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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
一話「蒼い光を宿すもの」
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 周介が家に帰ることができたのは、二十時近くになってからだった。空にはすでに蒼い月が昇っていて、もう完全に日が暮れてしまっていることを明示している。


 両親に何と言えばいいのかと、周介は悩みながら、とりあえず玄関の鍵を開けて家の中に入る。


「……ただいま」


 扉を開けて中に入ると、奥の方から小さいが勢いのある足音が聞こえ誰かが小走りでやってくるのがわかる。


「あ、兄ちゃん!お帰り!」


「お母さん!兄ちゃん帰ってきた!」


 奥からは弟の風太が、二階からは妹の麻耶が兄である周介が帰ってきたことを知って玄関までやってきた。


 周介の家族構成としては、長男周介、長女麻耶、次男風太の順で年齢が異なる。


 周介は現在十五歳。麻耶は十二歳。今度中学に上がる。風太は十歳。まだ二人とも小学生で、身長もそこまで高くはない。


 周介は二人がやってくるのを見て少しだけほっとしながら、自分の靴を脱ごうと身をかがめる。


 そしてその瞬間、玄関にある靴に、見覚えのないものがあることに気付く。


 見たことのない革靴だ。周介の父である英二もこのような靴は履いていない。


「麻耶、誰かお客さん来てるのか?」


「うん……警察の人と、なんか変な人が来てる……」


 警察。その単語が出た瞬間に何か不穏なものがあるのだということを察知して、周介の心は大きくざわついた。


 警察が家に来たといわれていい予感のする者はいないだろう。何か事件があったか、あるいはそれを起こしたか巻き込まれたかの三択だ。


 そのどれもがあまり良いものではない。


「警察?なんで警察が……?父さんが何かしたとか?」


「違うみたいだけど、よくわからない。私たち部屋に行ってなさいって……風太、あんまりリビングに行っちゃだめよ」


 どうやら麻耶もあまり状況を理解できていないらしい。風太がリビングの方に行きそうになるのを止めながら、不安そうな顔をしている。


 ここで自分が不安そうな顔をしたら、なおのこと麻耶を心配させてしまうだろうと考え、周介は笑顔を作る。


「父さんは帰ってきてるのか?」


「うん、お母さんとリビングでお話してる」


「そっか……わかった。兄ちゃんが確認してくるから、麻耶と風太は部屋に戻ってな。何かわかったら伝えるよ」


「うん、ありがと。ほら風太、行こう」


「えー」


 風太は思い切り不満そうにしているが、麻耶に押されるような形で渋々と二階の自分たちの子供部屋に向かって行った。


 とにかく自分は状況を把握しなければと、周介は靴をそろえてからリビングの方へと向かう。


「ただいま」


 何食わぬ顔で、といっても思い切り警戒した顔つきになってしまっているが、周介はリビングに入っていき、自分が帰ってきたことを報告する。


 先ほどの風太の声でリビングにいたほとんどのものはそれを理解できていたとは思うが、それでも一応自分で言わなければならない。


「あぁ周介。もう何してるのよあんたは。ずっと連絡しても出ないし……メッセではよくわからないこと言ってたけど。怪我はないのね?」


「大丈夫。っていっても、俺自身何が起きたのか全然わかってないんだけど」


 携帯のメッセージではほとんど自分に起こったことを説明できなかったため、ずっと心配していたのだろう。


 不安そうな表情だったが、周介が無事であることを知って母親である美沙は安堵の息をついていた。


 そして周介がリビングに目を向けると、普段全員で食事をとるテーブルに父である英二が座り、その反対側に見知らぬ男性が三名、座っているのがわかる。


「……こんばんは」


「こんばんは。君が百枝周介君だね?」


「えと……はい。そうです」


 四十代半ばほどの男性が周介が帰ってきたことを知ってか、ゆっくりと立ち上がると周介の目の前に立つ。


 そして胸元から警察手帳を開いて周介に見せてくれた。


「初めまして。警視庁第八資料室係長の橋本政宗(はしもとまさむね)というものだ」


「……はじめ、まして」


 いきなり部署や役職を言われても、はっきり言って周介にはそれが本当にあるものかどうかもわからないし、そもそもなぜ警察がここにいるのかもわからなかった。


「君も混乱しているだろうが、今回は君に関することで話をしに来たんだ。とりあえず、座ってほしい」


 てっきり親に関することだと思っていたというのに、まさか自分のことだとは知らず、周介はさらに混乱してしまっていた。


 一体何を話すつもりなのか、母親美沙はあまり理解していないのか不安そうにし、父親である英二はその不安を周介に知られまいと毅然な態度をとっているように見えた。


