたり、寮監室の様子をカメラで見ることができるから、問題がなかったら上がる感じかな」
鬼怒川が手際よくエレベーターの操作盤の横にあるインターフォンと画面を操って、画面の向こう側にある寮監室の様子を確認する。少なくとも現時点では問題なさそうだった。
だがこの寮監室の一体どこにエレベーターがあるのか、全く想像できなかった。
少なくとも現時点で映っている光景から、エレベーターの出入り口らしきものはない。あるのはタンスや机、冷蔵庫などだ。
普通に生活できる程度の空間であるために、その中に出入り口があるとは考えにくい。
「寮監室からこっちに出ることはできないんですか?滑り台よりこっちの方が安全そうなんですけど」
「一応できるよ。けどそっちは操作がさらに難しいかな。うちは見ながらじゃないとできない。何せ普通に使うものの中にあるからね」
今までの出入り口は柱や壁などに操作盤があったが、今回の出入り口の操作はそう簡単なものではないらしい。
こちら側、地下から寮監のある地上へ向かうのはそこまで難しくないようだが、逆はかなり難しく設定してあるようだった。
「寮監はうちらの関係者だからそのあたりは気にしなくてもいいよ。んじゃ、三人ずつエレベーターに入って」
「三人?いっぺんにはいけないんですか?」
「何分狭いからね。頑張っても三人が限界かな。んじゃてごっち、加奈ちゃん、ドク、先に行ってて」
「了解です……ってほんとうにせまいな」
どうやら入り口が狭いのではなく、エレベーターとして機能できる空間が狭いようだった。
危機迫るときに使うものでもないためにそこまで容量を必要としないのだろうか。それにしても三人乗っただけでかなり密着した狭さになってしまっている。
そして扉が閉まってしばらくすると、寮監室のタンスの扉が開き三人が出てくる。
「箪笥が出入り口ですか」
「そうなんだよ。だからうっかり普通の人が使わないようにかなり難しくしてあるってわけ。んじゃ次うちら行こうか」
戻ってきたエレベーターに乗り込んで、先ほどと同じように上昇していくエレベーター。若干機械音が大きく響いているが、快適性などは度外視されているのだろう。しばらく振動と轟音に包まれていると、目の前の扉が開き、その向こう側にあるタンスの扉もゆっくりと開く。
「うわぁ、こりゃ映画とかでありそうな仕掛けだな」
周介はタンスから外に出ると、その仕組みを見ようとタンスの方を振り向くが、すでに箪笥の扉は閉まり、どのような構造になっているのかを知ることはできなかった。
「これで寮の案内は終了。とりあえずなんかあったらさっきの出入り口から下に降りるように。緊急信号送られたら全員ね」
「わかりました。ちなみに組織の人間で先輩以外にも寮に住んでる先輩はいるんですか?」
「いるよ。大太刀部隊だけどね。小太刀部隊だと……だれだろ?」
「乾先輩とかですかね。あの人あんまり現場には出ませんけど」
「確かに。どっちかっていうと依頼の前の活動の方が多いよね。まぁとにかくそんな感じ。なんか困ったことがあったらうちに相談しな。これうちの連絡先ね」
鬼怒川と連絡先を交換した周介は、頼りになる先輩と一人知り合いになることができたと素直に喜んでいた。
とはいえあまり頼りすぎても良くないということは自覚している。ほどほどが一番だろう。
「そういえばドクは何の用で学校に行くんですか?」
「ん、あぁそういえば言っていなかったね。実は学校側とこの拠点側の電源供給システムを一新するんで、その試験に行くんだ。ようやく少ない電力でやりくりする必要がなくなるよ」
「へぇ、いつも薄暗かったですからね。ようやく俺らの部屋も明るくなりますか」
「それに関しては本当にごめんね。もっと早い段階でこれができていればよかったんだけどさ、さすがに見つかるかどうかもわからないものに予算は割けなかったんだよ。そのあたりは大人の辛いところさ」
どういった事情があったのかはさておき、今まで必要ではない部分は非常に薄暗かった拠点がようやく明るくなる。これは素直に喜ぶべきところだろう。
「ひょっとして、今までこの学校から電力を分けてもらってたんですか?」
「半分正解。他にもいろんな場所から少しずつ分けてもらっていたよ。問題にならないようにちょっとずつだけどね。だから今回ようやくそれが解消されてありがたい限りだ。君たちも来るかい?というか周介君にはぜひ来てほしいんだけど」
何故か名指しされた周介は、その理由を考えてある答えに行き着く。
今自分がもっている小型の携帯充電用の発電機。そしてドクが何かいろいろと作っていたという事実。そして周介の能力を見てものすごくテンションを上げていたということ。それらすべてを総合して考えると、その答えに行き着くのは難しくはなかった。
「ひょっとしてですけど、新しい電源って、俺の能力で発電する感じですか?」
「ザッツライト!その通り!君はこれから我が拠点の巨大発電機の動力となるのさ!といってもいつも能力を発動する必要はないよ。そのための蓄電池も大量に作っておいた。一日発電すれば三日はもつ程度のものだけどね」
