0081
周介は鬼怒川の道案内に従ってしっかりと運転しながら道を進んでいた。といっても曲がり角などは二回程度しかなく、そのあとは直進していくだけで、五分も走れば目的の場所へとたどり着いていた。
以前ドクと一緒にくぐったことのある、粋雲高校の地下に存在する拠点への入り口がそこにはあった。
「着いた着いた。やっぱうちが移動するよりは遅いけど、それでも楽だね」
「安全運転しましたから。ってこっちにはバイクがあるし」
拠点への入り口には先ほどの場所と同じく駐車スペースがあり、そこには周介のために作られたバイクも存在していた。
そして当たり前のように、今周介たちが乗っている車と全く同じ形の車が置いてある。おそらく各所にこの車を配置して動きやすいようにするつもりなのだろう。
だがそれにしても作りすぎではないかと思えてしまう。
周介たちはいったん車から降りて、そこに置いてあったバイクや入り口の近くに歩み寄る。
「このバイクも百枝君の能力でしか動かせないわけ?」
「そうです。これは腕もついてるんですよ」
「腕?え?腕?」
「えっと、こんな感じで」
そう言って周介が停まっているバイクに対して能力を発動すると、フレームが開いて四本の補助アームが出てくる。
バイクから腕が生えてくるという珍妙な光景に、鬼怒川は素直に驚いているようだった。
「うわぁ、こうしてみると異様な光景だね。っていうか手間かかってるなぁ」
「えぇ、無駄ですけど。でも実際走ってみると結構使えるんですよ。転びにくくなりますし」
すでに周介はバイクなどの試運転などをやっている。車よりずっと確実に操れるため、何より自転車と挙動が似ているために周介としてはバイクの方が好みだった。
もっとも、大勢運ぶことができるという利点に関しては車にはかなわないが。
「あれ?君達、どうしてここに?」
聞きなれた声が聞こえてきて、全員がその方角に顔を向けると、そこにはドクの姿があった。
「ドク、ドクこそどうしてここに?」
「いや、僕はこれから学校にちょっと顔をだしに行こうと思ってさ。これからいろいろまた調整しなきゃいけないことがあって、君達は?あ!その車動かしたのかい!?」
どうやら周介たちがこの車でやってきたということに気付いたのか、ドクは勢いよく周介たちに駆け寄ってくる。
「どうだった!?どうだった乗り心地は!?いやぁこれだけのものに仕上げるのになかなか時間がかかったんだよ。何せエンジンも何もいらないからね。発電機も従来の物とは変えてるし、他のパーツと干渉しないように内部構造を変えたりさぁ。人がたくさん載ることを考えて快適性も追求したかったからそのあたりの備品を一つ一つ考えて、一台作り上げるのにすごく苦労して」
「ドク、ドク、落ち着いて下さい。とりあえず落ち着いて」
ものすごく早口になっているドクを落ち着かせる中、周介だけではなくほかの全員も若干引いてしまっている。
ドクのこの癖はもはや治るものではないなと、周介があきらめさえも覚えている中、バイクにまたがっている鬼怒川がドクの方を向いて不満そうな顔をする。
「ドクター、これ百枝君の能力じゃないと動かせないんでしょ?」
「そうだよ?これらは周介君専用機として作ったからね。あぁ、車に関しては、非常用に電気でも動かせるようにしてあるけど」
「うちにもバイク作ってくださいよ。専用のやつ」
「いや、君能力使って移動したほうが圧倒的に速いでしょ。今更バイクも車もいらないんじゃないの?」
「そういう問題じゃなくて、欲しいものは欲しいんです」
「そのあたりは買ってくれないかなぁ……?」
バイクや車よりも早い能力というのが周介にはどうにもイメージできなかったが、おそらく鬼怒川はそういったことができる能力なのだろう。
大太刀部隊としての訓練の違いか、それとも単純に本人の素質か。道具に頼らなければそういったことができない周介と比べると随分と恵まれた能力であるようだった。
「そういえばさっき話の途中だったけど、君らはどうしてここに?」
「寮内の案内を含めて緊急用の入り口を見せてもらってたんです。それでその通路を使ってみようってことになって」
「あぁそういうことだったんだ。なるほど、どうだった?あの滑り台は」
「怖かったですよ。頭から落ちたんで」
あの急斜面、というか落下に近いものを滑り台というあたり、ドクがあれをどのようにとらえているのかがわかる。
あれを遊び道具程度にしか思っていないのだろう。周介からすれば恐怖の対象になりつつあるが。
「あははは、なるほど、それはずいぶんとびっくりしたみたいだね。僕はこれから学校の方に行くけど、君達はどうする?拠点に行くかい?」
ドクの言葉にどうしようかと周介たちは顔を見合わせる。
「どうせなら寮への戻り方も教えておこうか。ドク、一緒に行きますか?今なら車で送って行ってくれますよ、百枝君が」
「お、そりゃ嬉しい!僕としてもあの車の乗り心地を自分で体験してみないとね。今まで実地試験も何もできていなかったから不安だったんだよ。理論的には問題なくても実際に動かしてみたらうまくいかないなんてことはよくあることだからね。何人かに協力してもらって動かしてみてもそのあたりは」
「んじゃ行きますか。全員乗ってください」
ドクの語りを放置して、周介たちはとりあえず車に乗り込むことにした。鬼怒川がドクを引きずって車に乗せるまで、少し時間がかかってしまったのは別の話である。
