0074
三月末。入学式を間近に控えたその日、周介はその場所にやってきていた。
粋雲高校。これから周介が通う高校。今日は寮に入る生徒のための説明会及び入寮のために来たのである。
家からすでに荷物は送ってある。周介は三年間ここで過ごすことになる。周介以外にも、当然何人もの寮生が暮らすことになる。
「こんにちは。入寮生ですか?」
入り口で受付をしていた教師らしき女性が話しかけてくる。周介はすぐにその女性のもとに駆け寄った。
「はい。百枝周介です」
「はい、百枝周介君。部屋は……一〇八号室ね。ガイダンスは一五時頃から始まります。一度荷物などを置いて、それから食堂に集まってください。これが部屋の鍵と寮の案内図です。もう同じ部屋の人は来てますから、仲良くしてくださいね」
「わかりました、ありがとうございます」
周介は教師から鍵を受け取り、寮の中に入っていく。少し前に瞳に案内してもらった時とは違い、今度は中まで入ることになる。周介は自分の部屋の番号を確認しながら案内図を元に移動していく。
この建物の中で集団生活を送ることになる。部活などで合宿は行ったことがあるが、長期にわたる集団生活というのは経験がなかった。
周介は周囲を見渡しながら、まずは荷物を置くべく、自分の部屋、一〇八号室の前に立つ。もうすでに同室の人間は来ているという。周介は軽くノックをして、中に入る。
「おじゃま、します?」
この場合、何と言えばいいのかわからずに、周介はついお邪魔しますという言葉を使ってしまった。
これから自分の帰る場所でもあるのだが、初めて入る場所にただいまというのもおかしいと思ったのだ。
「お、来たな」
部屋の中から聞こえるその声を、周介は聞いたことがあった。聞いたことがあるその声に、周介は目を丸くしながら部屋の中にいたその人物を見る。
「久方ぶりか?それとも改めて初めましてっていったほうがいいか?顔見せるの初めてだもんな?」
「その声、えっと!あれ!知ってる!あれだ!アイヴィー隊の!」
「ははは、覚えててくれて何より。っていうかとりあえずドア閉めろ。話を聞かれるとあれだからな」
「あ、あぁ。悪い」
周介はとりあえず扉と鍵を閉め、自分の荷物を置く。
部屋の内装はシンプルなものだった。部屋の両脇にそれぞれが使うベッドがあり、そのベッドの間を通路として奥に勉強用の机がある。これもそれぞれ部屋の両脇にある形となっている。
部屋の一番奥には窓があり、外の景色を見ることができた。
「とりあえず自己紹介だ。初めまして、俺は手越智哉。お前がさっき言った通り、小太刀部隊アイヴィー隊の隊員だ。コールサインはアイヴィー02。お前とはなかなか縁があるな。あ、今度高1になるからタメだな」
手越と名乗る男子生徒、それがかつて何度か会ったことのあるアイヴィー隊の人間だったということを知り、周介は目を丸くしてしまっていた。
身長は周介よりも高い。体格もやせ型ではあるがしっかりと筋肉がついていることがわかる。
若干、髪に癖がついているのが特徴的だった。
「えっと、小太刀部隊の、百枝周介。まだチーム名とかコールサインはない。電車だったり高速道路だったり、そんでまさか同室になるとは……」
「そのあたりはたぶん、組織からいろいろアプローチかけたんだろうな。寮に入ってて能力者の先輩ってそれなりにいるけど、同い年のやつらはまだわからないからな」
寮に入り、なおかつ能力者というのはそれなりにいるようだった。だがそれは先輩の、一つ上の世代まで。
どうやら同学年の能力者がどの程度いるのかは手越にもわからないようだった。
「よろしく手越。あれかな、ありがとうっていうべきなのかな?」
「ありがとう?なんで?」
「だって、あの時俺を電車から連れ出してきてくれただろ?あれがなけりゃ、大きな事故になってたかもしれないし」
「あぁ、それは仕事だから気にすんな。大体、あれは事故みたいな、言い方悪くすれば寝小便みたいなもんだ」
「本当に最悪な言い方だな。間違ってないんだろうけど」
能力の制御ができずに暴発する。それは確かに言い方を変えれば寝小便のようであるといえなくもない。
だが周介からすればそのいい方は嫌だった。
「んじゃ、自己紹介も済んだところで、いっちょ能力を見せてくれよ。俺、お前の能力が何なのか知らないんだ。あの時滅茶苦茶速く走ってただろ?気になってたんだよ」
「能力は教えすぎないほうがいいんじゃないのか?」
「そりゃそうだけど、じゃあ俺の能力も見せてやる。そしたらお前の能力も見せてくれ。それでお相子だ」
そう言って手越は部屋に置いてあった水の入ったペットボトルの蓋を開ける。
彼の目が蒼く光り出すと、ペットボトルの中の水がうねりだし、ひとりでに空中へと浮き出す。まさに超能力、物理法則から逸脱した力だった。そして宙に浮く水は、やがて一つの形を形成していく。
その形は、人の手の形をしていた。
「これが俺の能力『友好の手は合せる為に』だ。こうやって、物とかを手の形に変えて操ることができる」