移動のための足として、そして発電機の動力として。周介はこの組織の中で確実に役割が増えていくのを感じていた。
全くうれしくないわけだけれども。
「そしておめでとう、君が拠点の発電係を担うことによって、君達のチームには専用の部屋を用意させてもらった。君のチーム専用の個室だ。これを用意するのに偉く面倒な手順を踏ませてもらったよ」
「うわ、いいなぁ、うちもまだ個室もらってないのに」
「先輩の場合個室あっても使わないでしょ」
「まぁね」
どうやらチームによって個室を与えられるかどうかが違うらしい。まだ正式にチームとしての活動もしていない周介たちが部屋を与えられるというのは、嬉しくもあり、同時に申し訳ない気持ちにもなる。
「あの、ドク、気持ちは嬉しいんですけど、先輩能力者の人たちを差し置いて俺らに個室を与えるっていうのは、ドクの個人的な気遣いってやつですか?それなら……」
もし周介の考えている通りであれば、周介は個室を与えられるということを断るつもりでもいた。
あの空間において個室というものがどの程度の価値を持っているのかは知らない。だがほかの誰かを差し置いて与えられたものだというのであれば、それを受け取ることはできないと考えていた。
「君は何というか、本当に気を使うタイプだね。けど残念ながらそういうわけではないんだ。君にその部屋を使ってもらわないと困るんだよ。ついでに言うと、個室が必要なチームにはすでに与えているし、誰か欲しいという要求があったら対応はしているよ」
「あれ?ドク、うち個室欲しいって前に言ったんですけど」
「君はいつも別のチームの部屋に入り浸ったりしているじゃないか。必要ないでしょう?」
「まぁそうですけど」
「そういうわけさ。君が気に病む必要はない。あくまで良いものが手に入ったと喜びたまえよ。まだ素直に受け取れないとは思うけどね」
ドクの言葉に、周介は不承不承ながら頷く。確かにまだ素直にドクたちの善意を受け取ることはできない。何せそもそも組織の一員としてまともに働いていないのだから。
そういう意味では、先ほどの発電に関しては、一つの仕事を与えられたと考えられなくもない。
周介は初めて、一つの仕事を任されたのだ。組織のためになる、周介にしかできない仕事を。
「わかりました。試験には俺も立ち会います。関係ないってわけじゃなさそうだし」
「そう言ってくれると思っていたよ。終わったら君たちの部屋も案内するから、チームメイトの安形君も来てくれると嬉しかったりするんだけどな」
「えー……あたしもですか?」
「そんなに嫌そうな声出さないでおくれよ。君も無関係じゃないんだから。ほらキャンディ上げるからさ」
「何味?」
「イチゴ味」
「……わかりました。いきますよ」
飴につられたのか、それとも最初から行くつもりだったのかはさておき、瞳も一緒に行くことになり周介は少し安心する。
おそらくこれから行く場所には知らない組織の人間もいるだろう。そしてドクは間違いなく作業の監督や指示に回る立場になる。そんな中で周介だけぽつんとただその場にいるというのはかなりつらいものがある。
せめて一人くらい顔見知りが欲しいのだ。道連れという意味でもそうだし、誰か知らない人が来たら紹介してほしいという意味でも。
「手越君たちはどうする?一緒にくるかい?」
「俺らは遠慮しますよ。部屋でのんびりさせてもらいます。百枝、頑張ってこいよ」
「私も遠慮させてもらいます。それじゃあ、またね」
「オーケー。二人ともまたね。鬼怒川君は?君はこないかい?」
「面倒なんでパスです。じゃあ瞳ちゃん、百枝君また今度ね。今度ドライブ連れてってね」
それぞれが寮監室から出ていくのを見届けてから、残された周介と瞳は小さくため息をついてドクの方を見る。
「で、どこでやるんです?その切り替えって」
「学校の地下から延びてる配電設備だね。そこから拠点の入り口に伸びてるところで電力ケーブルが拠点内に入っているんだ。そこの配電設備で行うことになってる」
「学校から電気泥棒してたわけですか」
「言い方最悪だね!でも実際似たようなものさ。ちゃんと許可はもらっていたけどね。他にもいろんなところから電気をもらっていたから、それも一気に切り替えて、君特製の電気のみで稼働できるようにするのさ。君用の発電機もその近くに配置してある。普段使われない出入口だから、こういう時じゃないと見られないぞ?といっても、今後ケーブルとかがなくなれば、その入り口も人の出入りに使えるようになる」
どうやらこの学校の敷地の地下には先ほど周介たちが立ち寄った大きな入り口以外にもいくつか入り口ができているようだった。
設備を稼働させるためだけに使われている入り口。今後その入り口も使うことができるようになれば、もう少し人の出入りも利便性が高くなるというものなのだろう。
「それじゃあ行こうか。後でヘルメットとか渡すから、ちゃんとつけるんだよ?ここから先は大人の仕事の世界さ。君たちが入るには、本当は少し早い場所だから、良く見学するんだよ?学生諸君」
社会人として、大人として、ドクの言葉には重みがあった。周介と瞳は子供である自分の立場を理解し、ドクの後に続いていった。