「いやぁ、自分で作っておいてなんだけど、なかなかの乗り心地だね。ここが地下じゃなければ外の景色もまた別に見えたんだろうけど」
「まぁ静かですよね。エンジン音もないし、これって百枝君が動かしてるんですよね?」
「そうだよ。百パーセント彼の能力で動かしているのさ。これだけの物を作るのは本当に苦労したよ。既存のものから」
「なぁ百枝、ハンドルとかそういうのは普通の車と同じなんだろ?免許はいつとるんだ?」
このまま放置しておくとまた語りが始まると察したのか、手越がドクの言葉をさえぎって周介に話を振る。
運転に集中しているために、若干ぎこちなくなってしまうが、それでも最低限の会話程度は周介にもできる。
「準備ができ次第だな。まだ教習中だし。あと少しくらいで取れるかもって言ってたけど……ドク、そのあたりはどうなんです?」
「免許かい?んー……僕としてはもうとってもいいと思うんだけどね。一応上の方での協議とかもあるからさ。何分国の資格だからね、いろいろと面倒な手続きとかあるんだよ。この運転を見る限り、もうとっても問題ないと僕は思うよ?非常に丁寧で乗っている人に優しい運転だ」
周介の運転は丁寧で、加速も減速もゆっくりと行われる。それは単純に周介が自分の体で痛い目を見ているからというのもあるのだろう。急加速急減速というのは良くも悪くも人体への影響が大きいというのをいやというほどに学んでいるのだ。
「今はすごく気を使って運転してるからですよ。普通の車に乗ったらもう少し変わるかもしれません。それに、外での活動中にこんな悠長な運転していられないでしょう?」
「まぁ正直なことを言えばちょっとこれじゃ遅すぎかなぁ。うちが走ったほうが早いよ。もっと速く走れるなら頑張りなよ百枝君」
「いや、皆さんを乗せた状態ではこれが精いっぱい、というかこの車を動かしたのも今日が初めてなんで……普通の車だったらもう少しましですよ」
周介は今普通の車を使って練習をしているが、能力専用車両を動かしたのは今日が初めてなのだ。
今後は能力専用車両を使って活動することになるために必要な経験だといえばその通りなのだが、それにしてもまだ経験が圧倒的に不足しているのである。
「一般道に出ての教習もやるんでしょ?なら今の内から慣れておきなさいよ。どっか行きたいときは足代わりに使うから」
「やめてくんない?人のことタクシー扱いすんのやめてくんない?」
「でもいいじゃん、その歳で自家用車持ちだぜ?しかも女子にドライブデートのお誘いしてもらってんだぞ?俺だったら行くね、俄然行くね」
「はいはい、手越もどっか連れて行ってほしいわけね」
「あー、百枝君、僭越ながらうちもいろいろ連れて行ってほしいところはあるよ?電車だと面倒くさいからさぁ」
「クッソ、なんで入学前から足になること確定なんだ……ドク、こういう組織のものを私用で使うのはダメなんじゃないですかね?どうなんですか?」
「僕としてはたくさんデータが欲しいからどんどん使ってほしいなぁ。個人的には日本縦断とかしてほしいくらいなんだけど」
「それってやっぱり運転するの俺なんですよね?ってか俺が免許取ったら、マジでそれやらせるつもりですか?」
「一応プロジェクトとして提出する予定だよ。高速移動用車両の実用性の確認ってことでね。まぁそのあたりはおいおいって感じさ」
いつの間にか自分を巻き込んだプロジェクトが動き出しているということを知って周介は愕然とする。
今この場で思い切り危険運転してやろうかななどと考えている間に、いつの間にか寮の地下にあった駐車場にたどり着いていた。
「なかなか快適だったね。今度これでネズミ―行こうネズミ―。みんなでワイワイ行こう」
「運転手ができたのはでかいですよね。頼むぜ百枝。たまに飯おごるからさ」
「そうなると、周介君たちのチームへの協力要請って形になるかな。その分周介君の出動回数が増えるから、給料にも反映されるよ?」
「うぅ……金のため……!金のためなら……しかたがない……!」
少しでも早く借金を返したい周介からすれば、出動回数が増えればその分給料も増える。そしてその分借金を早く返すことができる。
そう考えればこの提案も決して悪いとは思えなかった。
運転をして誰かを送り届けるというドライブにもなる。能力の訓練にもなる。そういう意味では決して悪い内容とは言えない。
運転手扱いされることに関してはあまり良いことだとは思えないのだが、背に腹は代えられない。
「何?百枝君ってそんなお金欲しいわけ?」
「あー……話していいものか……」
事情を知っている手越は困った表情をしながら周介の方を見て大丈夫かどうかを確認する。
こういうデリケートな内容をあまり大っぴらに話すほどデリカシーがないわけではないようだった。
「平気だよ。もう公然と言ってほしいね。可能なら募金活動もしたいくらいだよ」
「そうか。実はこいつ能力者になった時点で結構な借金してまして。それを返済するために金が欲しいわけですよ」
「ワォ、車持ちだと思ってたら借金まで。百枝君なかなかハードな人生送ってるね」
「人生っていうか、ここ二カ月程度の内容なんですけどね。まったくやってられませんよ」
そう言いながら周介は車を駐車スペースに入れていく。初めて能力専用車で駐車したが、なかなかうまくできたのではないかと周介は自分で自分を褒める。
全員が出たのを確認して周介も車から降りることにした。