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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
二話「手を取り合うその意味を」
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 三月、周介の中学校では卒業式が行われていた。


 三年間通ったこの中学校から卒業するということもあり、多くの生徒はこれから通うことがなくなる教室や体育館一つ一つを感慨深そうに見つめていた。


 当然周介もその中の一人だった。


 授業で使った机、部活動で使った道具、体育で走ったグラウンド、友人と喋りながら歩いた廊下、一つ一つに思い出がある。思い入れがある。


 思い出を話しながら、校長の長い話を聞きながら、そして卒業証書を渡されながら、周介は一つ一つこの中学校の思い出を脳裏に刻み込んでいた。


 教室に戻り、最後に教師からの、送るための言葉を受けて、周介たちは教室からそして、学校から出ていく。


 校門を出て、もう少しで咲きそうな桜を横目に見てから、周介はこちらに手を振っている人物に気付いていた。


 車に体を預けるようにしてこちらに手を振っているその人物を見て、周介はため息をつく。


「やぁ、無事卒業おめでとう。どうだい気分は?」


「ドク、学校にまで来ないでくださいよ。毎度のことですけど」


「そう邪険にしないでほしいなぁ。これから僕は君の同僚になるんだよ?それに、学校がなくなれば、その分訓練にも身が入るってものじゃないか」


「そりゃそうですけどね、もう少し感慨に浸らせてほしいというか、今日くらいは何も考えずにゆっくりさせてほしかったというか」


「そうは言うけどね、たぶん君の性分からしてそういうのは無理じゃないかな?現に、卒業式の時、ずっと、なにか疎外感のようなものを感じていたんじゃあないのかい?」


 疎外感。それは、周介が能力者になったことで感じるようになったものだ。


 もう普通ではない。もう、この日常には戻れない。そんなことを何度考えただろうか。


 ドクに言われ、周介はそれが事実であると認めるのが嫌で眉間にしわを寄せて顔を逸らす。


 もはや答えたようなものだ。そんな様子を見てドクは苦笑してしまう。


「僕はこれから拠点に行く。君はどうする?もし拠点に行くなら一緒に行こう。家に帰るというなら、送っていくよ?」


「……俺は……」


 周介が悩んでいると、校門のあたりで周介を呼ぶ声が聞こえてきた。その声のもとに目を向けると、そこには周介の友人たちがいる。


「おーい百枝!この後遊び行こうぜ!」


 どうやらこの後、遊びに向かうらしい。他の友人たちはじゃれ合ったりしている。同じ高校に行くものもいれば、別の高校に行くものもいる。


 中学の友人たちで遊ぶことができるのも、あと少しの間だろう。といっても、周介の場合、この春休みは能力の訓練などを行わなければいけないため、おそらく、これが最後の機会になるということは予想できていた。


 普段の周介なら、快諾してそのまま友人たちのもとに向かうだろう。だが周介は、もう決めていることがあった。


「行かないのかい?友達が呼んでいるよ?」


「……そうですね」


 周介は目を細めて、少しため息をついてからゆっくりと息を吸う。


「悪い!この後用事あるんだ!俺は行けない!元気でな!」


 短い言葉の中に、周介はいろいろな思いを込めた。


 その言葉の意味を察して、ドクは薄く笑みを浮かべ、同時に目の前にいる小柄な少年にわずかに同情すら感じてしまっていた。


「まるで、彼らともう会わないような言い草だね」


「えぇ。ここでお別れです」


「彼らのことは嫌いだったのかい?」


「いいえ、良い奴らですよ。馬鹿だし変なことするしダメなところばっかりですけど、良い奴らでした」


 悪いところに目がいっても、悪いところが見えていても、それでもいい奴と心の底から思えるほど、周介の友人は、周介にとって『良い奴』だったのだ。


 だからこそ、ここで別れるべきなのだ。ここで最後にするべきなのだ。


「安形に言われたんです。俺たちは、普通の人が普通に生きていけるようにするためにいるって」


 その言葉は、周介の胸の奥にしっかりと刻み込まれていた。普通ではなくなってしまった、普通でいられなかった自分たちが、いったい何をすることができるのか。一体、何をするべきなのか。


「……そっか。それで?」


「俺はまだ、そんな風には考えることはできないけど、あいつらが、普通に生きていけるあいつらが普通に生きていけるように、俺は、いろいろと頑張ろうって思ったんです」


 未だ自分の中の気持ちの整理がついていない周介の言葉はたどたどしく、言葉もあいまいなものが多い。

 だがドクはその言葉をバカにすることなく聞いていた。


「ドク、あんたは、俺の能力がすごいって、そう言ってくれましたよね?」


「あぁ、君の能力はすごい、素晴らしい能力だ。僕が保証しよう」


「じゃあ、俺が正しく能力を使えれば、普通の人が普通に暮らせるようになりますか?」


「それは、君次第だね。あとは、運かな」


 自分の努力はどうにかなるが、運ばかりはどうしようもない。周介はあまり運が良い方ではないため、そのあたりはどうしようもないが、だが、周介の心は決まっていた。


「じゃあ行きましょうか。送っていってくださいよ」


「帰るのかい?」


「えぇ、家に荷物を置いてから、拠点に行きます。そのほうがいいでしょう?」


「あぁ、それはいいね。僕としてはすごく嬉しい。またいろいろと試したいものがあるんだ。協力してもらうよ」


 周介はドクの車に乗る際、一瞬だけ友人たちの方を見た。これが最後。そんなことを考えてから、周介は車に乗り込む。


 本当なら、あの死体がどうなったのか、少し気になった。気にするなというほうが、無理な話だった。

 だが、周介はそれを聞くことはなかった。


 どうしようもないことだった。どうすることもできないことだった。だから、あの話は、あの時点で終わりなのだ。


 どうしようもないこともある。しょうがないこともある。子供だったからこそ納得できないこともある。大人だからこそ、理解できることもある。


 だからこそ、周介は少しでも大人になろうと、あの理不尽を飲み込んだ。


 自分の中での決別を済ませ、能力者として、周介は動き出す。


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