0071
「あははははは!バカだ!刀買ったバカが本当にいたよ!写真撮れ写真!晒せ晒せ!」
「ああぁん!?お前ら日本人の心はねえのかボケがぁ!」
バスを待つための集合場所である東京駅に戻ってきて、クラスメートに刀を買ったことを大いに笑われている友人たちをしり目に、周介たちは早々とバスに乗り込んでいた。
刀ではないとはいえ小物を購入したということを知られるといろいろと面倒だと思ったのである。
きっと笑われる。刀ほどではないにせよきっと笑われる。そう思い、それぞれ買ったものを隠しながらお土産を持ってバスの中に避難していた。
「いやぁ、結構楽しかったな東京。さすが日本の首都だけはあるわ。いろいろあったし」
「土産物としては微妙だけどな。結局、饅頭とかも普通に売ってるものとかと変わらなさそうだし。東京バナナくらいか。それ以外は普通」
購入したものの中には当然東京でしか買えないものもあるのかもしれないが、地方などに行った時に手に入る独自の土産に比べれば少々印象が薄くなりそうなものが多い。
刀などは置いておいて。
「ってかお前ら何逃げてんだよ!俺だけ笑いものにされてるじゃねえか」
「えー、だって同類扱いされたくないんだもん」
「まったくだ!刀を買ったお前と一緒にされてはかなわない!お前と俺たちは違うんだ!俺たちはまともな人種なんだ!」
「ざけんなボケども!メイドカフェ行って数万消滅させた奴にまともじゃないとか言われたくないわ!お前らも一緒にバカにされるんだよ!お前らだっていろいろ買ってただろうが!」
大声で騒ぎまくる友人と、それによって湧き上がるクラスメートの声。そしてそれに反応して注意にやってくる教師。
中学最後を飾る旅行として、これほど騒がしく相応しいものもなかっただろう。
周介からすればいい思い出になった。同時に、これからの生活と、今までの普通の日常とのいい区切りにもなった。
目の前で、周介の周りで繰り広げられる普通の人々のやり取り。おそらく周介はもう入ることができない、そんなやり取り。
そんな光景を見ながら、周介は瞳の言葉を思い出していた。
普通じゃない。普通の人ではない。自分はもう、普通には戻れない。
能力者になってしまった以上、それは変えられない。だからこそ、周介は今日という日をよく心に刻み込んでいた。
楽しいからこそ、楽しかったと思えたからこそ、これを守らなければいけない。
襲い掛かる理不尽から、やってくる不条理から、この平和な光景を守らなければならない。
普通の人が、普通に暮らすことができるように。
「お前ら笑うんじゃねえ!こいつらメイドカフェに行ってたんだぞ!こいつに至っては脱法メイドカフェだ!」
「だから違うって言ってんだろ!なんだ脱法メイドカフェって!」
「嘘つくんじゃねえ!俺の鼻はごまかせねえぞ!いくら金を使った!いくらだ!何してきやがった!一人で大人になるとか許さねえぞ!なんか妙に達観した顔しやがって!」
達観しているのは単純に、見えている景色が変わってしまったからなのだが、周りのクラスメートからすると何かがあったように見えたのだろう。
何もなかったわけではない。何かがあったというのも間違いではないのだが方向性が全く違うのだ。
それを説明できないからこそ、周介は困っていた。だがこれだけは言える。メイドカフェに入っていないのだと。
「えー、百枝ってそういうところ行くんだ」
「知らなかった―。ってか意外」
「うわ、百枝のやつまさかそんな奴だったとは!今まで隠してやがったな!」
「写真見せろ写真!絶対撮ってきてるだろ!」
周りのクラスメートも悪乗りして周介をからかう中、周介はふと笑ってしまった。中学生として最後の旅行だ。この中学を卒業するまでは、周介はまだ半分は普通の人間として振る舞うことになるのだろう。
高校に上がったら、おそらく少し変わる。そんなことを理解して、そんなことを考えて、周介は笑い、そしてその笑みを心の中にしまいながら怒りの表情を作った。
「だから違うっつってんだろ!誰がメイドカフェなんか行くか!こいつと一緒にすんな!俺は普通に東京を満喫したっての!」
「うわ!東京のただれた遊びを満喫してきたんだと!やばいよやばいよ!こいつ一皮むけて大人になってきやがった!」
若干に悲鳴にも似た声と、茶化すような笑い声がバスの中に響く中、周介はとりあえず刀を持って扇動している友人を黙らせることにした。
これ以上騒ぎが大きくなると、それこそ面倒なことになりかねない。
それに、これ以上日常の風景を見せつけられると、笑いを通り越して泣きそうになってしまう。
周介は笑いをこらえ、怒りながら刀を持った友人の首を絞め上げる。
そのうちバスの中でプロレスにも似た大乱闘が繰り広げられることになるのだが、それもまたいい思い出になったと、周介は思っていた。
周介の中学の思い出が最後に一つ、重要な記憶がまた一つ。
周介はこの日を境に、能力者としての第一歩をまた踏み出したのだった。