宙に浮く人の手を観察しながら、周介は声を出してしまっていた。その手は本物の人の手のように自由自在に指を動かしている。
宙に浮き、自由に動かすこともできるようで、かなり自由自在に操ることができるらしい。
「すごいな。これ、今は水だけど、水以外も手にできるのか?」
「一応な。でも硬い物質の形を変えようとすると、整形に時間がかかる。重いと操る速度も落ちるし……って、あんまり話しちゃだめだな。次、お前の能力だぞ」
そうだったと、周介は自分の所持品の中からドクからもらった発電機を取りだす。そして携帯と接続してから自らの能力を発動した。
発電機の部品が高速回転を始め、内部の発電機構によって発電を開始して携帯の充電を開始していく。
「俺の能力は『始まりの智徳』こうやって、物体を回転させることができる。ただそれだけの能力なんだよな」
周介の目が光っていることと、発電機の部品が高速回転しているのを確認して手越は感心したように見入っている。
「へぇ、念動力ベースの単一発動能力か。回転、そうか、それであのときすごい速度で走ってたんだな?」
「そういうこと。速く移動する以外はまだ全然なんだけどな」
「いや、それって結構重要だぞ?俺の能力は速度はあんまり出せなくてな、どうしても移動面に難がある。それは他の能力も同じだ。威力があっても機動力がないっていうのが問題でな、現地に行くまで時間がかかるんだよ」
現地に行くまで。問題が起きて、それを解決できる人材がいても、現地に到着するまでに時間がかかるということだろう。
そのため、機動力の高い人間を出す以外に方法がない。それが現時点でのネックになっているようだった。
だがここで周介には一つ疑問が浮かぶ。
「でもさ、あの時、電車の時はどうやって電車に乗ったんだ?あれ、窓ぶち抜いて侵入したんだろ?あれも結構な速さだったぞ?」
周介の能力が暴走状態で走っていた電車は、周介の言葉通りそれなりの速度で走行していた。それに対してどのように追いつくことができたのか、機動力があまりないという言葉から考えると、別の手段があるということになる。
「あぁ、あれか。あれは、うん、実は投げてもらったんだよ」
「投げる?」
「そう。大太刀部隊の人もあの時待機してたんだけど、その人にちょっと協力してもらって、思い切り電車めがけて投げてもらった。能力で制動かけてたとはいえ、あれは生きた心地しなかったぞ。何せちょっと上に行き過ぎれば感電死だからな」
おそらくは駅のホーム、あるいは線路わきの部分から電車がやってくるのを見計らって電車に追い付くような形で投げたのだろう。
人一人をそれだけの速度で投げることができるというのは恐ろしい膂力だ。どうやればそんなことができるのかというのは野暮な質問だろう。
そして、手越の能力で上に行かないように移動する向きを調整しながら電車内に侵入した。それがあの時の流れだったようだ。
「迷惑かけて悪かったな。俺もあの時はびっくりしたけど」
「まぁ、最初の能力発動であれじゃビビるわな。俺の能力みたいに、発動してもマドハンドもどきにしかならないならいいかもだけど、お前のそれ、効果範囲とか、影響が大きいだろ。運が悪かったな」
「まぁな。ドクにはやたらといろいろやらされる感じだけど」
周介の能力は効果こそ単調なものだが、それによって発揮される影響が大きい。もちろん発動対象によりけりだが、場合によっては大きなものを動かすことだって可能だ。
能力自体に汎用性がない分、能力の効果によって得られる汎用性は比較的多い。
「俺の能力みたいに、能力そのものでいろいろできるのと違って、道具を工夫すればいろいろできるってタイプの能力だな。ちょっと癖があるけどいい能力じゃん」
「そうかな。俺的には自分で空が飛べたりする方がいいなって思うけど」
「俺の場合は空を飛んでるってよりは掴んで運んでるって感じだからな。空飛んでるって言えるのかどうか。それに速度もそこまで出ないしな」
手越が操る水の手は空中を自由自在に飛んでいる。一見するとそれなりの速度で飛んでいるように見えるが、本人曰くそこまで早くはないらしい。
「どれくらいの速度が出せるんだ?」
「物体にもよる。水だと……だいたい自転車とほぼ同じ位か?それ以上重いともっと速度は落ちる」
「なるほど。じゃあ軽いものであればもっと速度は出ると」
「出ると思うけど、手軽に使えるものって結構少ないんだぞ?水とか砂が一番手軽に使えるし、動かしやすい。それ以上軽くて、なおかつ使いやすいものっていうと……ちょっとおもいつかないな」
手越の能力は物体の形を変えて操ることだ。物体の質量、いやその物体の単位質量に応じてその速度が増減する。
同じ体積でも重ければ動かしにくく、軽ければ動かしやすいという能力だ。軽ければ軽いほど速度は出るものの、そうなればなるほど特殊な物体を扱うことにもなる。それが特殊な部分なのだろう。