「さて……どこから話したものか……まず周介君。君は今日、受験だったそうだね」


「……はい……受けられませんでしたが……」


「列車の暴走に巻き込まれた……ということを、お母さんに伝えたそうだが、それは本当かい?」


「はい。快速の……えっと……何時出発の電車だったかは忘れましたけど、電車に乗ったら、その電車がずっと駅に止まらなくなってて」


「そうか。じゃあ、今日起きたことを、一つずつ話していってくれるかな?」


 警察の、橋本の言われるがままに、周介はとりあえず今日起きたことを順々に話していった。


 朝寝坊してしまったこと。急いで試験会場である高校に向かっていたこと。飛び乗った電車が暴走したこと。妙な男が現れ、周介を連れて電車から飛び降りたこと。そこで気を失い、夕方ごろに公園で目を覚ましたこと。帰りにラーメンを食べて帰ってきたこと。


 一つ一つ、思い出すように話していく中で、もう一つ思い出したことがあった。


「そうだ……あと一つ、暴走してる電車の中で、他の人に教えてもらって気付いたんですけど、俺の目が蒼く光ってたんです」


「ほう?でも今の君の目は普通に見えるけれど?」


「そうですか?……あ、本当だ……」


 あまりにも目まぐるしく変わる状況のせいで、確認することも忘れてしまっていたが、周介は自分の携帯のカメラ機能を使い自分の顔を見てそれに気づく。


 あの時蒼く光っていたというのに、周介の目は今はいつも通りの普通の目になっている。


「橋本さん、もういいでしょう。あとは私の方から話しましょう」


「……わかりました。我々が出しゃばるようなことでもないようですね」


 どうやら警察である橋本の話はこれで終わりらしく、その隣にいる鋭い眼光をした男性が話をするようだった。


 低い声だ。腹の底まで響くような重低音。周介はこのような低い声は他に聞いたこともなかった。


「初めまして、百枝周介君。私の名前は井巻研吾(いまきけんご)。いろいろと混乱しているだろうが、私の話をよく聞くように」


「……初めまして……百枝周介です」


 前口上もなしにまずは自己紹介を始めた井巻に、周介は気圧されてしまっているが、そんな周介のことは気にも留めずに井巻は話を先に進めるようだった。


「さて本題に入ろう。百枝周介君、今回の列車の暴走、私たちは犯人が君だと考えている」


「…………はい?」


 唐突にわけのわからないことを言われ、周介は首をかしげてしまう。隣にいる父英二は動揺しないようにしていたが、それでもわずかに動揺したのか、その顔からは冷や汗が垂れていた。


 そして井巻は、隣に座っていた橋本ににらまれ、わずかに申し訳なさそうな顔をしてから話を続ける。


「失敬、犯人というのは言い方が悪すぎたようだ。謝罪しよう。今回のこれは事件ではなく、一種の事故のようなものだととらえてほしい。そして、その事故の原因が君だった、ただそれだけのことだ」


「……あの……何を言っているのかよくわからないんですけど……あれって列車のシステムエラーじゃなかったんですか?」


 周介は帰ってくる間に、今回の事故の原因について簡単にではあるが調べていた。ネットニュースなどには列車管制システムのエラーであると載っていた。


 どのような理由でそのようなエラーが生じたのかはさておき、少なくともそれによって多くの乗客が危険にさらされたことは事実である。巻き込まれた周介も憤っていたのだが、話はそう簡単ではないようだった。


「これを見てくれるかな?」


 井巻が取り出したパソコンにはある画像が映し出されていた。そこは電車の中だ。そしてその画面の中心には周介がいる。


 そして周介の目は先ほど本人が口にしていた通り、蒼く光っていた。


 話だけを聞いていた英二も、周介の目が光っているというのを実際に目にして明らかに動揺しているようだった。


 横目で今の周介の目と見比べている。だが少なくとも、今周介の目は光っていない。


「この状態について、君自身正しく理解できていないようだから、そのあたりの説明は後日専門の人間が詳しくするとして……端的に言えば、君は超能力者になったのだ」


「……はい?」


 周介はさらに意味の分からない発言に意味を理解しきることができず大きく首をかしげてしまっていた。

 英二も同様である。自分の子供が超能力者になったなどと、言われて簡単に信じられるものではない。


「君は覚えているはずだ。電車から飛び降りただろう?だが君は生きている。その答えがこれだ」

 そう言ってパソコンの中で井巻は映像を流し始める。周介を見ている何者かが電車の中を進み、周介を捕まえるところから映像は始まった。


 それは周介も記憶にあるところだった。


 あの時と同じ声、同じ内容が別視点で繰り広げられる中、周介を捕まえた男は電車から飛び降りる。


 高速で移動し続ける電車から飛び降りればどうなるかはわかるはずだ。だが映像は宙に浮いたまま変わらない。


 空を飛んでいるかのように。


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